第2話 私立誠熟高校
「おおー! でかいなー」
「ウキキー」
校門の前でぼくたちは驚きの声をあげる。私立誠熟高校は五階建てで、他の高校よりも2倍以上の敷地面積がある。
資料だけで分からなかったけど、実際に見るとすごく大きい。
さすがはトップクラスの大きさを誇る学校だ。
「ただ、建物が古いのはだいぶ気がかりだけど……」
ところどころにひび割れと大きな黒い斑点が校門からでも見えた。
歴史ある学校なんだろうなー。
誰もいない朝の学校内を歩く。
すると、後ろから心臓を突き刺すような単語が耳に入る。
「待てー! せんりー!」
という叫び声が繰り返し聞こえる。
ぼくはぞっとした。
息が荒くなって体は動かない。
恐怖の感情がぼくを支配して、足がブルブル震えだす。
こんな状態になるのも、ぼくの本当の名前、千利と聞こえたせいだ。
「ウッキー……」
ぼくの肩に乗っているピトは心配そうにぼくの顔を覗き込んだ。
「はぁ、はぁ、だいじょう……ぶ、はぁ、だいじょうぶだから……」
自信のない震えた声は何も説得力をもっていなかった。
ピトは余計に心配した顔をみせる。
大丈夫だって言ったのに、心配性だなー、ピトは……
「動くなよ、せんり」
「!!!」
真後ろから『千利』と呼ぶ声がして心臓が破裂しそうだ。
もしかして、ぼくのことを言っているのか?
やつらがぼくを捕まえに来たのか?
早く逃げないと、ぼくは殺されてしまう!
だけど、体は動かない。
体! 動け! 動け!
心の中で何度も念じたがぼくの体はピクリとも動かない。
「よし、せんり、やっと捕まえたよ」
ぼくの背筋が凍った。
あ……奴らに捕まったのか、ぼく……
と思ったが、それは勘違いだった。
小学五年生くらいの男の子が目の前にいた。
「え?」
子供?
ぼくは意表を突かれた。
「ありがとうだよ!」
急にお礼を言われた。
「え……」
ありがとう、となぜ言われたか分からないが、この子はぼくを追っている者たちではないことは分かった。
はー、良かった。奴らではない。
そう思うと、緊張が完全にほどけた。
「えっと……君の名前はなんていうのかな?」
男の子と目線が同じくらいまで膝を曲げて、優しく話しかけた。
「ぼくちんの名前はモン吉だよ」
いやー、かわいい声をしているなー。
この可愛い声も将来はおっさん声になるのか……
将来、声変わりをするのが少し不憫に思うほど可愛い声だ。
「そうか、モン吉君っていうんだね。ぼくはさとしっていうんだ。よろしくね」
「よろしくだよ、さとしちん」
「ちん…?」
今、ぼくの名前にちんって付けた……?
思わず小学生に眉間にしわを寄せてしまった。
ああ、ダメだダメだ。こんな顔しちゃー、怖がってしまう。
この子はまだね、礼儀を知らないかもしれないから、怒っちゃだめだよね。
「ああ、ぼくちんは名前に『ちん』を付ける癖があるみたいなんだよ。えへへ」
ぼくの雰囲気を察してか、説明をしてくれた。
「へー、そうなんだー」
珍しい小学生もいたもんだなー。
「そんなことよりも、さとしちんのおかげでこの猫を捕まえることができたんだよ。だから、ありがとうだよ」
モン吉の手を見ると、黒い猫の脇を両手で抱えていて、その猫を見てくれ、と言わんばかりにぼくの顔面近くまで持ってきた。
近い、近い、近い!!
そんな近くに持ってこなくてもいいよ!
肩に乗ってたピトもビックリしてリュックの上に移動しちゃったよ!
なんてことを! まぁ、でも、子供が精一杯に感謝しているんだから返事をしないとね。
「どういたしまして」
「せんり、もう逃げ出したらダメだからねー」
モン吉は猫を自分の懐に抱き戻し、頭を撫でていた。
そんな平和な光景にもかかわらず、ぼくの心臓は急に速く動き出した。『せんり』という単語を聞いたからだ。ぼくは、それほどまでに自分の本当の名前が怖いのだ。
「にゃー」
「よしよし、分かったらいいんだよ」
どうやら、この黒猫の名前が、せんりというようだ。
ぼくの本当の名前と同じか……
考え込んでいて気付かなかったが、モン吉がじーっとぼくを見ていた。
「はぁ、はぁ、メ、メッチャ見詰めてるけど、はぁ、ぼくの顔になんかあんの? はぁ、はぁ」
「なんか息も荒いし、すごく汗をかいているけど、大丈夫なのかな?」
「だ、大丈夫。はぁ、はぁ、気にしないで……」
「うん……」
うん、と頷いたモン吉だけど、心配した顔は変わらなかった。
「うわ!」
突然、モン吉は声をあげる!
「にゃ、にゃ、にゃー!」
両脇を抱えられている黒猫が暴れ始めた。
「そんなに暴れたらダメだよ。せんり」
「にゃー!」
猫は自力でモン吉から脱げだし、ものすごい速さで校門から出て行った。
「せんりーー!」
モン吉は叫ぶ。
ぼくは呼吸が荒くなる。
やっぱり、千利という言葉は慣れない。
「はぁ、はぁ、飼い猫に逃げられて、はぁ、残念やね。はぁ、せっかく捕まえたのに」
「飼い猫ではないから別に大丈夫だよ」
「え! あ、そうなんだ」
「せんりはこの町で人気な野良猫なんだよ」
「なんで、はぁ、必死に捕まえようとしたの?」
「捕まえようとしてないよ。ただ追いかけていただけだよ」
「ああ、そうなんだ」
ところで、けっこうな時間、立ち話をしてしまったけど、今は何時だろうか?
ぼくは時間が気になって目をずらし、学校の時計を見る。朝8時を過ぎていた。
うわ、やば! 早く職員室に行って、先生に会わないと!
「あ、ごめん! これからこの学校の先生に会わないといけないからまた今度ね、モン吉君」
「うん、分かったんだよー」
話を無理矢理に切って、職員室に向うため何歩か歩いた。だけど、モン吉が気になって後ろを振り返ってみると、あの子は何も動く気配がなかった。
……あそこでモン吉は何をしているんだろう?
というか、学校行かなくて大丈夫なの?
小学校って、たしか高校よりも早い時間から授業が始まるはずだけど。
ここで出会ったのもなにかの縁だし、注意してやるか。
モン吉のいる所まで走った。
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