第18話 怪談:ことば

だいじょうぶ。


言葉は時折刃物。

傷つけることも出来る。

それが怖くて言葉を極力使わなくなった。

全くしゃべれないわけでなく、

部屋の日本人形だけが話し相手で、

閉め切った部屋で、

ぽつぽつと、言葉を彼女に聞かせた。


話すことは善であるらしい。

わかりあうために傷つけあうことは、正義らしい。

それは嫌だと思った。

この言葉が、心の致命傷を与えないと、

誰が保証をしてくれると言うのだろう。

普通に存在する、善や正義は、

私には、とがりすぎている。


誰のことも、悪く言いたくないんだ。

誰のことも、否定したくないんだ。

だから、言葉にするのは極力一言。

「だいじょうぶ」

これに笑顔を加えれば、

大体、それ以上のことは問われない。

刃物は、使いたくない。

言葉は、使いたくない。


日本人形に向けて、

いくつも言葉を話して聞かせる。

時折抱きしめて、その小ささに愛おしくなる。

人形になりたいわけじゃない。

ただ、人でいるには、言葉が氾濫しすぎていて、

少し世を泳ぐのがしんどいと思う。


今日あった出来事。

今日出会った人々。

些細な物事。

言葉にして、話して聞かせて。

抱きしめ、涙する。

この小さな日本人形を傷つけたら、

それはとても悪いことだ。

言葉が刃物になっていないかを、とても気にしながら、

申し訳なく思いながら、

日本人形を抱きしめ、どうしようもなく涙する。


誰のことも、

この人形さえも、言葉で傷つけたくない。

涙する私の腕の中で、動く、何か。

『だいじょうぶ』

小さな小さな手が、私の涙をぬぐう。

『だいじょうぶ』

声なき声の言葉。

私の口癖。

そして、日本人形が微笑もうとして、

無理な顔になってしまう。

人形の顔が歪む。

どこが大丈夫なものか。

『だいじょうぶ』

日本人形は微笑もうとする。

顔にひびが入っても、笑顔をぎちぎちと。


乾いた音を立てて、

日本人形の顔が壊れた。

ああ、次は私の番かもしれない。

この人形を壊したのは、

私の「だいじょうぶ」なんだ。

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