第20話 怪談:こえ

声は聞きたくない。


あまりうまく話せないけれど。

こういうことがあったとして聞いてほしい。

語り手はそう前置きする。


夏の頃だったように思う。

不意に、思い立って、

ずいぶん離れた、友人に会いにいった。

虫の知らせかもしれない。

なんだか、この夏のその日でないといけない気がした。

この日を逃しては、いけない気がした。


友人には連絡をつけてあり、

ネットワーク社会万歳と思ったものだった。

久々に会った友人は、

少しばかり疲れているようにも見えたけれど、

笑顔が曇ったりすることはなかった。

ちょっとの疲れならば、よくあることだ。

私だって、ある。


友人とは、しばらく時間をすごし、

それは楽しい時間だった。

話す話題に尽きることはなく、

そして、楽しい時間はいろいろと忘れるものだ。

おもに、時間の経過とか。


私はあわてて交通手段もろもろを思い出し、

あわてて帰ることになる。

友人に別れを告げ、

帰りの交通手段が終わっていないかを祈って走る、

そこに、

声が、した。


「今生の別れになるぞ」


思考に割り込むような声だった。

私は立ち止まり、友人のいたほうを振り返った。

友人は、気がつき、

手を振って返す。

私も手を振った。


私は首をかしげはしたものの、

声の意味なんて考えなかった。


友人が亡くなったのは、

それから少ししてだった。


話としてはそれだけなんだ、と、語り手は言う。

それ以上でもそれ以下でもない。

ただ、この一件以来、

思考に割り込まれる声が怖くなったのは確かで、

それと同時に、

自分の直感を信じるようにもなった。

よくわからない予感に立ち向かえるのは、

自分の鍛え研ぎ澄ませてきた感覚の、

いちばん反射的な直感だけだ。

そんなことを語り手は付け加える。


声は聞きたくないよ。

別れを告げる声はなおさら。

誰かに会うたび思う。

声が聞こえませんように、と。

また会えますようにと、いつも祈ってるよ。


語り手はそうして、話を終えた。

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