番外編 白河さんの休日 ※白河さん視点

「んぅ……」


 蒸し暑くて目が覚めてしまった。

 昨日は、デートの余韻で中々寝付くことができなかった。


 時間は朝の六時。

 夏休みだから、もうちょっと寝ててもいい時間帯だ。


 真っ先に、枕元の携帯を確認する。



“お疲れ様、今日は楽しかったよ”


“私も楽しかったです! 本当にありがとうございました!”



「はぁ……」


 新着のメッセージは届いていなかった。

 私のメッセージで、チーフとのやり取りは終わってしまっていた。


 ちゃんと疑問文で返せば良かったなぁ……。


「この時間はもうお仕事だもんね……」


 今日はアルバイトがお休みの日だ。


 チーフのことだから、私に気を使って今日はお休みにしてくれたのだろう。

 昨日の帰り際も「疲れてない? 眠かったら気にしないで寝ていいからね」って声をかけてくれたし。


 運転をして疲れているのはチーフのはずなのに……。


「どうしようかなぁ……」


 メッセージを連投していいものか迷う。


 お仕事中にメッセージを送ってチーフに迷惑をかけないだろうか。

 ……しつこく送ってチーフに嫌われないだろうか。

 

「……」


 私は再び携帯を枕元に置いてしまっていた。

 そんなことを考えてしまうと勇気が出ない。


 今日は午前の九時から午後の四時まで夏期講習がある。


 部門の人は大体六時過ぎにはいなくなるから、それくらいの時間に行けばチーフには会えるけど……。


「差し入れくらいは持っていってもいいかなぁ……」


 昨日のお礼も兼ねて、飲み物くらいは持っていきたいな。

 お買い物のついでに寄った感じにすれば迷惑じゃないよね……?


 毎朝、毎朝、期待を込めて携帯をチェックする。


 がっかりすることもあれば、浮かれてしまうこともある。


 私の一日はいつもそんな始まりだ。

 



※※※




「―――! ―――! 聞いているの!?」

「……あっ、ごめん」


 朝食中に考え事をしていたら、お母さんに怒られてしまった。


「全く、朝からぼーっとしているんだから」

「ごめん、眠いわけじゃないんだけど」

「今日の夜ご飯はあなたが買ってきてくれた帆立だからね」

「本当!?」

「殻付きの帆立なんて買ってきて……。今度その人に美味しい食べ方を聞いてきてよ」

「うっ」

「むしろ、うちに来てお刺身にでもしてくれると嬉しいんだけどなぁ」

「そ、そんなこと、まだできるわけないじゃん!」

ってことはその気はあるんだ……」


 うぅ……。

 お母さんの目が楽しそうに笑っている。


 最近、このことでよくお母さんにからかわれるようになった。


「まぁ頑張りなさい。アルバイトするようになってから、成績は良くなるし、お金は稼いでくるしで、私としては文句はないから」

「言われなくても頑張るもん」


 私がアルバイトをしたいと言った時に、両親から条件が一つだけ出された。


 それは絶対に成績を落とさないこと。


 だから私は、アルバイトが終わった後も毎日必死に勉強している。


「それにしてもあなたがおしゃれに興味を持つなんてねぇ」

「変……?」

「変じゃないよ。良いことだと思う」


 お母さんの口元がほころんだ。


「あなたが好きになった人、どういう人だか気になるなぁ。早く連れてきなさいよ」

「無理だよ……まだ付き合えてないし……。それに真面目な人だもん」

「告白はしたの?」

「告白は――」


 ……。


 ……。


 あ、あれ? 


 私、チーフにちゃんと好きって言ってない?


 値下げしてほしいとは言ったけど……。

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