番外編
不死鳥と元勇者と魔王の旅1
ここは魔物の国のとある街、とある露店の立ち並ぶにぎやかな市場である。現在小鳥の姿である私はアロイスの肩の上で観光を楽しんでいた。ここは私の生まれたスティーブレンとは全く違うまるで異世界のような場所だ。そもそも人間らしい姿の者は我が親友アロイスと、私たちの旅に同行している魔王ラーファエルくらいのものだけど。
魔物の国にも人間と同じような街や村が存在している。魔王城のような立派な建築物があるのだから技術はあって当然なのだけど、スティーブレンに居た時は野生の魔物が街を作って生活するなんて光景を目にすることはできなかったから驚いた。知能や知性も人間の国に住む魔物達より魔王領地の魔物達のほうが高いらしい。
あちらこちらの露店を見て周り、八百屋のような野菜や果物を売っている店でねじれた形の奇怪なものが目入る。色は毒々しい紫色であり、黄緑の斑点模様をしている果物らしきもの。ナニコレ、悪魔の果実か何か?
「ん?セイリア、それが欲しいのか?」
「いや、全然。全く欲しくない」
じっと果物を見つめる私に気づいて声をかけてきたのはラーファエルである。彼は私の魔力を必要としているらしく、王と名がついているのに領地を治めず仕事や役目を部下に放り投げ、私と親友の旅に同行している破天荒な魔王だ。その姿を知っている者はいないのか、素顔を晒しているというのに周りの魔物達は全く反応しない。
そんな魔王に軽くため息を吐きながらアロイスが奇怪極まりない果実を手に取り、そのまま購入する。
「え、アロイスそれ買ったの……?」
「ああ。初めて見るものだったからな。後で試食してみよう」
知的好奇心旺盛な我が親友は、どう見ても不味そうな毒々しい見た目の果物もどきをどこか楽しげな顔で鞄にしまう。私もナニコレと興味や好奇心は湧いたけれど、口にしたいとは全く思わない代物だ。虫や魔物は平気で食べるけどね。私、鳥だから。
「魔物の国とは面白いな。見たことのない食べ物、見慣れない衣服、聞き慣れない音楽。興味が尽きない」
アロイスはどこか楽しそうに目を輝かせながら店を見て回る。彼の肩に止まっている私も一緒に移動することになり、ラーファエルも私たちの後をついてくる。
市場は魔物でごった返していて、誰も彼もが話しているせいで少々喧しい。聞き分けはできるからアロイスとラーファエルの声を拾うことはできているが、他の言葉は意識の外に追いやっておかないと私の小さな頭が直ぐパンクしてしまいそうだ。
しかし、そんな私とは違って優秀な頭を持つラーファエルが何かしら気になる話をどこからか聞き取ったようで、一度軽く眉を顰めて「気になる話があった。聞いてくる」と離れて行った。
「……面倒事でないといいんだが」
「それフラグだよ、アロイス」
「フラグ?」
どういう意味だ、と首を傾げるアロイスに「フラグ」の説明をする。ただ、私の頭で分かりやすく伝えることは非常に難しく、戦場で結婚の話をする、だとか、俺は信じないと飛び出していく、とか。状況とセットでいくつもの例を挙げてどうにか伝え終わり、理解したアロイスが「つまり魔王は面倒事を持って帰ってくるわけだな」と呟いた所へ笑顔のラーファエルが帰ってきた。
「少しばかり厄介なことが起こっているようでな。ちょっと付き合え」
「断る」
即答である。内容も何もわからないうちからキッパリと断ったアロイスはとても嫌そうな顔をしていて、感情がよく表に出るようになった顔につい見入ってしまう。相手がラーファエルだからというのもあるかもしれないけど、昔の彼からすれば信じられない姿だ。嫌な事を全部飲み込んで、作った笑顔か無表情の仮面をかぶっていた頃を思い出す。……アロイスはほんと、人間をやめて面倒なしがらみから開放された、って感じだよね。
そんな感情を前面に押し出して顔と言葉で「絶対にお断り」という態度のアロイスを見てもラーファエルは笑顔を崩さない。そのまま銀の瞳を私に向けてコテリと可愛らしく頭を傾ける。
「セイリア、お前は俺に付き合うだろう?」
「アロイスが嫌がってるし私も付き合わないよ?」
私にとってアロイスは掛け替えのない親友であり、優先度第一の存在だ。彼の望まないことは私も望まない。そもそも私とアロイスの二人旅にラーファエルは同行しているのであって、行く先を決める権利はアロイスにある。私はアロイスと楽しく旅が出来ればいいから、特に行きたいと思うところもないしね。
だが、提案を受け入れられなかったはずのラーファエルは何故か笑みを深め、目を細くしながら私を見ている。
「……ところでセイリア、今夜はひき肉のステーキが食べたいと思わないか?」
「え、凄く食べたい」
ひき肉のステーキとはつまりハンバーグのことである。この世界でハンバーグが食べられるとは思っていなかったのだけど、ラーファエルが作ってくれて吃驚したのだ。彼は自分の対となる光の存在が生まれたら、出来る限りの手段をもって全力で持て成し、自分の傍に居てもらおうと思っていたらしい。そんな健気なところを持つ彼は料理の腕も磨きに磨いており、手作り料理がとてつもなく美味しいのだ。
ただ、ハンバーグは非常に手間が掛かる。この世界でもとからミンチを売っている店なんてものは存在せず、料理する人がひたすら肉を細かくすることでようやく手に入る物だ。ラーファエルが包丁でひたすら肉を細かくする姿を見たことがあるし、作るのが大変だとよく分かるから私から食べたい、と頼むことはない。気が向いたときに作ってもらえるのを待つだけだ。
あの匂いと味を思い出しただけでお腹が空いてくる。今夜はハンバーグを作ってくれるのかな、とワクワクしながら体を揺らしていたらラーファエルがとてもいい笑顔をアロイスに向けた。同時に隣で深いため息が聞こえてきて、状況がよく分からず首を傾げる。
「さて、元勇者。私が言いたいことは分かるな?」
「…………私は本当に君が嫌いだ。とりあえず話は聞こう」
……よく分からないがアロイスが折れて、ラーファエルの話を聞くことになった。何でだろう、さっきまで凄く嫌そうだったのに、というか今でも嫌そうなのに。
「アロイス、嫌じゃないの?」
「ああ、構わない」
「……アロイスがいいなら、いいんだけど」
そういう訳で一度宿に戻り、ラーファエルの話を聞くことになった。話し合いが終わったらハンバーグを作ってくれると約束してもらい、かなりご機嫌の私が囀る中で聞いた話はこうだ。
魔王領地の端。ゴブリン達が暮らす区域に人間達が攻め入ってきた。立派な武器と防具を備え、魔法を使い、瞬く間に拠点を作ってしまったという。魔物を殺し、己が領地を広げようとする明らかな侵略行為。魔王としてそれを見過ごすことはできない、と。確かにそれは見逃せない出来事だろう。
「人間、というのは……まさか」
「いや、お前の祖国とは別の国だ。俺が戦争を仕掛けない魔王だからと、何を勘違いしたのか領土を奪い取りに来たんだろうな。なめられたものだ」
魔王領地は巨大な大陸だ。人間の国はその大陸と海で隔たれた場所にポツリポツリと点在している。そのうちの一つが今回、侵攻してきた。
口角をあげて笑う魔王の笑顔は美しいが、とても恐ろしい。怒っているんだな、と言うのがよく分かって私の囀る声も止まってしまう。
「この拠点を潰し、人間を追い出す。その為にセイリアの力を借りたい」
「……ん?私?」
「ああ。一緒に来てくれるだけでいい。俺を乗せて現場まで運んでくれ」
それくらいなら大したことではないので了承した。ハンバーグも作ってもらえることだしね。ただ、話を聞いていたアロイスは「セイリアを何だと思っているんだ」というような目をラーファエルに向けていた。
……足になるくらい別にいいんだけど、アロイスは嫌なのかな。
「さて、話は終わりだ。明日の朝に向かうとして、俺は今から夕食を作ってくる」
楽しそうな顔でラーファエルが退室する。宿の調理場を借りて、ハンバーグを作ってくれるのだろう。今夜のご馳走が楽しみで床を歩き回りながら頭を振っていたら、アロイスが小さく呟いた。
「……私もあの料理を覚えるべきだな」
「ん?アロイスもハンバーグ好きなの?」
以前にハンバーグを作ってもらった時は驚いていたものの、その味に対し感動しているようにも喜んでいるようにも見えなかったのだけど。不思議に思って尋ねてみたが、アロイスは私の問いに答えずフッと優しく笑って、温かい手で私の頭を撫でた。
相変わらず非常に気持ちいいので、グリグリと自ら頭を擦り付けていたら色々とどうでも良くなってくる。アロイスの指を堪能しまくった数分後には何を訊くつもりだったのかすっかり忘れてしまっていた。
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