第25話 歩み寄り、あらあら……。

 ――はっ!? 私に交代したということは、ステラ嬢は魔術をかけ終えたのですね。それでは、チュートさんに連れ帰ってもらいましょうか……。


「あっ、また心が変わった! 器用だねぇ~」


 チュートさんが私とステラ嬢の入れ替わりを見て、変に感心しています。確かに彼女的にはそう見えるのでしょうね。


「チュートさん、学園に帰りたいんですけど……」


「はいは~い! では魔王様、ステラちゃんを連れて帰りますね~!」


 そう言って、チュートさんは玉座に座り込む魔王様に……って誰ですかぁぁぁぁ!? まさか、ステラ嬢が魔術を譲渡した結果、魔王様の肉体が若返った、ということなのでしょうか?


「あの……魔王様って……」


「なんだ、ついさっきそなたが癒してくれたではないか。もう忘れたのか?」


「いえ、なんでもありません!」


 やはり魔術で若返ったのですね。『癒し手』としての役割ではないですが、とにかく魔王様が元気になったのであれば、万事解決ですね!

 ――いや、待ってください。本当に解決してよかったのでしょうか? 私を利用して若返り、人間を襲おうとしている……なんてことも考えられますよね! もしかして、かなりとんでもないやらかしをしたのでは……?


「一つ訊きたいんですけど……悪魔って、人間を襲ったりしませんよね? 大丈夫ですよね?」


「……はっはっは! なんだ、そんなことか! 吾輩が生まれる以前の悪魔はそうしていただろうが、今は違う。人間や妖人類エルファなどを襲ってまで、魔術を食らおうとはせんよ」


 とにかく、学園が悪魔に襲われる心配はないようですね。ですがそれでは、魔王様はいずれさっきのような痩せ細った姿に逆戻りしてしまうのでは……? ここには魔王様とチュートさんのお二方しかいらっしゃらないようですし、得られる魔術もその分少なくなってしまう……。


 ――何か対策を打たなければ、魔王様は生きる手段を失ってしまう!

 それが魔王様の生涯だとしても、生き延びられる手段を知っていながら成し得ないというのは、あまりにもむごすぎますよ……。


「ステラちゃん……でもこれはしょうがないよ。魔王様はこれ以上、人間や神と争いを起こしたくないだけなの!」


「――ですが! 肉体が若返ったということは、また衰弱してしまうということ! また同じ苦しみを味わうことになってしまうんですよ!」


 それが何年後か、あるいは何分後かは分かりません。ですが、また苦しむことが確定してしまうのは、私だったら耐えられません……。

 転生したのだって、死んだと良かったのであって、もし死への認識を持った状態だったら、今ごろ絶望の淵に立たされているでしょう。


「ステラ・アウソニカ……そなたの思いは嬉しいが、悪魔とは恐れられるものだ。吾輩は人間とはやっていけないよ」


「チューちゃんもそう思うし、なんなら。心が読めるってことは、ネガティブに思われてることも丸分かりなんだよね~……」


 確かに私も、初めてチュートさんに会った時は『怖い』と感じました。だから悪魔のお二方はこの建物に隠れるように住み、その長い生涯を終えるまで暮らしていると。

 そんなのって、生きながら死んでいるようなものじゃないですか! 人間と手をとれるようになれば、そんなことはもう起きないのに……そうだ。


「では、私が魔王様を恐れなければいいのですね……?」


 今の私にできることは魔王様を、ひいては悪魔を恐れない……仮に恐れても、その手を差し伸べること。気を許し合う存在に、私からでもなること! ならば答えはただ一つ!


「――魔王様、私に膝枕されてください」


 精神的な『癒し手』として、耳かきによる施術をすることです。


「ひ、膝枕? なぜだ?」


 床に正座になった私を見て、魔王様は口をあんぐりしながらその理由を訊きます。確かにこの状況では理解ができないのは当然でしょう。

 しかし一歩、その一歩を踏み出してはくれませんか? 私たち人間と悪魔が、歩み寄れる第一歩を! 玉座なんて入れ物から、抜け出してはくれませんか……?


「なるほどねぇ……だったら、その『耳かき』ってのが安全か、チューちゃんがいっちょ確かめるしかないですねぇ~! ささ、どーぞ!」


 耳かきが危険ではないか確認するため、私の膝枕にチュートさんが飛び込んできました。あらあら、心なしか喜んでいるようにも見えるのですが……私の心を読んで、耳かきが『心地よいこと』と認識したのでしょうね。


「――ではいきますね。悪魔の耳の中が分からないので、都度都度で説明をお願いしますね」


「は~い! あと暴れない……だね!」


 この調子だと、チュートさんに対して説明はいらないようですね。それではいっちゃいましょうか! ブラフワーさんを耳かきに変化させ、視覚共有モニター越しにチュートさんの耳の中を確認していきます。


「おお、人間とは全然違う……」


 心を読める心魔サキュバスだからでしょうか、鼓膜らしき器官が全く見当たりません。問題なく会話はできていましたが、私や魔王様の声を聴いているわけではないのですね。


「そうだね~。これは心魔特有のもので、魔王様の耳は基本的に人間と同じだよ~」


 おっ、そうなんですね。てっきり傷つけてはいけない知らない器官があるものかと思っておりましたが、そういうことならば任せてください! 大得意ですから!


「いいねぇ! ちなみにチューちゃんのも鼓膜がないだけで人間と同じだから、その知識をフル活用してブチカマしちゃって~!」


 はい! お言葉に甘えてブチカマしちゃいますよ~! チュートさんの耳の穴を、ゆっくりと刺激していきます……!


「んんっ……! ちょ、ひゃああああんっ! これらめっ……!」


 あらあらぁ! ちょっと、とんでもない声が出てますってチュートさんんんん!

 上手く形容できませんが、ものすごくえっちなことになっていると思います……!


「あ、あの……その声ってなんとかなりません? え……えっと、とにかくヤバいです!」


「いや、言い直してもチューちゃんには分かるんだけど~。要はチューちゃんの声がえっちすぎたんでしょ? でもしゃーないでしょ、これヤバすぎるんだからぁ……」


 そうかもしれませんが、なんだか私も恥ずかしくなってくるじゃないですか! 『トリコにする』って、絶対そういう意味じゃないですよね!?


「トリコにするってのにも色々あるけどぉ……チューちゃんと同じような心になっちゃうのぉ! だから恥ずかしいのと、がステラちゃんに移っちゃうのぉぉぉぉっ!」


 ……えぇぇぇぇっ!? それ、大問題じゃないですか! もう施術は終わりにしましょう、このままだとチュートさんのことしか考えられなくなっちゃいます! 逃れられないのは嫌ですぅぅぅぅっ!


「これにて、施術を終わります……」


 自我が崩壊しないうちに、半ば強制的に施術を切り上げます。このままだと本当にヤバいところでした、前世でもロクに恋愛をしてきていないというのに……。

 両者疲れた様子で魔王様の方へ視線を向けます。私は心魔ではないのでチュートさんのように心を読めるわけではありませんが、今の魔王様は明らかに引いています。ドン引きです。


「えっ……チュート、大丈夫? 耳痛くないか?」


「大丈夫でしゅ~! それどころか、ドチャクソに気持ちいいですよ~!」


「ああ、そうなんだぁ~! 吾輩は遠慮しておこうかなぁ……」


 あらあら……人間と悪魔の溝、さらに深くなってません? とにかく、私としては歩み寄るつもりですからね! 全然大丈夫ですから!


「とにかく礼を言うよ、ステラ・アウソニカくん。肉体も若返ったし、吾輩たち悪魔に歩み寄ろうとしてくれる人間がいるだけでも、非常に心強い。そなたのことは、この命が尽きるまで決して忘れないだろう……!」


 ――色々ありましたが、これは『一歩前進』と考えていいのでしょうね。まだまだ先の見えない問題ですが、私はこの命を懸けて尽力しましょう。

 悪魔だって、この世界の『住民』です。癒されるべき対象なんです。今の魔王様やチュートさんは、人間に危害を加えようともしていないのに、過去だけを見て判断するのは早計すぎます。


「そなたは、学園に帰って元の生活を暮らしてくれ。吾輩はせっかく若返ったこの体で、歩み寄る方法をゆっくり考えるとするよ」


 魔王様は半ば諦めの表情を見せながら、冗談交じりに今後の展望を語ります。人間と寄り添い、魔術を取り込める方法……あっ。


「魔王様、私と一緒に……!」


「――いきますよ、砂泥魔術メルダート!」


 私の粘土を、品定めするかのように見つつ、取り込んでいく魔王様。

 そう。学園の実技の時間なら、生徒からの魔術を取り込み放題です。しかも……。


「今のは『砂』を想像する力が足りなかったな。命中する前に、空中で分離しかけていた。砂と泥の割合がいい塩梅になるよう、魔術中枢を刺激していくことを意識しているといい」


 ――なんと、魔術の王からの詳しいアドバイスつきだったりします。

 人間と悪魔が歩み寄る、大きな大きな第一歩を私たちは踏み出せたのです……!

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