もうあなたとしか踊らない。
李紅影珠(いくえいじゅ)
第1話
『
嫌われてはいるが恋人の妹だし念のため、と交換した連絡先が、まさか本当に使われる日がくるとは思わなかった。
すでに卒部したラクロス部に、たまには顔を出そうかと思っていた程度の予定しかなく、学校も週末で休みの今日。
「うー、よいしょ」
落ち着く座り心地と離れがたい温もり。ルームメイトで幼馴染でもある縁の首に回した両手を外して、菇藍蘭はすっかり重くなってしまった腰を上げる。
「菇藍蘭?」
不思議そうな
「ちょっと絆の家に行ってくる。よく分らんけどなんかあったらしい」
「へー。暇だしついてってもいい?」
「うん」
縁も同じように、準備を簡単に済ませて寮を出た。
縁がつい癖で差し出した手をしまった、とでもいうように引っ込めかけるが、菇藍蘭は当然のように握り返し、ご機嫌な様子で「よぉーし! 全速前進!」と歩き始める。
昔から何をするにもずっと一緒にいて、ずっとくっついて歩いていた、2人で1人の菇藍蘭と縁。だけどこれからもずっとというわけにはいかないと、そう話したのは縁からだった。
『私はユーカリ。菇藍蘭の恋を見守りたい。邪魔になるようなこと、してちゃいけない。2人で1つだし、仲良しなのは変わらない。でも少しだけ、離れられるようにもならなくちゃ』
正直、これは縁が自分自身に言い聞かせた言葉だ。なんだかんだ子供っぽくて、甘えん坊だと思っていた菇藍蘭に最近一つ年下の恋人ができて、不器用ながらも素直な言葉で特別な感情を繋いで、少し大人になって。
いい機会だった。もちろん菇藍蘭の恋人は幼馴染である2人のことを理解しているけど、この先出会う人たちが皆そうとは限らない。実際、菇藍蘭に恋人ができたと周りに知られたとき、2人は付き合ってるんじゃなかったのかと驚く人も多かったから。その誤解が出会いを邪魔したり、浮気の疑いをかけられるなんてことになったり……そんな風にお互いが枷になってしまってはいけない。もう、幼くはないんだから。
ちゃんと理解したかといわれれば怪しいところではあるが、少なくとも恋人といる時はあまりくっついてこなくなった。
言い出しておいて寂しいと思う自分を見ないふりして、縁は努めていつも通りに話す。
「妹ちゃんから連絡なんて珍しい。何があったんだろ」
「さあ……珍しいどころか初めてなんだよ、
バスと徒歩でおよそ数十分、目的地に着いた。縁はもちろん、最近は外でのデートばかりだった菇藍蘭にとっても、来たのは久しぶり。
インターホンを鳴らすと、すぐに呼び出した本人が顔を出し、あからさまにホッと胸をなでおろす。
いつも学校ではおさげの髪が今日は編み込まれ、高い位置で括られている。そのせいか姉に似て少し大人っぽい雰囲気だが、連絡があった通り何か困ったことがあったらしく、表情は曇っている。
「何があった?」
「とりあえず菇藍蘭さんはねーねを連れて部屋に引っ込んでください。今日だけは部屋で何をしてようと邪魔しませんので、しばらく出てこないでくださいね」
隣に立っている縁には、「縁さんも手伝ってもらえると有難いです」と声をかけて、2人に中に上がるよう勧めた。
「わー! 待って待って! タマは料理のことは分かりませんがそれは絶対違います絆先輩!」
バタバタとリビングへ急いだ3人が見たのは、ぶぅっと頬を膨らませたピンクのエプロンを身につけた少女と、小さな背を伸ばしてその手からなにやら取り上げた様子の少女。
前者が菇藍蘭の恋人である渡橋
「だって、甘いだけじゃつまんないでしょ?」
「だからってからしはないよ、ねーね……」
「あ! 菇藍蘭さん! もう心羽ったら、なんで呼んじゃうの? バレンタインの練習なのに」
「親の結婚記念日のケーキを練習にしないで……? ねーねもちゃんとプレゼント用意したんでしょ? こっちはわたしがするから大丈夫」
バレンタインの準備、あと数か月じゃ足りないかも、とすぐ隣に立っている2人にかろうじて聞き取れる声で心羽が呟く。菇藍蘭は少し顔を強ばらせながら、なんとなく呼ばれた理由を察した。
結婚記念日とはいったものの、本人たちの姿は見えない。いつも多忙な姉妹の母が三日の休日をもぎとり、一泊二日の温泉旅行に出かけているからだ。今夜帰ってきて、明日は学校で絆たちもいないため家で2人、のんびり過ごすらしいとのこと。
「でも私だって、」
「絆、エプロン姿可愛い。似合ってる」
「えっ?」
付き合って日の浅い恋人からの言葉に、絆はみるみる顔を真っ赤に染めた。大人っぽい雰囲気と面倒見の良さから綺麗、かっこいい、頼りになるといった言葉はよく言われるが、可愛いなんて言うのは家族くらいのもの。言われ慣れていないのもあって、分かりやすく照れた。
そんな絆も可愛いと思いながら、絆の手を菇藍蘭が引っ張る。部屋の場所は分かってる。あの重度のシスコンで付き合うまでも散々邪魔ばかりしてきた心羽から、せっかくのOKサインが出たのだ。利用しない手はないだろう。しかし、
「いざとなると、何すればいいか分かんないな」
後ろ手に部屋のドアを閉めながら、菇藍蘭はぽつりと呟いた。
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