共鳴
第21話 反省文、あらあら……。
作文を書くなんて、一体いつぶりでしょうか?
目の前には原稿用紙が一枚。字数を数えてみたところ、日本のものと同じ四百字詰めでした。
「ねえ、それくらいさっさと書き上げちゃいなさいよ」
「う~ん……これがなかなか難しいんですよぉ」
なぜ私が、このような状況に見舞われているかといいますと……。
龍の一件から一夜が明けて、校舎内はやはり私……ステラ嬢の噂で持ち切りでした。容赦のない冷ややかな視線が向けられるのを意識しながら廊下を歩くのは、割と心にくるものがありますね。トライさんが一緒で助かりました……。
「お、おはようございます……」
それまで賑わっていたであろう教室内の空気が、私の声がした瞬間、すっと引いていきます。かと思えば、そこかしこでひそひそ話が聞こえ始めました。やはり『二重人格』という単語が、皆様の口から静かにこぼれています。
「ちょっと、あんたたちね……!」
「いえ、私の自業自得ですよ。
「――でも!」
腕を出して、トライさんの主張を制止させます。
貴女の気持ちは本当に嬉しいですが、今回は全面的に私が悪いです。原因にしても、その解決方法にしても。だからここは耐えましょう、今ここで反論しても、私たちが不利になるだけです……!
「おはようございます。おや、なんだか不穏な空気ですね〜」
未だ扉付近で立ち止まる私たちの合間を縫って、先生が顔を出します。
「「うわぁっ! びっくりした!」」
慌てて右に避け、先生が教室へ入るスペースを確保します。後ろにはツヴァイエさんも控えていました。
「はいはいみなさん、あまりアウソニカさんを非難するような扱いはおやめなさい。皆さんを龍から守ってくれたのですよ〜?」
それはそうですけど、非難されて当然の行為をしたわけですし……ここで変に許されても、ステラ嬢への悪評はさらに広まるでしょう。体を預かった者として、それはあまりにも彼女に悪いです……。
「許されるべきではない、と考えているのでしょうね。しかしアウソニカさんや皆さんはまだ十歳です。間違いをしても、再び前を向いていいのです」
悪行三昧だったステラ嬢が学園にいることを許された理由を、垣間見たような気がしました。先生の存在が、きっと彼女を肯定してくださっていたのでしょう。再び前を向いていいと。
だからこそ、魔術を使うための責任を放棄していたともいえるのですが……。
「子どものうちはね、責任なんてな〜んにもとらなくていいんですよ。その代わりに親や先生といった『大人』が頑張っちゃうわけです。前を向けるような環境を作るのも大人の役目。ちょっとずつ、その背中を見て成長してくださいな〜!」
その大人の役目を、大人である私は努めようと奔走しました。しかしこの体では、知識が乏しい状態では、失敗に終わりました……。
だからこそ、私は成長し直します。トライさんやツヴァイエさん、そしてステラ嬢とともに……。
「というわけでアウソニカさんに、あなたに知識と責任をとる練習の機会を与えます。はいこれ〜」
先生が手渡してくださったのは、一冊の分厚い本でした。赤いハードカバーには、現地の言葉で『全種族身体図鑑』と書かれています。ということは、これが『知識』ですね……。
「先生が読んでいた図鑑です、久しぶりに引っ張り出してきましたよ〜。少し前のものなので確実なものではありませんが、
そういえば、図鑑がどうだなんておっしゃっていましたね。これを読んでのものだったのですね。数多くの種族や人間とのハーフの身体的特徴について、事細かに記載されています。当然耳の中も……これがあれば、昨日のような事故を未然に防げますね!
「ありがとうございます! ……ところで『責任をとる練習』というのは、どういうことでしょう?」
「ああ、それはですね……」
――というわけです。あらあら、まさか転生して反省文を書かされることになるとは思いませんでしたよ。原稿用紙の枚数こそ一枚のみですが、現地の文字で書かなければならないため、私にとってはかなり難しい作業だったりします。休暇中では文字を覚えるのも一苦労だったのに、これに加えて文章を作れだなんて。
とりあえず、書かないことには何も始まりませんね。『昨日の件につきまして』、と……。
「ちょっとステラ、用紙は横書きよ? それも忘れたの?」
「ああ、そうなんですね! では気を取り直して……」
「もう昨日みたいに、耳かきで記憶を取り戻した方が早いんじゃない? あいつ、書いた反省文の数なら、百枚は優に超えてるわよ」
ひ、ひゃく!? 『二か国潰し』を筆頭に、ステラ嬢が悪童だというのは知っていましたが……まさかそれほどまでの数のやらかしをしているとは。ちゃんと大人の背中を見ていてくださいよ。
「えぇ……じゃあ、そうします~? ならブラフワーさん、後は頼みます!」
「本当にお前ら二人は神遣いが荒いな……ほれ!」
右側の
んん……はっ!? おお、きたきたきたー! 戻ってきたぞ、アタシに主導権!
「そんじゃトライ、メシに行こうぜー!」
「あ~それね……私たち、さっき昼食をとってきたところよ」
「はぁっ!? 寝てる間に日付変わってんのかよ!」
おいもう一人のアタシ! なーにオメーだけ美味しい思いしやがってんだ! おかげでスライムステーキを食いそびれたじゃあねぇか!
「ちなみにスライムはないけど、反省文ならあるわ」
「マジかよ、何やらかしたんだよもう一人のアタシー! ……いや、町をブッ壊したのはアタシだったわ」
なに、だからアタシに入れ替わったわけ!? まあ、そのことについては悪いと思うけど……しゃーない、ケジメつけてやるかー! 父さんもスウィ姉もバカみてぇな言ってくるヤツだから、気は乗らねぇけど。
「はいこれ、さっさと書きなさい。終わったら先生に提出するわよ」
「へーい」
自慢することじゃあねぇけど、こんなもん五分もあればすぐ書き上げられんだよな! 『町を破壊してしまい、申し訳ありませんでした。しかし』……と。はい終わりー!
「まーこんなもんよ……って、コレは?」
んだこの赤くて分厚い本、図書館から借りてきたのか? なんか体についての図鑑らしいけど、魂の主導権についてとかは書いてねぇっぽいな。
「それね、先生からの貰い物よ。もう一人のあんたは、色んな種族の『耳』について知りたいみたいよ。あんたと入れ替わるのも、耳が鍵になってるらしいし」
「へぇー……そっか、なんか色々とやりてぇことがあんだろうな」
そういうちゃんと自分自身に芯が通ってるヤツは嫌いじゃあねぇ。アタシが寝てる間だけ、その目標に向かって体使わせてやっかな。
でもアタシって評判バカみてぇに悪いよな? ちょっとその辺が心配だな、アタシの体に傷ついたら困るし……あ、そうだ。
「トライー! ちょっとペン貸してくんね? できれば消えねぇヤツー!」
「別にいいけど……一体なんに使うの?」
「まーそれは、アタシとアタシの秘密だ」
――これでよし。後は反省文を提出して、メシまでテキトーにぃ……え、ここで変わんのかよー……!
「――はっ!? あ、書けてる……」
手練たゴーストライターのおかけで、寝ている間に反省文はびっしりと書けていました。さすがステラ嬢、謝罪し慣れてますね。
「お、戻ったのね。じゃあ職員室に行ってらっしゃい」
「はい、行って参ります〜」
部屋を後にし、先生がいるであろう職員室へ向かいます。反省文を書かせるためにステラ嬢に変わったのは彼女に悪いですが、いきなり書き方や筆跡が変わっても怪しまれるだけですもんね。
なんて、罪悪感を言い訳に変えていくともう職員室まで着いてしまいました。
「失礼します、マンドリン先生に用があって参りました」
「おおアウソニカさん。反省文ですね〜……うん、いつも通りよく書けていますね」
やはり交代して正解でしたね。ナイスですトライさん! というか、よく書けているんですね。内容はあえて見ずに提出しましたが、反応を見るに体裁は整えられているようですね。なんで常日頃からしてくれなかったんですか?
「それでは、私はこれで……」
「あ〜ちょっと待ってアウソニカさん。明日の放課後ね、あなたの壊した町の町長さんと話し合いがあるからお願いしますね〜」
確かに、その辺りの問題も解決していかなければなりませんね。明日の放課後、覚えておきましょう……。
「あ、ちなみに一対一ですので頑張ってくださいね~」
「えぇぇぇぇ~っ!?」
――『練習の機会』って、そういうことなのですか~!?
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