第12話(後編)


 激戦が終わり、閉会式が始まりました。

 日が傾く中、はじめのスピーチが粛々と行われます。芝生の上に全員体育館座りで、たまに吹く涼しい風に喜びながら、今日のことを思い出していました。

(つ、疲れた……)

 ほがらは眠気と闘っています。中間テストからさほど日を置かずに体育祭です。さらに言えば、中間テストの前には新人戦がありました。いくらなんでも日程を詰め込みすぎだろ、と思いながら迎えた今日。終わってみればあっという間でしたが、1日にすべて詰め込まれている分、より一層疲れた気がします。

(もはや足の裏が痛い……)

 すでに筋肉痛が怖く、何もしたくない気持ちです。シャワーだけ浴びて爆睡したいところ。

「ーーこのあとの打ち上げでは羽目を外しすぎないようにーー」

 体育祭やら文化祭やら、終われば打ち上げがあるものです。ほがらに言わせれば当日やる意味はなく、別の日にしたほうが体力的にも楽しめるのですが、仕方ありません。こればっかりは周りに合わせてあげましょう。

(はぁ、打ち上げかぁ。まぁちょっと顔出せばそれでーー)

「ちょうど先生方が運んできてくれているので、みんな手伝いにーー」

 鼻腔をくすぐるこの香りは。

「俺手伝いまーす!」

 この匂いは間違いないと思いました。

(ピザだっ!)

 今日一日で「行事に熱心なやつ」と思われているほがらですが、本人はなにも気づいていません。率先して打ち上げの準備を手伝い、ピザを中心にそれはもうたくさん食べました。


「お疲れさま、宇留鷲うるわし

「ああ、ありがとう」

 春音しおんからスポーツドリンクの入った紙コップを受け取り、はじめはぐっと飲み干しました。

「……今年も勝ててよかったねぇ」

「毎度肝が冷えるよ……。生徒会長の座を取られるのはごめんだ」

 1年生の頃は自分ではなく、先輩の生徒会長の座を守りました。2年生は他ならぬ自分自身の王座を守り、そして今年もまた、めぐみというライバルとの戦いになんとか勝てました。

「でもさぁ、負けても生徒会長の座は譲らないって言い張ればそれでよくない?」

 春音しおんの知る限り、ルールに記載があるわけではありません。慣例、ということもなく、単なる口約束、下手をすれば噂程度の眉唾物です。実際に生徒会執行部側が負けて、解散したという話も聞きません。

「まさか。そんなことをすれば信頼が損なわれるだろう? そしてなにより」

「なにより?」

「最悪譲っても大丈夫だ。悪いことにはならないさ」

 もしも西軍が勝ち、鴻戯 こうぎめぐみが生徒会長になったとしても。

「それはそれで、芸能科に新しい風が起こるだけ。そうだろう?」

「ま、あのお嬢様がトップになるとあれもこれもやたらゴージャスになりそうだけどね」

「違いない」

 談笑する2人から、少し離れたところにて。

 ぶすっとした顔のまま、可弦かいとはピザを頬張ります。レジャーシートに座りもせず、立ったまま食事しています。そんな様子を見て、紅蓮ぐれんが笑います。

「なんじゃあ、まだぶーたれとるのか」

「だってよぉ、鳳凰ほうおうじいさん……。鴻戯 こうぎめぐみ……先輩にこき使われて、騎馬戦も馬役だし、負けるし、なんだかなぁ……」

「結局おぬし、はじめにドラフトで選ばれんかったことを気にしとるだけじゃろ」

「なっ……!」

 言葉に詰まりました。

「なんだ、そうなのか?」

 可弦かいとにとっては間の悪いことに、はじめ春音しおんが近寄ってきました。

荒鳶あらとびくんもかわいいとこあるねぇ」

「ちょ、うぐさん」

「金髪小僧もまだまだお子ちゃまじゃからのぉ」

「ぐぐぐ……」

 拳を握るもそれ以上なにもできない可弦かいと。見かねてか、はじめが口を開きます。

「むしろ大人になったさ。カイトの成長が見れてよかったよ」

「あ?」

 褒められたことはわかっても、何のことかはわかりませんでした。可弦かいとは拳を下げ、言葉の続きを待ちます。

「めんこのとき、無理に勝負せず、次に繋げただろう?」

 勝ち抜き戦において、次のメンバーに勝敗を託しました。自分ではなく、チームが勝てるように、はじめのめんこを攻撃し、結果、チームは勝利しました。

「これまでのカイトなら、どれだけ可能性が低くても、自力の勝利を狙ったはずだ」

「勝負から逃げたって言いたいのか」

「……俺やチコ以外の相手とも、目的のために協力できるのは、大人になった証だろう」

 実力、メンタル、目標の高さ、家柄など、荒鳶あらとび可弦かいとはどうしても上澄みの存在です。同級生はおろか先輩にだって勝ることのほうが多い逸材。協力関係といっても助けてもらうことよりも助けることのほうが多く、足を引っ張られたと感じてしまうこともしばしばあります。

「俯瞰の視点を持つことはリーダーにとって必須だ。先頭をいく以外にもリーダーのあり方はある。鴻戯 こうぎのなんかはいい例だろ?」

 言われてみれば。

 めぐみは、なんだかんだと他人にしっかり仕事を振っていました。無茶振りもありつつ、周囲の人が支えとなっていました。しかし落ち込む生徒がいれば、持ち前のキャラクターで笑わせたり呆れさせたり、陰鬱な空気を吹き飛ばしていました。

「来年、お前たち2年生がみんなのリーダーになる」

 可弦かいとはじめの顔を改めて見ました。

「……なるべく、いろんなことを学んでくれ」

 はじめは、少し寂しそうに言いました。


 はじめたちから離れた、西軍を中心に集まっている場所で、あきは1人で壁に背を預けていました。夕暮れに佇む姿はなんとも絵になる光景です。多くの生徒が遠慮し、声をかけませんでした。しかし本人としては単にご飯を取りに行くタイミングを見失っただけです。正直、お腹が空きました。

 そんなときです。

「先輩! 本日はありがとうございました!」

「ウン? ……ウン」

 駆け寄ってきたかと思えば、ぴしっと礼をする一颯かずさに、あきは困惑を隠せませんでした。

「一緒に組んでいただけるだけでなく、怪我をしないように配慮まで……このご恩は忘れません!」

「別に……」

一颯かずさ、ちょっと大袈裟なんじゃ」

 遅れてやってきた忠太ちゅうたの持つ皿には、ピザやら唐揚げやらの食べ物がありました。あきの視線が思わず吸い寄せられます。忠太ちゅうたが気付きます。

「あ、よかったら食べますか?」

「……ありがとう」

 ぎりぃっと一颯かずさが歯を食いしばります。

(く、食事制限や好みを外せないと思って遠慮したが……不覚!)

 気遣いの能力で忠太ちゅうたに負けたのがそれはもう悔しいようです。

 一颯かずさたちがいる端っことは違い、ど真ん中で堂々としているのが西軍大将とそのお付きの者こと風紀副委員長です。あたりには風紀委員が多く控えています。

「ま、またしても……またしても」

 悔しさを隠せないめぐみに、早輔そうすけはあくまで軟派な態度を崩しません。

「ゆーても、おれっちたちも頑張ったっすよ。それに収穫はあったでしょ」

「ええ! もちろん!」

 めぐみは肩に羽織っていたジャージを翻し、立ち上がります。

「やはり『共鳴』『攻撃』『強化』は欲しいですわ! デビュー周りの騒動があった以上、えにしのお二人からの風紀委員会への心象は芳しくないでしょうけれど……、そこはあなたに任せますわっ!」

「……ほ〜い」

 と、返事をする早輔そうすけ。言いたいことはありましたが、今はひとまず飲み込みました。

 視線の先、えにしの2人がピザを食べながらスマホを見ていました。瑠璃音がスマホで撮った写真を眺めているようです。とても楽しそうに話しています。

 体育祭における人物や能力の再評価。派閥への勧誘競争。これらのための「能力の利用を認めるルール」。

(おれっちたちはどこまでいっても先祖返りなんだなぁ)

 そんな事情を知ってか知らずか、えにしの2人は、早輔そうすけに気がつくと、手巻きをしました。

(ヤッキーたちがこっちに来んのは、嫌だなぁ……)

 頭の後ろをがしがしと掻きながら、早輔そうすけは立ち上がり、2人の元へと歩き始めました。



 打ち上げが終わり、全員が帰った後のこと。

 スタジアムを出てすぐの海岸沿いの道を、紅蓮ぐれんは歩いていました。なんとなく、潮風でも浴びて、ゆっくり帰りたい気分だったからです。もう暗くなっていて、海面には月が映っています。

 同じ考えだったのか、紅霞こうかに出会いました。

「む、何じゃしけた面をしおって」

「年甲斐もなくはしゃぐよりはいいだろう」

 2人の朱凰すおうの会話を聞く者は誰もいません。車も通らず、波の音ばかりが響きます。

「今世の高校生活ももうすぐ終わるのぉ」

「名残惜しいか?」

「無論じゃとも。歳は繰り返せても、この3年を繰り返すことはできぬ」

「ずいぶんと謳歌してるように思う。……神気煌耀シェンメイの子たちにあまり迷惑をかけるなよ」

 心外だと言わんばかりに、紅蓮ぐれんが地団駄を踏みます。

「うるっさいの! おぬしこそ、ちゃっかり楽しんでおるじゃろうが! なんじゃ生徒副会長って! ワシも会長とかやりたかった! 目立つし!」

宇留鷲うるわし……次期当主のはじめの提案があったからだ。なかなかどうして興味深いものだった」

「例の件か。まぁのぉ。鴻戯 こうぎの娘っ子といい、遠大というか。涼しい顔をしてとんでもないことを考えるもんじゃ。最近の若造は」

「……最近ということもないだろう。若者はみなそういうものだ」

「ふむ、それもそうじゃな」

 2人とも同じタイミングで歩き始めます。海岸沿いをまっすぐ進むと芸能科に着きます。寮もその付近なので、自然と2人で歩くことに。

「今世も退屈せんのぉ」

「まったくだ」

 月明かりに照らされながら、寮へと向かいます。仲間や級友が待っていることでしょう。いつの時代も変わらないことです。今という時代を生き、挑戦し、ときに勝ち、ときに負けながら、時代を作る。

 対の鳳凰ほうおうに、見守られながら。



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オルニスタ @ornista

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