第19話 あーーーー、よく寝た……

「ちょっと! 龍が来るってどういうことですか!?」


龍人種ドラゴルファの咆哮は龍のそれと同じだ。逆鱗に触れた際の声も、やはり龍には同じように感じ取られるだろう」


 ――ということは、龍はにこちらへやって来るのですね。『わざとではない』と言葉が通じる相手ではなさそうですし、やはり逃げるしかありませんね!


「皆様、早くここから逃げ……いや、ここに残りましょう!」


 よくよく考えれば、四方を高い壁で囲われている学園内ここが一番安全ですね。窓から外の様子を確認しつつ、臨機応変に対応することにしましょう。

 全員でガラスに張りつくようにして龍の侵攻具合を計ります。数百メートル先からでも分かるほど巨大な、先生と同じ赤色の鱗を纏った龍が空を飛んで向かって来ていますね。


「うぅ……。どうしたんですかぁ、みんなしてぇ外の様子なんて見てぇ……?」


 意識を取り戻した先生が私たちに状況説明を求めます。目は半開きで、呂律も回っていません。その姿を見てより罪悪感を抱えつつ、しかし平静を保ちつつ説明をします。


「申し訳ありません。実は先生の耳にある『逆鱗』に誤って触れてしまい、そのせいで龍が学園に向かって来ていまして……!」


「えぇ~!? ではアウソニカさんたちはここから離れないでください、先生は全校の皆さんを寮内の部屋に避難させに行きますので!」


 そう言って先生は自分の両頬を叩き、生徒の皆様を守るべく部屋を後にします。

 さて、ここからはどうすべきか……私が招いた事態なんです、どんな形であれ責任はとらなければなりません。後から先生方に謝罪するだけで済むような問題ではなさそうですし……。


「――ステラ。お前、あの龍をどうにかしようなどと、考えてはおらぬだろうな?」


 ちょうどそれが脳裏をよぎったタイミングで、ブラフワーさんから釘を刺されます。分かってはいましたが私なんかの魔術出力では、到底龍を追い払えないでしょうね……。


「あらあら……図星です、なんとか追い払えないかと考えていたところですね」


「はぁぁぁぁ!? あんた、それ本気で言ってんの!? 死ぬかもしれないのよ!」


「そうですよ! いくらアウソニカさんとはいえ、龍を相手にするなんて危険すぎます!」


 当然トライさんとツヴァイエさんにも止められます。確かに、人並みの魔術しか使えない今の私では、手も足も出ないでしょう。

 ですが、このまま指をくわえて見ているだけなのも納得がいきません! 直接相手せずとも、龍の気を引いて軌道を学園からずらすことだってできるはずです……!


 ――私のせいで学園の皆様がこれ以上被害を負うくらいなら、私の犠牲のみで全てを丸く収める方がずっといいです! ステラ嬢がトライさんをいじめから守ったように、私も皆様のために動かねばならないんです!


「すみません、なんとかしてみます!」


「ちょっと、ステラ……!」


 ――後ろを振り向くことなく、勢いよく部屋を飛び出します。

 去り際にトライさんが何か言葉をかけてくれたような気がしますが、今は心配も怒号も全てを振り切って、貴女や皆様を守るために……!


 寮の昇降口から、各自の部屋へと逃げる皆様と逆行するように中庭へ飛び出します。しかし寮母のエルデナさんが行く手を阻みます。


「アウソニカ嬢……記憶はなくとも聞き分けは悪いか。一応訊く、貴女はどこへ向かう?」


「――龍の気を引いて、学園への被害を防ぐために壁の外へ行きます!」


「それがどれだけ危険なことが、貴女は本当に理解しているのか!?」


 肩に担いでいた木刀を床に叩きつけ、エルデナさんは怒りを露わにします。表情や口調は静かなものではありますが、砕け散った木片はそうでないと訴えかけています。


「確かに貴女は、そのありあまる魔術出力で国を二つ潰した。しかしそれは、貴女がだ。今の貴女ではあの龍に立ち向かうことも、気を引いて時間を稼ぐことすらできない!」


「――でも! これは私のせいで起きたことなんです、それなのに当の本人である私が何もせず、ただ行方を見守るわけにはいきませんよ!」


 エルデナさんに精一杯、私なりの主張をぶつけます。前世ではこんなわがままを押し通したことなんてないのに……。それなのに今の私は幼稚で、滑稽で、融通の利かない問題児そのものです。『素行不良だな』と、どこか他人事に考えていたステラ嬢と、なんら変わりない悪童です。


 ――だけどそれは、力に伴う責任の重さを理解したから。もう取り返しはつかないかもしれないかもしれないけど、だからって立ち向かわなくていい理由にはならない!


「罰なら後でいくらでも受けます! だから今は、そこを退いてください……!」


「ダメだ。いくら貴女が事の発端とはいえ、危険すぎる。ここは大人に任せておくんだ……」


「――退! 私が全部なんとかするって誓うから!」


 私はブラフワーさんを耳かきの状態にして、

 この世界の人間は、地球人には存在しない『魔術中枢』があるんです。だったら、刺激することで人体に影響を及ぼす器官が、他に確実にあるはずです!


「おい、何をしているんだ……」


「うるさい! 今、集中してるんです!」


 ブラフワーさんの視覚共有モニターを頼りに、本来人間にはないはずの器官を探します。神人種ディヴァイファの『魔術の制限』や、龍人種の『逆鱗』のように。必ずあるはずなんです。


 聖里の中に眠っている、もう一人のステラ嬢が……!


 捜索を続けていると、ブラフワーさんが小刻みに震えました。一度耳かきを引き抜き、その真意を問います。エルデナさんが目の前で見ていますが、この際関係ありません。


「ブラフワーさん、今のはなんですか?」


「お前が何を想像しているかは分からんが、行動の意図ならなんとなく分かる。ステラの魂と入れ替わろうとしているのだろう? ……右の側頭骨そくとうこつを刺激しろ、さすればステラと入れ替われる。まあ、おすすめはせんがな」


 ――やっぱりあるのですね。それが分かれば、とるべき行動はただ一つです。再び耳かきを穴に入れ、視覚共有を頼りに側頭骨を刺激し……突如、目の前が真っ暗になり……。





「あーーーー、よく寝た……」


 あんだぁ? アタシ、確か湖で寝てたよな……なんで寮にいんだよ? てか、夏休みは!?


「なあエレナ、夏休みはどこ行ったんだよ!? 寝てる間に全部飛んじまったのかぁ!?」


「……記憶が戻ったのか。それよりもアウソニカ嬢、早く部屋に戻れ。龍が学園に向かって来ているんだ。さっさと避難するんだ」


 はぁ!? なに龍くれぇでビビってんだよ? それかアレか、めっちゃデケェヤツなのか?


「そんなもん、さっさとブッ倒しゃいいだろ。てか、アタシが行ったら全部終わるくね? 『メーヨバンカイ』ってヤツ、やってやんよ! んじゃ!」


「おい待つんだアウソニカ嬢! いくら貴女でも危険なんだぞ、分かっているのか!?」


「知るか! エレナみてぇなザコじゃあねぇんだよアタシはー!」


 あーうっさ。アタシより魔術出力弱ぇくせに、なーに威張ってんだって話だわマジで。

 んで、その龍ってのはどこにいんだ? とりあえず壁の外に出てみるしかねぇか。


「――高速魔術メルピード、っと!」


 とりあえず高速魔術で思いっきし走って、その勢いで壁より高く跳ぶ!

 ひゃー! これだよこれぇー! 最後に壁越えたのっていつだっけか? トライの敵討ちとった時以来? じゃあ三年ぶりか……あん時より全然ヨユーだな! 壁ひっく!


「どーこーだー……あ、アレか」


 赤くてデケェのが一頭と、緑のちっちぇヤツが四頭くらいねー。だったら、赤いのシバけば緑は逃げるっぽいな。オッケー決まり! そんならとりあえず着地をっと。


水源魔術メルアクア!」


 手から水出して、ゆーっくり地面に降りる、と。そういや後期って水源魔術からやんだよな? おっ、じゃあいい予習になったんじゃあねぇの? アタシってやっぱ天才じゃね!?

 じゃあ水源魔術の次……ってなんだっけか? どーせならソイツでブッ飛ばしてぇけどなー。スウィ姉、何やってたっけなー?


「うーん、分からん! 忘れた!」


 多分コレ一生思い出せねぇヤツだ。考えてたら龍に学園が襲われて、色々と終わっちまうな。

 こーなったら、とっておきの『アレ』でサクっとブッ倒しちまいますかー!


 ――ちょい待ち。アタシ、アレ全部覚えてっかな? えーっと……よし、多分オッケーだ!

 赤いのを視界に入れて! 左手の人差し指を向けてー!


「――アタシの紡ぐ魔のとともに、満天の星の輝きを、今解き放て……!」


 人差し指に『石』を想像してぇぇ、魔術中枢を限界まで刺激してぇぇぇぇっ!

 肝心の『詠唱』も十分! いくぜ……アタシの、アタシだけの、最ッ強の魔術!


「食らいやがれやぁぁぁぁっ! これがアタシの、石星魔術メルステラだぁぁぁぁーーーーっ!」


 ――ふぅ。久しぶりにブチカマしたけど、やっぱやめた方がよかったかもなー……。

 確かに学園は守れたけどさー、向こう側にある町、くせぇぇぇぇ……。

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