第22話・ロザリー・ロバーツの邸

 その誘いは突然だった。


「……コルネリア様! お久しぶりです! あの……わたしです、高熱で死にかけていた孤児の……あっ、コルネリア様はわたしたちみたいな子、わたし以外にもたくさん助けてきていらっしゃいますよね。すみません」

「いいえ。覚えているわ。アザレアさんよね」

「……! そ、そうです! アザレアです! まさか名前を覚えていただけているとは……」


 そばかすのある鼻をかすりながら、少女は破顔した。

 そんな表情をされると、私も偽者ながら嬉しくなってしまう。


「――よかったわ、コルネリア様に来ていただけて」


 鈴を転がしたような美しい声。穏やかな微笑み。クラークス第一王子の婚約者であるロザリー様だ。


 私は今日、ロザリー様に招かれて公爵邸を訪れていた。




「不要不急の用で神殿を訪れても門前払いですから……。でも、わたし、どうしても今のわたしの姿を見ていただきたくて……。コルネリア様が第二王子殿下の婚約者になられたと伺ってから、ロザリーお嬢様を頼ってお会いすることができるのではと、ご無理を言って申し訳ありませんでした。お嬢様、コルネリア様」

「構わなくてよ、アザレア。あなたは特によく働いてくれている優秀なメイドですもの。それにわたくしもコルネリア様とは肩肘張らないところでゆっくりとお話ししたかったですから、ちょうどよかったわ」


 そう。私がかつて命を救った少女の願いで、私はここに招かれた。


(これはチャンスかも知れない)


 私とジュードは依然として、クラークスに迫る手段が見つからず途方に暮れていた。ジュードが言った通り、クラークスはジュードを泳がせているようで、彼がジュードに何かしようとすることもなかった。


 だから、クラークスの婚約者であり、自身もデイリズのパーティに出席していたロザリー様から何か情報が得られるのではないか――その可能性に賭けることにしたのだ。


 ジュードは「クソ兄貴の罠だったらどうすんだよ」と難色を示したけれど。


「わたし、次の春から別のお屋敷で奉公することが決まっているんです。病気になって親に捨てられて、道ばたでただ死ぬのを待っていた私を救ってくださったコルネリア様と、公爵様にはどんなに言葉を尽くしても感謝しきれません……。ロザリーお嬢様も、要領の悪いわたしにずっと優しくご指導して導いてくださって……」

「やだ、アザレア。当然のことよ、知らないことややったことがないことはできなくて当たり前。わたくしたちはあなたのような子たちを手助けしたくてあなたたちを使用人として雇っているのに、意地悪をする意味がないわ」

「お嬢様……」


 アザレアさんは瞳を涙ぐませる。

 ロザリー様が私を誘ったのはもしかしたらクラークスの差金……は、あるかも知れないけれど、でも少なくともアザレアさんが私に会いたかった、というのは嘘じゃないと思う。


 ……ロザリー様の悪い評判は聞かない。聖女不在が続き、治安が壊滅的に悪くなっていたこの国において、ノブレス・オブリージュを体言してきた古参の貴族の家系・ロバーツ公爵家、そのご令嬢に相応しいお方だ。


 実際にこうして近くで接していても、彼女の上品で柔和な人柄はよくわかる。これが演技――とは、思いたくない。


 デイリズのパーティで彼女の見せた痴態はまるで幻のようだった。

 彼女はどこまでクラークスの行いを把握しているのだろうか――。


「アザレアさんが神殿で治療を受けていたときは流行病の蔓延がひどくて……私が救いきれなかった人たちもいた中で、アザレアさんがこんなに立派になって、私もとても嬉しいです」

「コルネリア様……ありがとうございます。コルネリア様がいらっしゃらなかったら、わたし、公爵家に拾われることもなく、あのまま……」


 ロバーツ公爵家は、彼女アザレアのような境遇の子供たちを積極的に受け入れている。

 身寄りのない子供たちを使用人として引き取り、教養と仕事の技能を与えて大きくなったら一人で働けるように支援をする。そんな取り組みをおこなっているということで有名だった。


 だから、神殿でも身寄りがない人間の治療を行なった時には後のことをロバーツ公爵家に託すことがあるのだと、偽聖女をやっている私も把握していた。


 この取り組みの歴史は長く、ロザリー様が生まれる前からずっと行っていると聞いている。


(身寄りのない子供たち。よその国に売り払うとしたら絶好の獲物ではあるけれど、ずっと前からしていることなのだから、これにクラークスが噛んでいる、ということはまさかないわよね……?)


 現に、アザレアさんはとても幸せそうに笑い、心からロザリー様を慕っている様子だ。

 少しずつ使用人仲間が消えたり、妙な扱いをすることがあれば、こんなふうには笑えないだろう。それは信用したい――と思う。

 ジュードが今の私の思考を読めたら「考え方が甘ちゃんすぎんだよ」とかちゃかしそうだけど。


「コルネリア様も第二王子殿下とのご婚約おめでとうございます。なんでも、昔からずっと忍んだ恋をされてきてとうとうと伺っていますが……」

「そうそう、わたくしもお二人の馴れ初めは気になっていたの。クラークスもとっても気にしていましたのよ。ね、ちょうどクラークスもジュードもいないのだから、わたくし達にだけこっそり教えてくださらない?」

「えっ!?」


 そういう恋バナの流れに……なるの!? 怯みつつ、愛想笑いを浮かべる。


「は、恥ずかしいですから、勘弁してください。それに、殿下からもあまり身内には話さないでくれと言われていて……」

「あら、でも、ジュードったらまるで見せつけるみたいにあなたへの好意をむき出しにしているじゃない? ダメなんですの?」


 ああもう、ラブラブアピールやりすぎなのよ、あの男は!


「な、馴れ初めはさすがに恥ずかしい、と仰っていました! 特にお兄様に知られるのは……と」

「そうなんですのね、もう。当てられ損ですわ」


 ふう、とロザリー様は肩をすくめる。本当に残念そうに眉根を寄せていた。


「わ、私のことよりも! ロザリー様とクラークス様もとても仲睦まじそうですが、どのような出会いだったのですか!?」

「まあ。まあまあ、わたくしとクラークス?」


 せっかくロザリー様と接触の機を得たのだから、少しでも情報を得なければと苦し紛れに言ったのだけど、意外にもロザリー様はポッと頬を染めてまんざらでもない様子を見せた。


「わたくしたちはね、あなたたちとは違っていわゆる親同士の決めた婚約でしたが……でも、わたくしはクラークスと初めて会ったその時から、その……いわゆる一目惚れで……。ロバーツ公爵の娘として生まれてきたことを神に感謝した日でした」

「そ、そうだったのですね」

「クラークスは小さい時からとても綺麗な顔をしていて……。リーンがいるでしょう? あの子よりも中性的な雰囲気で、神秘的な雰囲気のある少年だったのです。容姿の美しさだけでなく、話をしていると聡明で、クラークスと話をしているとあっという間に時間が過ぎていて、いつもお別れの時間がすぐきてしまうからとても寂しい気持ちになっていました」


 ロザリー様は饒舌だった。


(そういえば、ジュードが、ロザリー様はずっと前からクラークスのことがお好きだったって言っていたけど……)


 どうも、この様子を見ている限り、本当にロザリー様はクラークスのことを慕っているようだった。ロザリー様は白い頬を赤く染め、クラークスとのたわいのないやりとりまで含めて、語り尽くした。

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