48.ミョンルグルガの黒


 貴族は女性から男性へ連絡を入れたり、どこかへお誘いをしたりするのははしたないこと、と言う認識がある。女性は男性へそれとなくアピールしつつ、お誘いしてもらうのを待つしかない。そして男性が女性を何かしらの理由で誘うことは好意があると思われる。

 ソフィーアを談話室へ招待する手紙を書く時、そしてその返事を読んでいる時のアロイスの顔は能面のようだった。私の中でドミニクに対するヘイトが積み重なっていく。おのれドミニク……次に会ったが百年目、首を洗って待っているがいい。



 短い時間で用事を済ませたかったアロイスがソフィーアを呼び出したのは、昼休み。女性を招くならお茶とお菓子は必須であり、印象を良くしたいならBGM用に腕のいい演奏者も呼ぶ。まぁ、別に印象を良くしたいわけではないので今回音楽はない。机の上にはクッキーやチョコレートがあって、ヒースクリフが様々な茶葉を用意しているだけ。柔らかなソファに腰掛けたアロイスは、彫刻のように動かずソフィーアを待つ。女性を呼び出した男性が待つ部屋とは思えない重苦しい雰囲気に、ヒースクリフまで肩身が狭そうにしている。

 ……何もしていないと落ち着けないので、毛繕いをしながら気を紛らわした。


 そんな気まずい時間を体感で三十分ほど過ごした後、来訪を知らせるベルが鳴り、ようやくソフィーアがやってきた。

 かなり伏し目がちで、悲しげな表情の美少女に見えるソフィーア。それで前が見えているのか気になるところだ。彼女と共に入ってきたのは従魔であるエルマーだけで、従者の姿はどこにもないことに疑問を抱く。

 先日ムラマサとお茶会した時は、招待した側された側、どちらも従者を連れていたけれど。女性は連れてこないものなのだろうか。



「……本日はお招きいただき、ありがとうございます」


「ようこそおいでくださいました。ソフィーア様」



 そっと指を合わせ、軽く腰を落とす貴族の挨拶をするソフィーアに、にこやかな笑顔の仮面をかぶったアロイスが応える。そしてそのままエスコートしてソフィーアを席に着かせ、その後自分も向かい側の席に座る。ヒースクリフが二人分のお茶を淹れたところでアロイスが早速本題を話し始めた。余程早く終わらせて帰りたいらしい。

 二人とも、お茶にもお菓子にも手をつけることなく話が淡々と進む。といってもアロイスがドミニクからの提案を一方的に話しているだけだが。



「……他の方が賛同しているなら、私が断る道理はありません」



 終始無言で目を伏せながら説明を受けたソフィーアはそのように言った。余りにも無反応すぎて寝ているんじゃないかと心配になるレベルだったけど、ちゃんと聞いていたらしい。

 ドミニクはこんな対応をされながらもずっと話しかけ続け、そして一言も応えてもらえず、それでもソフィーア様とお近づきになりたいとか言えるのか。すごいな、彼の精神構造を少し心配するレベルだ。鋼のメンタル過ぎる。

 ……アロイスですら話しながらちょっと不安そうにしていたのに。ドミニクの頭の中はどうなっているんだろう。



「分かりました。ドミニク殿にそのようにお伝えします」


「……話は以上でしょうか?」


「ええ、私からは何もありません」


「では、失礼させていただきます。……行きますよ、エルマー」


『了解した、主君』



 スッと立ち上がり、一度もこちらを見ることなく出ていくソフィーア。終始一貫してとてつもない愛想のなさだった。話をしているアロイスのことを一度も見ようとしなくて、まるで人形に話しかけているような状態だったし、礼儀も何もなかったように思う。全力でアロイスを拒絶しているようにしか見えなかったのだが、アロイスは彼女の態度を気にしていないのか、やるべきことが終わって少しほっとした表情になっている。

 何だか喉に小骨が引っかかったような気分だけど、ヒースクリフが居る場で話すわけにもいかないのでもぞもぞとしていたら、察してくれたらしいアロイスが「外の空気を吸ってくるので、後は任せた」と談話室を出てくれた。そのままいつもの薄暗い中庭のベンチまで歩き、あたりを確認してから腰をかける。ここで話すときの定位置となってきたアロイスの膝に移動して彼を見上げれば、少し疲れた顔が見えた。



「お疲れアロイス」


「あぁ……それで、セイリア。何か訊きたい事があったんだろう?」



 問われて一つ頷く。ソフィーアの態度について色々とモヤモヤしていたのだ。私が分からない、知らないことでもアロイスが知っていて説明してくれれば、納得ができる。だから思った事を素直に口にした。



「ソフィーアってなんで頑なにアロイスを見ようとしなかったのか凄く気になって……それにとてつもなく無反応だったんだけど、貴族の礼儀的にあれは大丈夫なの?」


「……ミョンルグルガの人間は元々、反応が薄い」



 アロイスの話によると、ミョンルグルガはとても静かな領地であり、騒がしさを厭い、必要最低限しか喋らない人間が多いのだそうだ。それは他の領からすれば冷たいと受け取られやすい性格なのだが、本人たちに悪気はない。表情も反応も硬いけれど、冷酷というわけではないらしい。

 ……それにしてもソフィーアの態度は静か過ぎると思う。彼女の容姿が整っているから尚更反応するはずがない無機物に話しかけているように見えた、と伝えたが「それは仕方がない」と言われて首を傾げる。冷たい反応をされて仕方がないとは一体どういう意味だろうか。



「なんで仕方ないの?」


「あの領では黒が忌み嫌われているんだ」



 ミョンルグルガは雪に覆われる領地で、七神の中でも水の神が強く信仰されている。そして、逆に闇の神が嫌われている。その為、水属性が強い魔術具に現れる“青”の色は好まれ“黒”という色が忌避されるという。

 アロイスの髪の色から不快感を覚えてできるだけ見ないようにしたり、避けたりする人間は多く居るだろうし、ソフィーアもそうなのだろう、と言う話だったけれど。



(ソフィーアは髪は青いけど目は黒いし……エルマーも、真っ黒なんだよね)



 黒が忌み嫌われる場所で、好かれる色と嫌われる色の両方を持って生まれた領主の子はどのような扱いを受けたのだろう。想像でしかないけれど、彼女が従者を一人も連れていなかった理由がそこにあるような気がした。そして、エルマーが深くソフィーアを慕っているのも、慕われているソフィーアがエルマーに心の距離を作っているのも、そのような事情が関係しているのかもしれない。



(……ソフィーアは誰からも好かれたことがなかったのかな)



 誰からも否定され、誰にも認められず一人きり。そんな境遇には覚えがあって、そっとアロイスを見やる。彼には今、私という友達がいて、友達になれるかもしれない存在や、彼を理解してくれる先生が出来た。けど、ソフィーアはどうなんだろう。氷のように心を冷たく閉ざしているように見えるけれど、傍に居てくれる誰かはいるんだろうか。……近づこうと氷の壁に体当たりし続ける鋼の精神の持ち主ならいるけども。壁を破ることができればドミニクはソフィーアの大事な人になれるのかもしれない。固い壁を突き破って迎えに来てくれる白馬の王子様みたいな……。



「……うわぁ……」



 一度想像してみたが、想像の中のドミニクがあまりにも煩く暑苦しいキザっぷりで、頭がすぐにその先を考えることを拒否した。ソフィーア姫が出てくる間もなかった。



「どうした?」


「いや……ソフィーアにとってドミニクは初めての王子様になるのかなって想像をしたんだけどね」


「…………は?意味が分からないんだが」



 物凄い呆れた目を向けられた。この世界は本当に王族が居るから、私の例えが通じなかったようだ。恋人のことを素晴らしい人物として表現した言葉だと教えたけれど、物凄く複雑そうな顔をされた。



「……ドミニク=セディリーレイが素晴らしい?」



 アロイスがとても怪訝そうな顔で呟いた。王子様という元の世界の表現方法ではなく、ドミニクをそう表現することがどうにも納得行かない顔をしている。

 お茶会を邪魔され、面倒な事をしなくてはいけなくなったアロイスからすればもちろん疑問だろう。そしてもちろん、アロイス寄りの私からしてもそうだけれど。



「ソフィーアにとってはそうなるかもしれないなぁってだけだよ」



 ソフィーアが孤独なのでは、と思ってから何だか同情してしまったのだ。アロイスといいムラマサといい、領主の子には孤独な子供が多いのだろうか。皆幸せになれるはずとは思っていないけれど、不幸は少ない方が良いに決まっている。

 ソフィーアが一人でいる事を本気で望んでいるなら仕方ないけれど、そうでないならドミニクが傍にいて落ち着くような相手になれればいい。それが友人でも恋人でも、何でも。

 ……いや、でもやっぱりドミニクはアロイスにとてつもなく精神的な疲労を与えたので、一度は心にダメージを受けてほしい。不幸になれとまでは言わないから、とても疲れる事件に巻き込まれればいいと思う。



「セイリア、何かよからぬことを考えていないか?悪人面だぞ」


「え゛」



 アロイスは鳥である私の表情がそこまで読めるのか。以心伝心する気がなくても考えがばれてしまうのは恥ずかしいというか、困るというか。ちょっと慌てていたら小さく噴出す音が聞こえて、ついアロイスの顔を凝視してしまった。

 ……アロイスが噴出して笑うなんて、珍しいよね。



「鎌をかけてみただけなんだが、君は本当に分かりやすいな」



 どうやら私の表情が丸分かりだった訳ではないらしい。楽しそうな金の目に見つめられて、アロイスが繕っていない、どこか子供っぽい表情をするのは嬉しいんだけど、ここで喜んでみせるわけにも行かなくて少しだけ体を膨らませた。



「……アロイス、意地悪だよ」


「ふふ。ああ、悪かった」



 笑いながら撫でてくる手にぐりぐりと頭を擦り付けつつ、こういうくだらないやり取りができる関係を心地よく感じていた。

 ……やっぱり、友達っていいものだよね。



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