第10話 看板街

ネネはなんとなくうなずき、

そんな職業もある町なんだと納得する。

見えるものも見えないものも断つことのできる鋏師。

浅海の町ではやっていけないだろうなと思う。

「ところで」

鋏師の少年が切り出す。

「どこへ行こうとしているの?」

ネネは答えに困った。

何を目指しているのだろう。

どこに向かうのだろう。

線を辿っていくといって、鋏師の少年に伝わるだろうか。

『彼女は線を使えるかもしれないのです』

ドライブが助け舟を出した。

「線ですか」

鋏師の少年は聞くとうなずいた。

『パワーを秘めていると思うのです』

「なるほど」

鋏師の少年は納得したらしい。

「線ってことだけでわかるの?」

ネネがたずねると、

鋏師の少年はうなずいた。

「線は比較的わかりやすいと思うよ。見える人なら見えるよ」

「そうなんだ」

『そうなのです』

鋏師の少年と、ドライブが答える。

「それじゃどこに行けばいいのかな」

「うーん」

鋏師の少年が考える。

「線が続いていればですけど、看板街に行ってみるってどうかな」

『ああ、あそこですか』

「かんばんがい」

ネネが復唱する。

「商業施設と住宅街の間あたりにあるところだよ」

「そこに行くと何かある?」

「わかんないけど、どこを目指すかのヒントになると思うんだ」

『いろんな看板が出ているのです』

「とりあえず行ってみようか」

「案内しますよ」

鋏師の少年が申し出た。

「お願いします」

ネネは素直に申し出を受けた。


国道を歩く。

車はさっきもそうだがぜんぜん来なくて、

風が時折吹いていって、静かな中に足音が響く。

「ここの通りを入っていくんだ」

鋏師が曲がる。

ネネもついていった。

念のために自分の歩いてきた線を見る。

ネネのいるところから、鋏師の向かう場所に続いているらしい。

回り道もいいのかなと思う。

ネネは軽く一人でうなずき、鋏師を追った。


鋏師が向かう先に、

さびた金網に囲まれた場所が出てきた。

鋏師は入り口を開け、手招きする。

ネネも追った。

さび付いた扉をくぐり、中にはいる。

中は、おかしなことになっていた。

店がないのに張り紙や看板がひしめいている。

一つ一つがすごい自己主張で、

電光のものもあれば、アクリルのものもある。

さびた金属の看板もあるし、

紙で簡単に張っていかれたものもある。

「こんなに看板なんだ」

ネネはあっけに取られた。

「看板からは、線が伸びているよ」

ネネはじっと看板たちを見る。

無数の看板から四方八方に線が伸びている。

線と看板の多さに、ネネはちょっとくらっとした。

「看板工のおじさんのところに行きますか?」

「かんばんこう?」

「看板の案内をしているんだ」

「ふぅん」

「自分から伸びている線と、折り合いのつく看板を見てくれるかもしれません」

「なるほどね」

『ネネはどこか行きたいところはあるですか?』

「これだけ無数だとよくわかんないよ」

『わからないことを受け入れる、そんなネネになれたのですね』

ドライブに言われ、ネネははっとした。

今まで自分がわからないことは嫌いだった。

わかることも嫌いだった。

こっちに来てから、少し嫌いなものが減っている気がする。

流されているだけかもしれないけれど、

風に乗るのや、軽快に走るのも心地いい。

自己主張の多い看板街を見渡す。

朝凪の町には、これだけ主張するものがある。

無数に伸びた線は、誰かのもとに行き着いている。

「不思議だね」

ネネはつぶやいた。

「こんなに人がいることに、安心できる」

『みんな一生懸命なのですよ』

ドライブが答える。

『みんな生きているのです』

「うん、それがすごく安心できる」

ネネはうなずいた。

『それを感じるのが大切なことなのです』

「うん」

ネネはまた、うなずいた。

「さぁ、看板工さんのところに行こうか」

ネネは鋏師に声をかけ、歩き出した。

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