第6話 機関

 山彦少年は源内師範に連れられて、小屋を出た。

「まずどこを説明しようかな……」

 巨大な機関室を、骸骨老人は左右を見渡した。

 相変わらずあちらこちらのパイプから水蒸気が勢いよく噴き出している。

 内心、「これで安全なのだろうか?」と、山彦は素人ながらに思う。だが、

「安心せい。人手が足りなくて、修理がおぼつかないが、ちゃんと動いているから問題ない」

 その心を見透かされたように、源内師範はつぶやいた。

「あの原子炉さえちゃんと動いていれば、問題ない」

 と、老人の指をさす方角を見る。

 山彦少年には、そこには黒いクジラが横たわっているように見えた。クジラというのは比喩な表現だ。実際は黒い円筒形状のものが横たわっている。

「この和邇号は驚くかもしれないが、動くためのすべての源は、西洋人の黒船と同じもの水蒸気だ」

「水蒸気!?」

 少年が目を丸くしながら、周りに噴き出す水蒸気を見つめた。

「でも――」

「お前さんが言いたいことはわかる。石炭がないとでもいうのだろう」

「――はい」

 さすがに黒船を動かすためには、水と石炭が必要だということは、田舎の漁村の少年にも知っていた。水はまだ海水が周りにある。だが、この船には石炭が見当たらない。燃やせば黒い煙が出るはずだが、見えない。それに水中で火が焚けるというのが甚だ疑問だ。

「これぞ、竜の民が発見した『燐銅ウラン鉱熱い石』の力だ。雲母の種類から採れるとは、このわしにも知らなかった。だが、これはすごいぞ! 石炭なんぞ比べ物にならない熱を出してくれる。しかも、空気がいらない、何年にもわたり熱を発し続ける。もちろん、臭い煙などもなしにじゃ」

「そんな――」

 と、言いかけたところで、山彦は声を詰まらせた。

 そんな「夢のような話」と言いかけだが、改めて考えてみると、自分がすでにこの水中を進む戦船に乗っているのだ。夢のような話だ。知らないことが多すぎて、いちいち驚いていられなくなってきていた。

 ただ、ひとつ気になることがある。

「その……そんな秘密を、オイラに話してもいいのですか?」

「無論、秘密の話である」

 源内師範は口を一文字に固めた。だが、すぐに微笑みだす。

「だがなぁ。考えてみろ。知ったところでどうなる。陸に上がって、話したところで、お前の話を信じると思うか?」

 老人から出てきた話は、前にも聞かされた。

 誰も信じない……だから、話しても問題ない。滑稽話として扱われるか、話したところで頭がおかしいと思われ、相手にされないか。

「だが、現実にここにある。陸のものが知らない技術を、竜の民は知っている。いつかきっと、陸の連中もその技術を手に入れるだろうが……いつのことになるやろうなぁ」

 と、少し寂しげに老人は言いながら歩き始めた。

 向かった先は、原子炉と言っていた黒い塊だ。

「この艦のすべての力は、ここから出てくる」

 と、床に這われた巨大なパイプに片足をかけて話し始めた。その横には、原子炉と称している黒い塊に入るための入り口がある。だが、今まで見てきた鉄の扉よりも厳重に封印されていた。

「ここから水を中に送り、それが出てくる。出てきた蒸気の力でエレキを作り出して……難しいか?」

「エレキっていうのが――」

「なんじゃ? わしより100年も後の人間のくせにして、エレキも知らんのか? なんと日ノ本は嘆かわしい。

わしや田沼様があれだけ……まあ、愚痴はよいわ」

「100年? 何の話ですか?」

「むっ、ああ……まだ聞かされていないのか。ならば、わしから言うことではないかもしれん」

 と、黙り込んでしまった。


 ――そういえば、みんな年がばらばらだった。


 ふと、山彦少年は奇妙なことに気が付いた。

 散髪をした時のも、あの中年女性の年号が違っていた。この目の前の骸骨老人は、100年が過ぎているようなことを言っている。


 ――何か隠されている。でも……


 今更な気がしていた。

 自分たちの力を見せてはいるが、自分たちが何者なのかを曖昧にしている。


 ――やはりまだ夢を見ているのか?

 

 それにしては、長いと感じた。すでにこの戦船の中に数日いることを考えると、長すぎると。

「そのことについて知りたいか?」

 老人が誘ってくる。

「えっ?」

 源内師範は悪ガキのように笑った。そして連れられ、今度は機関室を出る。

 水蒸気で暑かった機関室とは違い、廊下はひんやりとしている。

 先ほど、小石川青年に連れられたときには気に留めなかったが、海側と反対側、船体中央にも何か部屋があるようだ。鉄の扉が均等に並んでいる。その数は、艦体の外側。上甲板に並べられた正方形のパネルとほぼ同じ数だ。

「そういえばここは――」

 ふと、山彦少年はひとつの扉の前で立ち止まった。

「そこは蓑亀号のハッチじゃな。潜航艇が格納されているが、書いてあるぞ」

 と、源内師範は入り口に掲げられたプレートを指さした。

 確かに、亀の絵が描かれているが、その下に文字も書かれているが、少年には読めなかった。首をかしげていると、

「なんじゃ、文字が読めんのか?」

「すみません――」

「謝ることはない。竜の民の文字じゃ。日ノ本で使っていないからなぁ」

「竜の民の文字――」

 そもそも寺子屋にさえいったことのない山彦にとっては、文字など未知なものだ。

「ただ、ここはもともと違っていたんじゃ」

「違っていたというのは?」

「聞いたじゃろ? この和邇号は戦船だった事ぐらい」

「ええ、竜の民が使っていた潜水艦という戦船だと聞かされましたが……」

「これは……その昔は、強力な武器を収めていたという」

 源内師範は、ドンドンと壁を叩いて見せた。

 それは中に響いたようで扉が開き、「どうかされましたか?」とひとりの隊員が顔を出してきた。それを「何でも無い」と、師範は声をかけると、再び鉄の扉を閉められる。

「武器ですか?」

「恐ろしい武器だったそうだ。『神の槍』と呼んでいた。遙か彼方の敵を焼き尽くす武器だという。焼き尽くすだけではなく、猛毒によって子孫にも影響を及ぼすほどの威力だそうだ」

「そんな武器が!?」

 山彦少年のあいまいな記憶でも、「武器」といえば、刀や火縄銃ぐらいしかない。クジラをとるために銛を火薬で打ち出すものがあるというが、火事のように『焼き尽くす』ものなど想像できないでいた。

「そうそう恐れることはない。『神の槍』はすでにこの中にはない。

 それに、『神の槍』の源であるのは、この戦船を動かす原子炉と同じ『熱い石』だ」

「そうなのですか!?」

「ものは使いようということだ。それにこの戦船とて、結局は『神の槍』を運ぶ為のもの。だが、不要になった今は、この空間は色々に活用されている。

 例えば――」

 そう言いかけたところで、地面が少し斜めになった。立っていられないと、いうわけではないが、確実に上へ……つまり、和邇号が海面に向かって進んでいるように思える。

「浮上しているようじゃな」

「そういえば、会合がどうとかいっていました」

 食堂での会話を山彦少年が思い出し、話した。もうひとつの潜水艦。魚人ぎょじん族の船が見えたことも。

「そうかなら、外から見てみるか。こっちじゃ」

 と、源内師範はかなりの早歩きで、廊下を進んでいった。 

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