第13話 尖った耳、あらあら……。

「気を取り直して、私たちの決めた『領域テリトリー』について説明するわ。といっても、そんな大層なもんじゃないんだけど」


 そう言って、トライさんはテーブルの中心に引かれた白い線を指差します。要は『ここから先には入ってくるな』ということでしょう。


「ええ、それはもちろん守りますよ。もう蹴られたくないので」


「悪かったわね……まあ、そういうこと。前のあんたが好き勝手やってくれたせいでね」


 あらあら、ステラ嬢はこんなところでも迷惑をかけていたとは……。

 この際、彼女のしてきた悪行をリストアップしてほしいですね。理由も分からずに変に恐れられるのは、いい気がしませんし。


「それなんですけど、できる限りでいいので、私のしてきたことを教えてくれませんか? 記憶にないことに対してアレコレ言われるのは、さすがに心にくるので……」


「そうねぇ……どれから語ればいいのやら。まあ、ここはステラ一番の悪行とされている『二か国潰し』について、かしらね」


 壁の入口でも言われた、二か国潰しという異名。名前からして国を滅亡させたのでしょうけど、果たして十歳の少女にそんなことができるのでしょうか? いくらなんでも無理があるのでは?


「あんたは学園に入学した直後から超がつくほどの問題児だったわ。先生の話は一つも聞かないし、勝手に高等部の授業を受けに行くし……まあ、そこの誰よりも魔術の精度は高かったんだけど」


「は、はぁ……」


 確かに、お姉様やサキさんも『ステラ嬢には魔術の才能がある』ということはおっしゃっていましたね。まさか高等部レベルまでとは思いませんでしたが。


「それでね、あんたは当然白い目で見られるわけ。退学にまで追い込もうとしたやつもいたわ。だけど、誰も魔術の才能であんたには勝てない……では、高等部の連中はどうしたと思う?」


 ステラ嬢には卓越した魔術の才能があるわけで、ちょっとやそっとのいじめでは全て跳ね返してしまいそうですね。

 だとすると、狙うべき対象は……。


「まさか、ステラ嬢のを!?」


「大正解。あんたと仲良くしていた友達はとことんいじめられたわ。初等部の少女が高等部から、しかもなんの前触れもなしに」


「ひどいですね……」


 いくらステラ嬢を嫌っているからとはいえ、関係ない人にまで危害を加えていいわけがありません。

 ステラ嬢はその事実を知っているのでしょうか? それか、事実を知ったからこそ国を吹っ飛ばした……とか?


「いじめを知ったステラがやった行動は二つ。一つ目が、いじめっ子たちの故郷を滅亡させたことね。初等部の、しかも一番最初に習う石製魔術メルストンだけで全部吹き飛ばしていったわ」


 なるほど、二か国潰しにはそういった理由があったのですね。それにしても、国レベルで復讐するとは……お友達のためとはいえ、スケールが大きすぎますね。


「そしてもう一つ。私に素早く動ける魔術、高速魔術メルピードを教えたことよ。本来なら中等部で習うってのにね」


 素早く動ける……私が領域を踏み抜いた時、トライさんが使っていた魔術のことでしょうか。

 ――ちょっと待ってください。ステラ嬢がそれをトライさんに教えられたということは……。


「ということは、ステラ嬢のお友達って……」


「――皆まで言わすな。そうよ、私があんたの最初で友達……はいはい、この話は以上! あんたはさっさと寝なさい!」


 あらあら、トライさんは顔と尖った耳を真っ赤にしてしまいました。そのまま怒りに任せて私に就寝を促します。そんなこと言ったって、まだお風呂から帰ってきたばかりですし、夜も長いです。いくらなんでも無茶ですよ……。


「寝るにしてはまだ早いですよ。というか、私だけ寝かせてトライさんは寝ないんですか?」


「――私? 私はいいわ、どうせ授業中に寝られるし」


 いや、授業中に寝るのは普通にダメなのでは? トライさんもお母様と同じ、生活リズムが昼夜逆転しているのでしょうか?


「えっと、夜に寝られないのでしょうか……?」


「どうだろ。多分、寝ようと思えば寝られるとは思うわ。だけど怖いの」


「怖い……?」


 トライさんが怖がるようなことですと……ステラ嬢が潰した国からの復讐、でしょうか? それとも、別の要素が?


「ええ、この壁の外がね。私が生まれる少し前まで、妖人種エルファは人間に迫害されていたの。見た目から違うし、普通の人間には使えない魔術が使えるんだもの、そりゃあそうよね」


 トライさんは自身の耳をつまみ、私に向かって軽く揺すってみせます。これのせいでね、と言わんばかりに……物憂げな表情が、どこか私の心をちくりと刺してきました。


 何か、私にできることはないのでしょうか? 私の……というかブラフワーさんの目的である『世界中の民を耳かきで癒すこと』から、ある意味一番遠ざかっています。

 ――だとすれば、答えは一つしかありませんね。


「トライさん、領域を破っていいですか? やりたいことがあるのですが……」


「はぁ!? 何考えてんのあんた、いいわけないじゃない!」


「大丈夫です、悪いようにはしませんから!」


「そんなの怪しすぎるわよ! ……まあ、話は聞くだけ聞いてやるわ」


 これ以上言い合いをしてもラチが明かない、と判断したのでしょうか。とにかく私の言い分を聞いてくれるようです。ではお言葉に甘えて……耳かき状態のブラフワーさんを構えつつ話していきましょうか。


「えっ、なにその魔術!? なんか棒が出てきたんだけど!」


「はい。これは耳かきです。これでトライさんの耳を癒して、恐怖心なんて全部忘れさせてあげますから」


「うん、ちょっと言っている意味が分からないわ……とりあえず、向けるならぽんぽんの方にしてくれるかしら? なんか威圧感がすごいわ」


 ブラフワーさんからの圧を感じたのでしょうか、彼女のリクエスト通り梵天の方を向けて耳かきを勧めます。今の私……聖里さとりの魂にできることはといえば、結局『耳かきで人々を癒す』くらいが関の山です。

 だからこそ、救えるかもしれない問題には向き合う必要がある。少なくとも『私』はそう判断したまでです。トライさんを、私のお友達を救いたいと……!


「これで貴女の耳の中を刺激し、その快感で癒すのです。そういうことですので、まずは私に膝枕されてください!」


「あんた、記憶喪失でおかしくなったんじゃないの? いや、もともとかなりイカれてはいたけど、それとは別方向にトんでいっちゃってるわよ?」


 確かに……。癒しを提供するとはいえ、耳かきを押し売りするのは冷静に考えるとイカれています。しかし、これを上回る解決策がないのです! もう仕方がないんですよ?


「私のことはいいので、早く私のベッドに膝枕されに来てください。痛くはしませんから」


「……はいはい。やるんなら私の方に来なさい。何をされるかも分からないのに、わざわざそっちに行くのはなんだか怖いわ」


 トライさんから許可をいただいたので、喜んで領域を仕切る白線を踏み抜きます。二人の距離感がぐっと縮まったような気がして、世界がもう一段階色づいたように見えました。


「膝枕って、こうでいいのかしら?」


「完璧です! では施術を始めます、動かないでくださいね~……」


 今まで施術したことなど一度もない、妖人種の尖った耳。発達した耳輪じりんを軽くつまみながら、穴へとゆっくり耳かきを入れていきます……。

 ブラフワーさんの視覚情報モニターを頼りに、トライさんの耳の中を確認していきます。ハーフということもあり、中自体は人間と同じですね。いつも通りの施術で大丈夫そうです。

 壁に押し当て、ゆっくりと掻いていきます。さて、妖人種のトライさんはどういった反応を見せるのでしょうか……?


「――ん? なんだかぞわぞわするわね……。あ~待って、ちょっと気持ちいいかもしれない! これ、確かにねみゅくにゃるわにぇ……すぅ……」


 ――あれ? !? いやいや、いくらなんでも早くないですかね!?

 耳かきを引き抜き、トライさんの表情を確認します。これで目を閉じていたら確実に寝て……あっ、寝てますね……。


 彼女を起こさないよう体勢を整え、布団を被せます。おそらく長い間、充分な睡眠時間をとっていなかったのでしょう。そこに耳かきの刺激が加わり、一気に眠くなってしまった、と……。

 トライさんの綺麗な寝顔を再度確認し、私は自分の領域に戻るのでした。


 ――一夜が明け、ついに今日から後期の授業が始まります。


「もう、なんで起こしてくれなかったのよ~!」


「何度も起こしましたよ! というか、あんなに大きな鐘が鳴ったのにずっと寝てるのも悪いでしょう!」


「そんなこと言ったって、あんたの耳かきがよかったのがよくないのよ!」


「えぇ~!? なんですかそれぇ~!」


 私たちはやる気に満ち満ちて……それどころではなく、いきなりトライさんからの怒号で幕を開けるのでした……。

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