第15話 庶民、あらあら……。

「では、お次はヴァエルアムさんの番にしましょうか。好敵手ライバルに追いつき、追い越せるように頑張ってくださいね~」


「――はい!」


 いつの間にか修復されていた藁人形目がけて、トライさんが手のひらを構えます。水が彼女の手を覆い、その状態を保ったまま水流を前方に放ちました。


「一度手を水で包み、魔術中枢をさらに刺激させる……これが私の水源魔術メルアクアよ!」


 トライさん式の水源魔術は、前方に立つ藁人形を一撃で吹き飛ばしました! 一つずつを確実に撃ち抜いた私とは違い、トライさんは広範囲に一発だけ、破壊力抜群の魔術……どちらが優れているかは、人によるでしょうか。


「おお~、これもなかなかの魔術出力ですねぇ。もうアウソニカさんと肩を並べられるのではないのでしょうか?」


「どうでしょうか……今のステラは本調子じゃないので、確かに同等かもしれませんね。本来なら、私なんて足元にも及びませんから」


「――それもそうですね」


 トライさんと先生は、何やらステラ嬢について話しているようです。この体から放たれる『本来の』魔術は、一体どこまでの力を発揮するのでしょう?

 そしてこの私……聖里さとりの魂は、ステラ嬢の魂と比べて遜色ない魔術を扱える日は来るのでしょうか……?


「では、次の方に移りましょう……」


 先生に促され、皆様は続々と水源魔術を決めていきます。藁人形が崩れては修復され、また崩れては修復され……なんだかかわいそうになってきましたね。


「記憶喪失でもやるわね、ステラ」


「なんとか……でも、以前のようにはいきませんよ。想像がつきませんもん」


 せめて、ステラ嬢が魔術を放つ映像でもあれば……でも、さすがにビデオを撮るような魔術はないでしょうね。いくらなんでも現代的すぎます。

 ブラフワーさんのような、視覚を共有できるような魔術があれば……いや、望み薄ですね。


「――おっと、なかなかできませんね~。今日は調子が悪いようですね、ドーンさんはまた後日に実技の時間を設けましょうか。それまでに魔術中枢を刺激できるよう、想像力を働かせてみてくださいね」


「はい……」


 どうやら、水源魔術を放てなかった方がいたようですね。まあ、さっき習ったばかりのものをいきなり出してみろ、というのは無理がありますからね。初日でできる方が異常ですよ。私だって、休暇中に練習しまくりましたもん。

 授業の終了を告げる鐘が無情にも鳴り響きます、ただ一人だけを置いていくように……。


「これにて水源魔術の実技は終了です。しっかりと体を休めて、また明日からの授業に備えてくださいね~」


 あれ? もう今日の授業は終わりなのですか? まだ日は高いですが……魔術学園は昼までで終わるのでしょうか?


「なに突っ立ってんの、さっさとカバンを取りに教室に戻るわよ」


「待ってください、そんなに急がなきゃなんですか~?」


「そんなによ! もたもたしてると食堂が混んじゃうんだから! あんたは昼ごはん抜きでいいわけ?」


「あらあらぁ! それは確かにそんなにですね!」


 周りを見ると、皆様も急いで教室に戻るべく早歩きで駆けています。これ以上出遅れるわけにはいきません、急ぎましょう! ……いや、待ってください。


「――思ったんですけど、教室に戻らず、そのまま食堂に行けばいいんじゃないんですか?」


 早歩きのペースを保ちながら、トライさんに純粋な疑問をぶつけます。


「一応聞くけど、あんたは教科書を盗られたい?」


「絶対嫌です! でも、教科書は全員持っていますよね? わざわざ盗む意味はないと思いますが……」


「そう思うでしょ? 盗った教科書を、。貴族や妖人種エルファに比べて魔術中枢が発達していない庶民でも、想像次第で魔術は使えるようになる」


 あらあら、この世界にも『転売』はあるのですね。それにしても、あれほどの威力を持つ魔術を、仮に私たち貴族だけでなく、領民の皆様も持つとしたら……。


「かなりまずいですね……」


「――そう。魔術ってのは、手の届くところにあっちゃいけない存在なの。本当なら肌身離さず持っておきたいのだけど、それだと実技の評価が下がっちゃうのよね」


「なんでですか? 貴重品を持っておくのはいいことじゃないですか」


「試験に教科書は持ち込めないでしょ? そういうことよ」


 トライさんは私の疑問を全て的確に答えながら、自身のカバンを肩に担ぎます。

 私も教科書を盗まれていないか確認し、カバンを肩にかけ、いざ食堂へ……と意気込んだところ、机でうなだれるクラスメイトの図が視界に飛び込んできたのでした。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


「放っておきな。さっき水源魔術を出せなかったやつだ、ああなるのも仕方ないわ」


「でも……あの、とりあえず食堂に行きましょ? 『腹が減っては戦はできぬ』、ですよ!」


 この方とは違い、私には戦う予定がありません。だから少しの間くらいお腹が空いても大丈夫なはずです、たぶん。


「はあ……って、ええええ!? アウソニカさんっ!? どうか許してくださいいいいっ!」


 私の呼びかけに気づくやいなや、机から飛び上がって驚きの表情を浮かべています。しかも謎の謝罪までついてきました。


「いえ、別に何もされてないですけど……」


「違うわ。単純に怖がられてるだけよ。あんたは『二か国潰し』なんだから」


 ああ、そういう……中身がいくら変わろうと、ステラ嬢のイメージが凝り固まってしまっているのですね。となると、今のように無闇に人に話しかけるのはやめておいた方がいいですね。


「ほら、行くわよステラ。それとあんたも、水源魔術のコツなら食堂で教えたげるから」


 さすがしっかり者のトライさんですね。早歩きで進んでいく背中を、私たちはカルガモの親子のようについて行くのでした。


「すみません、僕のせいでパンだけになってしまって……」


 私たちが食堂に着いた頃にはほとんど全ての料理が注文され尽くしており、パンが一つずつしか残っていない状況でした。なるほど、皆様が急ぐ理由も納得です。


「まあまあ、仕方ないですよ。それで問題は水源魔術の実技について、ですよね。えっと、お名前は確か」


「ツヴァイエ・ドーンです。もともとはアウソニカの庶民だったのですが、幼い頃に拾った教科書を読んでいたら、魔術を中途半端に使えるようになってしまいまして。そのせいでこんなことに……」


 さっき話していた、誰かが盗んだ教科書によって魔術を使えるようになった結果、逆に生きづらくなってしまったのですね……。水源魔術が放てなかったのも、魔術中枢が発達しきれていないからということでしょうか?


「――はふほふへなるほどね。はむっ……ほへへそれでへふはふあメルアクアほふふぁコツは……」


「あっ、パン食べてからで全然大丈夫です……アウソニカさんもヴァエルアムさんも、僕なんかとは次元が違う存在ですので。そんなお二方に魔術を教われるのであれば、僕はいくらでも待てますから!」


 そこまで言うのでありましたら、私もあ全力を尽くして教えなければ、ですね! といっても、私もそこまで魔術の知識があるわけではありませんが……。

 私とトライさん、二人がかりのレッスンの末、ツヴァイエさんは飲み水を生成できるほどにまで水源魔術をマスターすることができました。ほとんどトライさんのお手柄ですけどね……。


「ありがとうございます! ……それでアウソニカさん。記憶喪失と言っていましたが、なんだか気がするんですけど、気のせいでしょうか?」


 まさか、私が転生者であることがバレた、ということですか? でも外見はステラ嬢そのままですし、口調も『記憶喪失によるもの』でごまかせているはずです。

 他に変わった点といえば『体内に魂が二つある』ということですが、証明しようがないでしょう。スライムでも食べさせない限り。


「えっと、それはどういうことですか?」


「なんといいますか、禍々しいオーラが浮かんでいるといいますか……」


「日頃の行いでしょ。ステラが禍々しいことなんて日常茶飯事だもの」


 さらっとトライさんに辛辣な発言をされましたが、これでステラ嬢のせいによるものでないことが分かりましたね。となると問題はステラ嬢の魂ではなく、聖里の魂……? いやいや、私が禍々しいオーラを纏っているなんて、さすがにないでしょう。


「いえ、本当にオーラが……アウソニカさんの近くを、!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る