25.M4-1

 ミッション4――


 四回目ともなると慣れたものだ。会議室に召集され、本体との接続が切られ、バーチャルに移される。


 白川さんによると、この間に本体は物理的に移動させられているらしい。


 慣れたものではあるが、今回は特別な回でもある。これが最後のミッションであるからだ。


「一応、確認するが、本当に戻れるんだろうな?」


 土間が白川さんに強めの口調で確認する。


「ミッション4をクリアさえすれば、基本的には戻れる条件は満たしていると思います」


 若干、含みを待たせた言い方が気になる。


「それでは、これからミッション4の説明を致します。ラストミッションは、ユニークキメラ一体の討伐。三時間以内にスタート地点に戻る……というものです」


「一体!? ユニークキメラ?」


 金井崎が素直な反応を示すが、白川さんは淡々と話を続ける。


「今回は、ターゲットの映像情報が提供されているようです。個体識別名<モーレイ・レックス>。映像はこちらです」


 バーチャル空間に三メートル程度のホログラムが表示される。


「!?」


 もう十二名しか残されていないが、この人数でも、ちょっとしたざわめきというものは起きるものだ。


 ホログラムは三メートル程のものであるが、これが実物大でないことはすぐに理解できた。実物は遥かに大きい。


「あ、あれは……」


 その姿を見た早海さんが顔を歪ませる。


 その異様な見た目からというのもあるだろうが、それだけが理由ではない。


 特定のメンバーが強く反応する。


 俺もその中の一人だ。


 ミッション2で木田チームだったメンバーだ。


 そのホログラムが映し出していたのは、高峰さんを餌食にしたあのウツボ恐竜であった。


「あの個体で間違いないんですか?」


 俺は白川さんに確認する。


「ユニークキメラとのことなので、まだこの種は一体しか確認されていないということです。故に、間違いないと思われます」


「……」


 リベンジマッチというわけか。


 やり場がないような気持ちになる。


 奴を倒したところで、高峰さんが戻ってくるわけではない。


 魂なんてものがあるのかはわからないが、奴を倒せば、高峰さんも少しは報われるのだろうか……などと馬鹿げたことを考えてしまう。


 だが、この問題を引き起こしているとされる”偉大なる知性だか神だか”がいるのだとしたら、魂があってもおかしくはない。


 あの時はどうすることもできなかった。


 だが、皮肉ではあるが、AIが用意した緻密なステップアッププログラムのおかげで、こちらもあの時よりは、遥かに強くなっているのは間違いない。


 ◇


 地上に出る。


「ここは……」


 建物の配置が、若者の街……と同時に、ITベンチャー企業の本拠地としての地位を確立していた街に酷似している。


「渋谷そっくりですね」


「あぁ……なんか不気味だな……」


 友沢と水谷が会話している。


 白川さんに聞いたこの世界のことは、別の人には話していない。


 口止めされていたわけではないが、話したところでどうなることでもないし、下手に情報を与え、なんとか崩壊せずに保っている精神に問題をきたすことも懸念される。白川さんに口が軽いと思われたくないという謎の感情が働いたこともあるかもしれない。


 マップには、最終ミッションだからといって、表示に特別な装飾がなされることもなく、これまでのように簡素な矢印が表示されている。


「さて、行くか……」


 日比谷が第一声を上げる。


 確かに、ここで漂っていても何の意味もなく、むしろ残り時間が確実に減少するわけだが、こういう場面で、臆することなく即座に行動できるのは素直に敬服する。




 矢印に導かれるように移動すると、すぐにあの有名なスクランブル交差点に辿り着く。


「ストップ!!」


 矢印の指す方へ移動を続けようとすると、友沢が叫ぶ。


「います…… あのビルの裏です……」


 友沢が少し先にあるビルを指す。


「……」


 誰も相槌すらしない。


 静寂と共に、一気に緊張感が高まり、自然と身構える。


 だが、気持ちを落ち着ける間もなく、ビルの陰から、奴がにょきっと頭を出す。


 今なら、その流線状の巨大な頭部を真横からじっくりと観賞することができる。


 あちらはまだこちらに気づいていない。


 本来なら、先制攻撃を加えるチャンスなのかもしれないのだが、息を呑み、佇んでしまう。


 ウツボ恐竜が向こう側に首を動かす。


 次に、ゆっくりとこちらに首を向ける。


 緊張感が極限まで高まる。


 しかし、こちらに気がつかなかったのか再び正面に首を向ける。


「……っ」


 どうせ戦わなくてはならないのに、ホッとしていることに気が付きながらも、覚悟を決めるんだと言い聞かせるように、もう一度、ウツボ恐竜に目を向ける。


「!!」


 ウツボ恐竜はしっかりとこちらを向いており、熱い視線を向けている。


 好意を向けているのは間違いない。もちろん好物としてのだが……


「来るぞ!!」


 日比谷が叫ぶ。


 と、同時に共鳴するように、唸り声をあげながら、ビルの陰から全身を表したウツボ恐竜が真っ直ぐに突進してくる。


「……!?」


 その光景には、動揺を禁じ得なかった。


 人間が最も動揺するのは、予想外のことが起きた時だ。


 ウツボ恐竜そのものだけならまだよかったのだ。


 元々、そいつを倒さなければいけないことはわかっていたのだから。


 それよりも俺の心を捻りそうになったのは、ウツボ恐竜の周囲を飛び交っていた大量の小型キメラだ。小型と言っても、ウツボ恐竜がでかすぎるが故に小型に見えるだけであって、サイズ的には人間の子供程度の大きさはある。


「なんじゃあの鳥は……!?」


 土間がわかりやすく驚きと疑問の声を上げる。


 まず特徴的な点として翼を有し、飛んでいるということだ。


 だが、その頭部は俺達の想像する鳥類のそれではなく、ヒゲをはやしたナマズのような風体をしている。

 頭部から尾部に掛けて、白っぽい二本の線がある。この特徴的な姿、どこかで……


「ご、ゴンズイ?」


 水谷が現生生物の類似種名を口にする。


「た、確か……海遊びの時に気をつけなくてはいけない魚だ」


 こんなところで出会わなければ、海遊びとは無縁の俺は、生涯、関わることのなかった魚であろう。


「そうだね。ゴンズイには、胸ビレと背ビレに毒がある。れっきとした毒魚ヨ」


 王さんが教えてくれる。王さんは何でも知っているのだ。


「くそっ!! そんなのがいるなんて聞いてねぇぞ!!」


 土間が白川さんに対して不満を浴びせる。


「いや、私も知りませんし…… それよりも危ないですよ」


「え………… あっ」


 一瞬の出来事であった。

 ウツボ恐竜の頭部が土間に激突し、そのまま凄まじい速度で駆け抜けた。土間の体は弾丸のように吹き飛ばされる。


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