第9話 大誤算

 俺が自分の体に戻ったとき、俺と絵梨花は四班からの襲撃から逃げている途中だった。


 五班の戦い方を知らない俺が下手に介入するのはまずいかと思い、迷った末に三分間は観戦することにした。


 俺は自分のステータスを確認した。


 氏名 桐木勇人

 水準レベル 11

 役割ロール 殺人鬼、死神の使い

 技能スキル 殺人技、臨終憑依、一念通天、

    剣術、ボクシング、槍術

 魔法スペル キル、パージ

 称号タイトル 絵梨花の騎士


 変わりはないようだが、どこかで手にいれた剣と盾を持っていて、鎧のようなものを着ていた。絵梨花も鎧を着込んでいるようだ。


(やっぱり放置ゲームだな。帰って来るたびに進化してやがる)


 意識を同化しても、記憶までは共有出来ない。俺が離れている間に何をしていたのかは分からないのだが、高校生の俺は、それを知っているようで、重要なポイントだけを思い浮かべることで、俺に情報を渡して来た。


 すでに一時間以上逃走中で、四班のうちの二人に攻撃され、高校生の俺は一度死にかけたらしい。ナビゲーターのカナの予想では、一人は「魔王」、もう一人は「隠密」ではないか、ということだ。


(多分、山口と佐竹だな)


 山口は進学校には珍しいタイプの男で、一言で言うと「インテリヤクザ」だ。他校のヤンキーたちの頭脳役だったらしく、女子高生の売春斡旋などエゲツないことを平気でやっていたことが、事件後の警察の調査で判明した。


 佐竹はお寺の息子だが、運動神経抜群で、国内でも有名な体操選手だった。俺とは仲が良かったと思っていたが、向こうはそう思っていなかったのか、山口に脅されているのかは分からない。佐竹も絵梨花のことが好きだった。


 高校生の俺が戦いの様子を俺に伝え出した。参戦して来たのは、やはり山口と佐竹で、絵梨花には攻撃をせず、俺を狙い撃ちにしている。要は俺を排除して、絵梨花を手に入れようという作戦のようだ。


 佐竹は最初だけ俺に軽く挨拶して、以降は全く姿が見えなくなったが、俺から山口に繰り出した攻撃は、全て佐竹が山口のそばに立って受けていたと思う。山口に攻撃がまともに当たなくて、逆に山口の技を悉くもらってしまったようだ。


 一方的にやられるだけの瀕死の俺を絵梨花が捨て身になって救い出し、脱兎のごとく逃げ出したという顛末のようだ。だが、なぜ山口たちが、すぐに追いかけて来なかったのかが分からない。すぐに追いつけるとでも思ったのだろうか。


 次に、俺の能力と魔法について、情報共有した。


「殺人技」はその時々で相手を殺傷するために最も有効な体技を繰り出す能力だ。確かに佐藤たち三人を殺したときはそんな形だった。型にはまらず、全身を使った臨機応変な闘い方だった。厨二的な言い方をすると喧嘩殺法だ。


「キル」は相手に「殺人技」で与えたダメージを倍増する魔法だ。ダメージを与えていないと効果はない。佐藤戦のときに、ある程度攻撃した後で、唱えていたのは、そういう理由だったのだ。


 もう一つの「パージ」は、相手から受けたダメージを消す魔法だ。戦闘中は使用できず、戦闘から離脱した後に使用できる。殺されそうになった割には、ピンピンしているのはパージを使ったからだ。これ割とチートかもしれない。


 高校生の俺が隣を並走している絵梨花の方をチラリと横目で見た。息を弾ませながら走る絵梨花の横顔が、とても綺麗で惚れ惚れしてしまう。


 ちなみに絵梨花は、キュアという治癒魔法と、チャーム、クレイジーという精神系の魔法を使える。それと、応援歌という俺の攻撃力を上げるスキルを持っているようだ。


 キュアは加世子が欲しがっていた怪我を治す魔法で、外傷は治すが、体内の損傷や疲労回復、病気には効かない。逆に、美香の持っていたヒールは、外傷は治せないが、体内の損傷や疲労や病気に効く。


 チャームはその名の通り、相手を自分に惚れさせる魔法だが、大抵の男子は絵梨花に惚れているので、要らないんじゃないのか?


 クレイジーは相手をバーサーカーにさせるらしい。ただ、攻撃職にかけると、威力が倍増してしまうので、攻撃力のない魔法使いなどにかける魔法だ。


 ちなみに、絵梨花の精神系の魔法は男にしか効かないそうだ。


 ここまで情報を共有して、ふと気がついた。


(もう、三分経っているんじゃないか?)


 三分どころか、五分以上経過しても、一向に臨終憑依が始まらない。


(これ、ひょっとして、もう始まっているんじゃないのか?)


 きっとそうだ。ということは、このまま行くと、次に死ぬのはどうやら俺らしい。


 俺はまずいと思い、自分の体に完全に同化した。高校生の俺に取って代わったのだ。しかし、それでも、臨終憑依は発生しない。


(最後まで努力を怠らずに頑張れば、必ず道は開けるはずだ。俺がやるしかない)


 今のままでは負けるというのであれば、味方を増やせばいい。まずは恭子と合流しよう。


「カナ、二班と協力したい。二班の位置を探索してくれ」


「はい。他の班の探索はしておりました。ただ、二班は四班の向こう側です。二班と合流するには四班を撃破する必要があります。一班も向こう側です。唯一三班が東側、右後方二キロに位置していますが、接触は難しいです」


「三班が逃げるからか?」


「そうです」


「三班のナビゲーターに伝言は可能か?」


「はい、可能です」


「絵梨花がキュアを使える、協力して四班に当たろう、と伝言してくれ」


「かしこまりました。……、伝えました」


「どうだった?」


「検討するそうです。とりあえず、三班に近づきましょう」


 俺たちは三班の方向に進路を変えた。四班とは三百メートルほどしか距離はなかった。


 俺は絵梨花に俺の臨終憑依について話をすることにした。俺がおっさんであることは伏せておく。二回り以上歳が違うことを知られたくないからだ。卑怯な気が思いっきりするが、ここまで来て、フラれるのは嫌だ。


「走ったままで聞いてくれ」


 絵梨花は頷いたものの、かなり息が苦しそうだ。おぶってやりたいが、嫌がるだろうから、とりあえず黙っておく。


「休みたくなったら、いつでも言ってくれ。多少の時間稼ぎは出来る」


「また、死にかけるんでしょう。あんなの見るの、もう嫌だからっ」


「分かった。唐突だが、俺には『臨終憑依』というスキルがある。次に死ぬクラスメートの心の中に入り込めるスキルだ。すでに五班の四人、三班の二人、四班の五人の合計十一人が死んでいる」


「そんなスキルはカナから教えられてないけど、でも、そんなに死んでいるの!?」


 そうなのか。やはり密かなスキルだったのか。死神、嘘つかないか。


「秘密のスキルなんだ。それで、どうやら、次に死ぬのはこのまま行くと俺のようなんだ」


「えっ!?」


 絵梨花の顔がみるみる青くなって行く。どうやら、高校生の俺は頑張っているようだ。俺の存在は絵梨花にとってはそれなりに大きいらしい。


「あ、でも、必ず死ぬわけではないんだ。一班の委員長にも憑依はしたが、俺が何とか食い止めた。だから、俺もこのまま死ぬと決まったわけではない」


「そうなのね。私に出来ることはない?」


 ひょっとすると、言っても大丈夫かもしれないな。


「おんぶさせてくれないか?」


「え?」

 

「このままだと追いつかれそうだから、絵梨花をおぶって行きたいんだ。もちろん、ずっとじゃない。少し俺の背中で休んでくれればいい」


「いいわよ」


(あら? 意外とあっさりOKしてくれたぞ。そうか、胸当てもしているし、垂れのような防具もつけているから、あまり直には接触しないか)


「よし、乗っかってくれ。しっかり捕まってくれよ」


 俺の体は持久力もマックスまで鍛え上げられているため、マラソン選手並みだ。絵梨花が俺におぶさって来た。


(む、思った以上に接触が少ないな)


 太ももは若干期待していたのだが、皮のつなぎのようなものの上に制服のスカートを履いた状態で、俺の鎧をしっかりと足で挟んでいる。鎧越しなので、残念ながら、太ももの感触はほとんどなかった。


 ただ、絵梨花の側頭部が俺のうなじあたりにピタリとくっついて来て、何ともいい匂いがする。


(……、あれ? 全く興奮しない……)


 絵梨花が可愛くて仕方ない気持ちはマックスだが、なぜか性的対象と見ることができない。こんなことは初めてだ。娘のような感覚なのだろうか。


(四十二歳、独身で娘なんか持ったことないのだが……)


 モヤっとしながらも、俺はピッチ走法で逃走を継続した。


「重いのは鎧だからね。私は重くないわよっ」


 絵梨花が頭の後ろから話しかけて来た。息が首筋にかかって、何ともエロいはずなのだが、やはり守ってあげたいと思うだけだ。


(どうした、エロオヤジの俺!)


 大誤算だ。おかしい。風俗店ではセーラー服に燃えてたじゃないか。いや、待てよ。分かった。あれは中身が大人だからだ。風俗店に本物の女子高生が出て来たら、間違いなく萎えるわ。


 ヒミカの胸には欲情していたのに、女子高生にまさかの無反応とは……。俺がこんなに人格者だったとはっ! 女子高生でハーレムとか、無理じゃね?


 いや、簡単に諦めてはいけない。諦めたら、そこで試合終了だ。ハーレム予備軍として囲って、十八になるまで待てばいい。若いうちから育てるって、なんてイヤらしいんだ。


 あ、いかん、絵梨花が怪訝な表情になってしまっている。


「重いだなんて言ってないじゃないか。一人で走るのよりは辛いが、さっきよりはペースが上がっただろう?」


「カナに聞いてみるね。カナ、四班は?」


 ナビゲーターは平気な顔で先ほどからずっと並走していた。さっきの二班での動きを見る限り、各班のナビゲーターは相当な強さだと思う。


「はい。少しずつ引き離しています。それと、三班が提案を承諾しました」


 くそ、臨終憑依、まだ発動しないか。

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