第6話 昼夜逆転、あらあら……。
「ごちそうさまでした」
結局、お姉様は夕食の場には現れませんでした。魔術の勉強でもしているのでしょうか?
「それではステラ様、次はお風呂にしましょう」
サキさんは流れるようにお風呂の提案をします。着替えはどうするのかと訊こうとするまでもなく、エーナさんが着替えを、クラシアさんは洗面道具を抱えていました。
あらあら。使用人の皆様は、心を読める魔術でも使えるのでしょうか……?
「用意周到ですね。じゃあ、そうしましょうか」
「――ということになっております。
無駄に長い廊下を、今度は使用人のお三方と歩きます。
そういえば夕食後の勉強はやらないのかと思いましたが、まさか歩きながらするものとは思いませんでした。ちなみに内容は全然分かりません。
私より五センチほど高い青髪、十五センチ程度の緑髪、そして四十センチオーバーの赤髪。そんな皆様に囲まれながら歩くのは少々恥ずかしくもあり、どこか誇らしくもあります。まるで映画のスターになったようですね。
――なんて妄想に浸っていると、やがてお三方の足が止まりました。同時に、硫黄のような匂いが鼻腔を刺激します。
「ここがお風呂場で、個室となっております。あ、大浴場の方がよかったですか?」
ここまで結構な距離を歩いたのに、またさらに歩くハメになるのは嫌ですね。少し狭いくらいならなんの問題ありませんので、個室でいかせてもらいましょう。
「いえ、こちらで大丈夫です。着替えと洗面道具も持ってくださり、ありがとうございました」
「はいは~い! ゆっくり疲れをとっちゃってくださいねぇ!」
エーナさんは、いい意味で使用人の方らしくないですね。身長差も相まって、お友達と喋っている感覚に近いです。
「脱衣所にカゴがありますので、着ていた服はそこにぶち込んでくださいね~」
一方クラシアさんは穏やか口調で、割と私に似ていますね。たまに『ぶん投げる』や『ぶち込んで』といった、荒々しい言葉が出てきますが……。
最後にお三方にぺこりと頭を下げ、お風呂場に向かいます。
あらあら、服が脱ぎづらいですね……。あれだけ長い廊下を行ったり来たりしていたのですから、汗でくっついてしまったのですね。
前世で着慣れていたものとは素材から何から違う、というのも盲点でした。ただ服を脱ぐだけなのに、かなり時間がかかってしまいました。
えっと、クラシアさんの言っていたカゴは……あれ? この服は一体なんでしょう?
まさか。そう思い至ったと同時に、個室の扉が勢いよく開かれ……。
「「きゃ……きゃああああ~っ!」」
――アウソニカ姉妹の悲鳴が、狭い個室でうるさく反響するのでした。
「うぅ……とりあえず、目つぶってて!」
「は、はいぃっ……!」
急いで反対側を向きながら目をつぶり、お姉様が着替え終わるのを待ちます。
後ろでどたどた、という音が聞こえると、結構不安になりますね……あらあら……。
一瞬だけ見えてしまったそれは、本当にすごいことになっておりました! 姉妹ということは、いずれ私もあんな風に!?
いや〜、期待に胸が膨らむといった感じですね!
「――もういいわよ」
脱衣所を去ろうとするお姉様。すれ違った際に柑橘系の、おそらくシャンプーの香りが蒸気に乗ってやってきました。
私はそれにあてられながら、それでもお姉様に謝罪の言葉をかけます。
「すみません、もっと気をつけるべきでした!」
「もう過ぎたことだし謝らなくていいわよ。それじゃ、おやすみ〜」
「おやすみなさい……?」
つられて返しましたが、おやすみにしてはまだ時間が早すぎるのでは? 今しがた夜になったばかりなのに……。まあ、お姉様の言い方的に、そこまで気にしなくてよさそうですね。
気を取り直して服を脱ぎ、それらをカゴに入れます。お姉様と比べてまあ見えやすい足元を確認しつつ、水で転ばないように慎重に個室へと足を踏み入れました。
「あぁ……! これはヤバいですねぇ〜、あらあらぁ〜……」
――私は今、湯船で溶けかけています。
『湯船』といってもその性質は温泉に近く、どこからかお湯が流れてきています。あまりにも勢いがよいので、そこに肩を預けてマッサージ代わりにしちゃっています。多分お姉様もそうしているでしょうね。
「さて、お母様をどうするか……」
一度体の疲れをとったところで、お母様の昼夜逆転について、再度考え直します。
私が施術を行っても焼け石に水なのではないか、そもそも今の生活リズムを矯正させる気がないか……など。どう施術するかなんて考えても仕方ありませんからね。基本的には耳掃除をするか、痒い所を掻くだけの二パターンですし。
「とにかく、お母様が起きるまで待つのは確定ですね……」
――この世界のお風呂事情はよく分かりませんが、かなりの長風呂だったと思います。大した結論は出ないまま、入浴時間だけが伸びていきました。
施術直後のお姉様のような、ふわふわとした脳みそで着替えにかかります。いくら裏返しで着ていても、もう何も気にしないことにしました。だって記憶喪失なんですもの。
「涼しいですね……」
お風呂場を後にし、またまた長い廊下を歩くハメとなります。最果てにある私の部屋までの間に、テラスで一人夜景を見ているお母様を発見いたしました。
夜風に揺れる金色の長髪は、どこか儚くて蠱惑的に感じてしまいます。
「あの、お母様」
「ふぁ……あらステラ、こんな遅い時間までお風呂に入っていたのね。なぁに?」
お母様はあくびをしながら返答します。本当に寝起きなんですね。
「お母様の生活のリズムを整えたくて」
「なるほどね。でも、それはどうして?」
昼夜逆転を知るきっかけとなった『魔術に関しての報告』について、素直に語りましょうか。
「お母様に魔術に関しての報告をしようとしたところ、眠っておられたらしいので」
「――ああ、それを律儀に報告しにきたの? 偉いわね。でも、夜中まで起きているのは偉くないわよ?」
「それは……申し訳ございません……」
確かに、お母様の言う通りですね。いくら魂が成人女性だった私であろうとも、お母様から見える『ステラ嬢』はわずか十歳。普通は寝る時間です。
「それでも、お母様には皆様と一緒の時間に起きていてほしくて。その手立てをずっと考えておりましたの……」
私はポケットの中身を取り出すフリをして、その間にブラフワーさんを耳かきにします。よくよく考えれば、お姉様の時もこうすればよかったですね……。
「あら、その細長いものはなぁに?」
「これは『耳かき』という、人を癒す道具です。もしかしたら、これでお母様の生活リズムを整えられるかもしれません」
「へぇ、便利なものを拾ったのね。その気持ちは嬉しいけど、早く寝なさい」
所詮は子どものじゃれ合い程度だとあしらってきましたね。まあ、私がお母様の立場だとしても同じ行動をとるでしょう。しかし、そういうわけには……。
「――私は本気です。私はお母様を癒したくて。お母様と、もっと一緒の時間を過ごしたくて……!」
お姉様の時と同様の嘘の『本気』を、お母様の緑色の目だけを見て投げかけます。人を騙すのは心苦しいですが、それ以上に私だって『死にたくない』のです。
「……そう。確かに、せっかく学園が休みの期間なのに、ステラやスウィと一緒にいられないのは考えものね」
「で、では……! 耳かきを受けてくれる、ということでよろしいですね?」
自分でも『なぜそう結びつくのか』と思えるくらいにはガバガバな理論ですね。目標を達成したい気持ちが先行しすぎているのかもしれません。怪しまれないよう立ち回ってこそなのに。
「え? 耳かきを受ける……!? 母さん、その耳かきでどうされるというの!?」
さて、一旦冷静になれるよう心を落ち着かせます。
ここで律儀に『耳の穴にこれを入れて、心地よくなれるよう搔いていきます』などと答えても、怪しさしかありませんね。せめてお姉様が一緒にいる時であればよかったのですが……。
――となると、施術の内容は伏せて『お母様のためにする』という点をもっと押し出しましょうか。やるやらないはお母様の判断に委ねる感じで。
「そうですね……お母様のために、この耳かきで魔術をかけたいと思います。私の力で、この状況からお母様を救えるかもしれない。ならば使わない手はないと、そう思っております!」
昼夜逆転を治す魔術なんて当然使えませんし、そもそもそんな魔術があるとしたら、もう誰かがかけているでしょう。そんな前人未到の昼夜逆転を、耳かき一本ですぐ治せるとは到底思えません。
ですが『この時間に寝かせること』であれば、いくらでもできるでしょう。
施術中に寝落ちしてしまった方を、私は前世で百人以上見てきました。百人以上寝かせてきました。ですから……!
「――ですから、今から私がお母様を寝かせます!」
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