第3話 来訪客③
部屋へと案内をした俺はお盆を小さなテーブルの上に置き、霧宮さんの為に座布団を用意した。
座布団に座ると、霧宮さんは部屋を見渡した。
「ここが柳木くんの部屋ね。 片付いていないと言っていたけど、私はかなり綺麗だと思うわよ」
「………ありがとう」
お世辞でも嬉しい。だけど、物色する感じに部屋の中を見渡さないでほしい。 もし漫画以外の物を見られたら、霧宮さんにドン引きされるはずだ。
霧宮さんはクスッと笑った。
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。 私たちはクラスメイトなんだから」
「そ…そうだよね。 だけど、霧宮さんは学園では憧れる存在だから、どのように話をすればいいのか迷ってて」
「気楽でいいわよ。 私だって普通に話が出来る友達がほしいし」
「それは現状と変わりないのでは?」
クラス内で楽しそうに話をしている姿をよく見かけるが———違うのか?
「あの人たちにとって、私はただの自慢要素。 普通の友達同士とはとても掛け離れているのよ」
霧宮さんは少し寂しそうな表情をした。
「だからこそ、柳木くんには気楽に話してほしい」
「分かった。 それを霧宮さんが望むなら、俺は気楽に話させてもらうよ」
「それと…学園では二人の時に話をしよ。 急に私と柳木くんが話をしているのを見られたら、柳木くんにかなり迷惑を掛けてしまうから」
それは有り難い。俺は教室の片隅にいるような人間だ。霧宮さんの言う通り、彼女が俺に話し掛けたら、妬みが集まるのは俺。
それに俺は人見知りがあるから、『気楽に話させてもらう』とは言ったものの、いきなり学園で話し掛けることはほぼ不可能だ。
「霧宮さんは学園の人気者だから、その考えは当然のことだと思うよ」
「うぅ…私から話したいと誘ったのに迷惑を掛けてごめんね。(これからは互いに助け合う間柄になるのに)」
んっ…?最後の方に何か言っているように聞こえたけど、小声過ぎてよく聞こえなかったな。
「最後、何か言わなかった? 少し小声で聞き取れなかったんだけど」
霧宮さんの顔が少し赤くなった。
「それは気のせいです!」
気のせいだったのかな。
俺は耳はいい方だから絶対に何かしら言っていたと思うけど、彼女が否定しているなら深く聞かない方が賢明かもな。女子に嫌われない方法の一つとして、彼女の意見には全て肯定せよとね。
「ご…ごめん。変なことを聞いて」
「私こそ少し感情が昂ってしまいごめんなさい」
「霧宮さんが謝ることではないからね。 ほら、紅茶でも飲んでお互いに落ち着こう」
一体、俺は何を言っているんだ。
落ち着くも何も、霧宮さんは既に落ち着いているじゃないか。動揺しているのは俺だけだろ。
「では、有り難く紅茶をいただきますね」
カップを手に取り、紅茶を啜る霧宮さん。
「とても美味しい紅茶ですね!」
「その紅茶は母さんのお気に入りの紅茶だから、母さんが聞いたら喜ぶと思うよ」
「そうなんですね! それなら柳木くんのお母さんにお礼を言わないとですね」
「いやいや、お礼までは言わなくていいからね」
市販の紅茶だけど喜んでもらえて良かった。
紅茶を進めておきながら、霧宮さんの好みに合うか内心ドキドキしていたんだよな。
「ふふふ。 それでは柳木くんが知らないところで、お礼を言っておきますね」
そう言うと、霧宮さんは横にある白い布の掛かった棚の方へと視線を向けた。
「きゅ…急にどうしたのかな?」
霧宮さんが見ているのは確実にフィギアのある棚だ。フィギアの数は数体だけど、メイド服のキャラや水着のキャラになるから、彼女に見られたら確実に終わる。
「部屋に入った時から少し気になってたのよ」
少し目を離した隙に、霧宮さんは鼻歌をしながら四つん這いの状態で棚の側まで移動していた。
移動するの早過ぎるでしょ?!
(それに目のやり場にも困る)
俺の目の前には四つん這いをしている霧宮さん。
つまり視線の先にはスラリとした太ももとお尻がこちらを向いている状態。しかもスカートとタイツによって絶対領域も存在する。男性陣にとっては至福だと感じる人もいる瞬間だ。
色々と悩んだ末、俺は手で目元を隠しながら、霧宮さんに向けて話し掛けた。
「その布は捲らないで!! それと目のやり場に困るから四つん這いをやめて…」
「柳木くんのエッチ…。 その罰として布は捲りまーす!!」
「何が出るかな〜!」と言いながら、霧宮さんがフィギアの棚に掛かっていた布を捲った。
「これは……ゲームセンターオリジナルのフィギアじゃん!!」
想像していた反応と違った反応が返ってきたので、思わず面を食らった。
「驚いた。 霧宮さんはアニメ関連は一切見ないイメージだったし、何だったらドン引きされると思っていたからね」
「それは失礼だと思うよ! 私だって、アニメは見るし、漫画だって大好きだよ!! まあ周囲の人には秘密にしているんだけどね」
「学園の人気者も大変ですね」
「あ〜、柳木くんの意地悪だ〜」
頬を膨らませる霧宮さん。
「別に意地悪で言った訳ではないからね」
「ふふふ。 そんなことを柳木くんがしないと分かっていますから安心してくださいね」
突然、目の前に来た霧宮さんが、俺の頭に手を乗せて、そして優しく撫でてきた。
「〜〜〜〜〜っ!!! 何をするんですか?!」
「ふふふ。 何でもありませんよー!」
あれ…?この数十分、霧宮さんと話をして思ったけど———学園での印象とかなり違うよな。
もしかしたら、これが霧宮さんにとっての気楽に話せている時の素の姿なのかもしれないな。
「二人とも、戻ってきていいわよ〜!」
リビングの方から母さんの声が聞こえてきた。
「それじゃあ、戻りましょうか」
「そうだな」
俺と霧宮さんはリビングへと戻った。
◯
リビングに戻り、俺と霧宮さんは先程と同じ位置に座り直した。机の上には物件に関する資料が乗っていた。
(物件の資料?)
今のところ、このマンションを引っ越す予定は無いはず。山神さんの家の事情は分からないけど、霧宮さん一人くらいなら引っ越す必要はないはずだ。
突然、母さんは手を叩いた。
「それでは重大発表をしたいと思います」
「重大…発表?! 初耳なんですけど?!」
父さんを見れば相変わらずビールを飲んでおり、山神さんの方を向けば微笑しているだけ。
これは…何かしら嵌められた気がするな。
そう感じ、同じ仲間だと思っている霧宮さんの方に視線を向けると———まさかのニコニコ笑顔。
どうやら何も知らないのは俺一人だけらしい。
「重大発表は………風磨と飛鳥ちゃんの同棲です」
…………っは?
同棲とは結婚していない男女が一緒に暮らすことだよな。誰と誰が一緒に暮らすだって?
「母さん、ごめん。 よく聞き取れなかったから、もう一度言ってくれない?」
「仕方がないわね。 三度目はないからね」
「分かった」
母さんは俺の肩に手を置き、
「風磨と」
視線を霧宮さんに移して、
「飛鳥ちゃんが」
視線を俺の方に戻し微笑しながら、
「同棲をするのよ」
俺と霧宮さんが同棲する話は聞き間違いではなかったらしい。
「どうして同棲することになっているの?」
「それについては僕から話そう」
山神さんが疑問に答えてくれるらしい。
「飛鳥ちゃんを引き取ったのはいいんだけど、長期の海外撮影のスケジュールが入ってしまったね。
そこで飛鳥ちゃんに『一人でも大丈夫』か、と聞いたら『風磨くんと同棲することにします』と伝えてきたんだよ」
つまり、山神さんが長期のスケジュールで家を不在にするも引き取った霧宮さんが気になり、質問をしたら俺と同棲することを選んだ、と。
…………
………
……
…
そうはならないでしょ!?
俺と霧宮さんは学園では一回も話したことないんだぞ。対面して会話したのだって、今日が初めてなのに。そんな俺と同棲したいと思うか? いや、俺だったら無いな。
「どうして俺との同棲を提案したんですか?」
霧宮さんに尋ねてみた。
「学園で見た時から優しくて素敵な方だと思っていたんですよ。 そしたら山神さんの知人の息子だと聞いたので、親睦を深める為に同棲を提案をしました」
そんな風に言われると何だか照れ臭いな。
まあ理由は分かったけど、霧宮さんの考えが飛躍しすぎているんだよな。出会って数週間で同棲になる訳がない。
霧宮さんには申し訳ないけど断るに限る。
「その…提案は嬉しいんですけど、今回は———」
「ちなみに決定事項だから拒否権はないからね!」
断ろうとした瞬間、母さんが横入りしてきた。
「拒否権がないってどうゆうことだよ?!」
「風磨は飛鳥ちゃんと同棲をする。 その同棲先のマンションも何軒か候補決めてあるから」
「普通、本人たち抜きで勝手に話を進めるか?!」
「あら、飛鳥ちゃんは承諾済みよねー!」
母さんの問い掛けに、霧宮さんは満面の笑みを浮かべて「はい」と答えた。
つまり、この話し合いは最初から仕組まれていたことになる。俺だけ何も知らないでね。
「だから、風磨は“はい“以外の選択肢はないのよ。こんなにかわいい女の子と同棲なんて、母さんは風磨のことが羨ましいわよ」
「じゃあ、母さんが変わってくれる?」
「それはダメ」
「即答かよ」
とりあえず、拒否権がない俺に反論は出来ないし受け入れるしかないか。
「分かったよ。 同棲の件を全て受け入れます」
「よく言った、それでこそ俺の息子だ」
「風磨が立派に育ってくれて…母さんは嬉しいわ」
「飛鳥ちゃんのことを頼んだよ、風磨くん」
「これから宜しくお願いしますね、風磨くん」
父さん、母さん、山神さん、霧宮さんの言葉に、俺は「はい」とだけ返答した。
それから同棲先のマンションはゴールデンウィーク明けには決まるとかで、同棲に必要なことが次々と決まっていった。大人たちによって勝手にね。
そして二十一時になり、お開きとなった。
◯
「風磨くんと会ってどうだった?」
エレベーター待ちをしていると、山神さんが私に聞いてきた。
「ふふふ。
「それは良かった。 それにしても風磨くんは飛鳥ちゃんのことを覚えていなさそうだよね?」
「そうですね。 あの頃の私は今の私と違い、とても暗い性格で髪もぼさぼさでしたから」
「その栗色の髪と焦茶色の瞳を忘れるなんて、風磨くんはダメだね〜」
「何かしらのきっかけがあれば思い出しますよ。 その鍵として同棲をするのですから」
「ということは、何かしら考えているのかな?」
「内緒ですよ!」
私のことを思い出してくれるきっかけはまだ分からない。だからこそ、私だってノープラン。
この同棲で何か見つかるといいのだけど…。
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