大学生デート
週末の土曜日、愛九は理沙と共に町中を歩いていた。
デートである。内容は至って平凡であった。まさに学生の極みである。スイーツを食べながら、ただ店に寄って、休日を楽しむ。
しかしそれは飽くまでも理沙にとっての話であるのだが。愛九はその間、心のボードゲームをもプレイしていた。
「あ、可愛い!ねえ、ちょっとこの店寄っていい?」
洋服店のショーウィンドウに吸い寄せられる理沙は興奮を滲ませながら、愛九に訊ねる。
「もちろん」
愛九は特に断る理由はない。
という事で、二人は店の中に入っていった。
現代的な洋服店であった。主に若者向けの洋服が揃った店であり、古着から、前衛的な最新鋭のファッションまでをも網羅している。
店内の入り口部分が時代の最先端で、奥に行くにつれて時代を遡るという、店のコンセプトらしい。だから早速、入口の自動扉を抜けていくと、洋服店の洗練を受けてしまった。
「うわ、これはちょっと奇抜すぎるかな……」
先程ショーウィンドウで見た系統の服とはかなり乖離していたのであろう、理沙は、そのあまりにも斬新な洋服を眺めて、感心することはなかった。
「愛九はどう思う?」
「僕は素敵だと思う」
「うそ!?あれは流石に、やり過ぎじゃない?」
世界侵略者兼ファッションモンスターである愛九にとっても、ファッションというのは、軽視できない重要な人生の一部であった。
実際、愛九はデートの為に着てきた服装にも余念がない。下から上まで普段の生活の中で着用する服装を、そのままデートで使用するという、愚かな手抜きは、もちろんだが、しなかった。
が、かといって、愛九は過度に着飾ることもしなかった。その裏には、愛九というファッションモンスターならではの哲学があるのだ。
「……」
「え、そっちに行くの?」
だがしかし愛九が興味を持ったのは、時代の最先端を駆け抜ける奇抜なファッションではなく、なんと使い古された古着であった。
「うげ?愛九って、こういう古着が好きなの?」
「服と言えば、やっぱりこれだよ。僕にとってファッションとは、着飾るものじゃなくて、着こなすものなんだ」
愛九が持論を語る。
「いっぱい欲しいものあって、迷うな……」
「僕も……」
という感じで洋服店を散策していると、町の中では喧騒が巻き起こっていた。まるで火種が火薬に飛び散って、これから爆発を起こすかのような、そんな不穏さを醸し出している。
「なんだ?」
「事件でも起きてるのかな」
店内からでも町の中で異変が起きているという事実が手に取るように分かるのだ。店内の窓越しに、町を行き交う人間たちは不安に駆られている。
愛九達はスマホを取り出して、町の中の情勢を確認した。ニュース番組を開き、迅速に情報を希求していく。すると、事件が明らかになった。
「先程、京都市内でQ否定派と見られる集団が暴動を起こし、混乱を――」
「「暴動!?」」
愛九達は驚愕した。が、考えてもみれば、当然でもあるのだ。
Q是認派とQ否定派の溝は日に日に深化していき、既にお互いは折衷することが出来ない。お互いがそれぞれの正当性を主張しあう。
「でもそこまで危険じゃないらしいね」
しかしながら暴動はそこまで暴力的な色合いを帯びてはいない。どうやらQ否定派は言論の自由を行使しているだけだ。だから時間とともに自然消滅していくであろう。そうニュースキャスターは告げていた。
なのでそこまで二人は気にすることもなく、デートを続けていた。
数分後。 緊急ニュースが流れてくる。
「緊急ニュースが入りました。京都府内で発生していた暴動は、Q肯定派の介入により――」
「そ、そんな……」
暴動は激化していく。 基本的には平和だった暴動は、急速的に暴力的な色合いを滲ませていき、遂には流血沙汰に変貌を遂げたのだ。Q否定派が首相官邸前に集結して、主権を握る事を辞めさせるように集団で主張している。
「みんな休日なのに、暴動、よく頑張ってるよねー。ほら、次はこっちに行こう!」
「……」
理沙は呑気な感想を呟いていた。
本来ならば愛九が干渉せずに、このまま暴動が収まることを祈るばかりなのだが、そう簡単には行かないらしい。
「くそ……」
愛九は懊悩した。暴動という事件を解決することは、例え神からの能力が賜われていても、極めて難しいのだ。人数があまりにも多すぎるために、人を操って解決するという力技がまず不能である。
だから、何か別の選択肢を見つけ出す必要がある。
だがしかし一体どうやって。
例えEQ200の天才でも、暴徒化した人間を鎮静させるような奇手は思いつくことが出来なかった。彼らは理性ではなく、感情で突き動かされている。言葉ではもう、どうしようもない。
苦渋の選択に迫られた愛九は驚くべき行動に打って出た。
「……」
スマホ画面に映し出される映像を元に、愛九は暴動者の身体に次々と乗り移っていくのだ。暴動者の数は数百人、いいや、これからさらに増えて、千人以上にまで膨れ上がるかもしれない。
にも関わらず、スマホ画面を通じて、愛九はただひたすら憑依していくのだ。
試着室近辺にて。 購入前に理沙は試着することに決めて、試着室を使用。そして服装を着替えた。中から出てくると、
「ほら、これどう?」
と感想を求めた。
「うーん……」
そんな理沙の姿を見て、愛九は唸り声を上げた。
「どうしたの、愛九?も、もしかして、似合わない?」
しかしながら愛九はなぜか顔を大きく顰めて、苦渋の表情を見せているのだ。これはやはり、理沙にはファッションセンスがないのだろうか、などと不安に駆られている。
「……」
隣人に異変を感じさせる程にまでは、愛九は表情を顰めた。だが一体どんな感情を感じているのかを悟らせるまでではない。
愛九は、これまであらゆる人間に憑依して、あらゆる行動を取らせてきた。それこそ、悪人の舌を掻っ切って殺害するなどという極端な行為にも走らせた。
しかしながら、苦痛を感じるのは操られた方ではなく、操っている人間なのだ。だから愛九はその都度、感じてしまうのだ、圧倒的な肉体の痛み、精神の痛みを。そしてそれらの痛みは、EQ200の天才的な感受性によって、天文学的な数値に跳ね上がる。
それでも愛九は顔を苦痛に顰めることはない。人類全体の苦痛を感じながらも、愛九は爽快に日常を生きるのだ。
今でもそうである。暴動中の多くの身体に憑依しながら、愛九は周囲で起きるような日常的な問題を放っておくことが出来ない。
「ううん」
愛九は済ました顔で、そう言い切った。 だがその実、愛九は胸の内で、人類全体の苦痛を肩代わりしていたのである。
「似合ってるよ」
「良かったー!そんじゃ、これにしよっと」
愛九の意見で、理沙は購入を決めた。
洋服店から退出。
暴動が起きていても、理沙は全く動じていない。彼女はそういった政治や社会的な事象は興味がないらしい。ただ人生を楽しんでいる。
仰々しくなっていく町の中で、デートを続けていく。
「それじゃ、最近ずっと行きたかった店があるから、そこいこ!」
「うん!」
愛九の方は、というと、デートを大いに楽しみながら、内面では激情なる正義心を迸らせていた。愛九の心はマルチタスクをしているのだ。
「あっれ、おかしいな?この辺に、クレープ店あるはずなんだけど……」
「その店って、確かこんな感じの奴?」
「そうそう、そんな感じの」
小腹が減っていたので、二人はスイーツ店を探していた。どうやらこの付近に有名な出店があるらしく、理沙はそれを探しているということ。
だが正確な道が分からずに、二人は周辺の地理に戸惑っていた。さらに時間を費やしていくと、ようやく二人はその出店の居場所を突き止めた。
「あ、この坂道の上らしい!」
が、同時に二人は悲劇を目の当たりにした。
「あ、お婆ちゃんが困ってる」
「ほんとだ」
お婆ちゃんが坂道の前で、立ち往生していた。その女性は腰が弱いのであろう、買い物袋を持ちながら、坂に登れず困っているではないか。
「えっと、こっちの道は遠回りかしら」
「……」
が、理沙にはあまりそれには興味ないらしい。
「ど、どうしたの、愛九?路傍の棒切れみたいに突っ立って?」
「……」
理沙という通常の人間の心を通して、その日常的な悲劇は、日常の枠組みから逸脱することはなかった。悲劇は悲劇のまま、そして悲しみは悲しみのまま、それらは存在している。
しかしながら、愛九というEQ200の天才的な心を通して、その日常的な悲劇は、人類全体の苦痛へと昇華されたのである。
その悲劇が決して人類全体に影響が及ばないような、取るに足りない悲劇だとしても、愛九はそれを放っておくことは絶対に出来なかった。
それは愛九本来が手を出すべきような、問題かもしれない。もしかしたら、愛九が手を出せば、かえって事態は複雑さを見せていくかもしれない。
それでも愛九は、己のEQ200の天才的な感受性を裏切る事は絶対に出来なかった。彼はEQ200という天性の才能の呪縛を受けていた。それは神からも贈り物であるとともに、呪いでもあるのだ。
「用事が出来たから、理沙が先にクレープを注文してくれないか?」
「え?いいけど」
愛九の突然の要望に、理沙は困惑しながらも、承諾することにした。
「それじゃね!」
「うん!」
と別れを告げてから、二人は別々の道に歩みを進める。
愛九は放っておくことが出来なかったのだ。
彼は今、数え切れない程の人間の苦痛を見代わりながらも、日常的な悲劇をも肩代わりしているのである。彼はお世話焼きであった。人類全体の苦痛であろうと、それが隣人のトラブルであろうと、EQ200の天才の心、魂には、平等に感じられるのである。
「あの、お婆さん、大丈夫ですか?」
愛九は困っているお婆さんに声を掛けていく。
「あらま、本当に良いのかしら」
「ええ、構いません」
という簡潔なやり取りの後、愛九は親切を行う。
「若いのに、偉いね」
お婆ちゃんを背中に乗せて、愛九は険峻なる坂を登っていく。一歩一歩着実に階段に足を乗せる。ついさっき会ったばかりのお婆ちゃんの、か弱き身体を出来るだけ優しく移動させていくのだ。
「スピードはどうですか?」
「いい塩梅だね」
愛九は人類史上最も強烈な優柔不断であった。彼は同時に人類史上最も高い理念を掲げる理想家であった。絶対に叶えたかったのだ。究極的な世界を、誰も苦しまない社会を創り上げることを。
その為ならば、愛九は己を犠牲にすることも厭わなかった。
「重くないかい……?」
お婆ちゃんは愛九の事を心配して、そう訊ねた。だが愛九は爽快な表情を持ってして、こう答えたのである。
「いいえ、
するとお婆ちゃんを背中に乗せて坂道を登っている途中、再び、困っている人を見かけたのだ。
「ままー!」
「ぱぱー!」
「ん?」
人類全体の苦痛と一人のお婆ちゃんの苦痛をその背中に乗せながらも、愛九はさらに小さな悲劇を見つけてしまった。もし彼が無視しようとすれば、その悲劇は通り過ぎ去っていくであろう。
が、愛九はEQ200の天才であった。
迷子になっているのは、子供二人。まだ年端も行かぬ男女であった。買い物でもしている間に、親とはぐれてしまったのであろうか。
そんな二人組に近づいていくと、声を掛ける。
「どうしたんだい、二人共」
「えっと、ママとパパが、どこかにいっちゃって……」
「私達、道に迷ってるんです」
「そうか」
愛九は状況を把握した。そして手助けすることに決めたのだ。
「それなら、ほら、手を取って。僕が道を案内してあげよう」
「え、良いんですか!」
人類の苦痛とお婆さん、迷子の二人を連れて、愛九は坂道を登っていく。
坂道。それはEQ200の天才に課せられた使命であった。険峻なる坂道を愛九は、一歩一歩、決して踏み外すことがないように厳格な注意を払いながらも、優雅に歩み進んでいくのだ。
激化を見せていく暴動に、変化が訪れていた。
愛九が暗躍しているのだ。
ただひたすらQ肯定派の身体に憑依して、全員を退散させていく。もちろんだが、その途中で愛九は苦痛を感じるのだ。Q否定派の暴動員からの苛烈な暴力を。
零血もアシストに入っていた。Q否定派が暴力を振るわないようにと、思考の風を吹かせて身体に憑依していくのだ。
愛九は勇敢にも厳格に問題を解決していく。それはあまりにもストレートな解決方法であったが、今回はそれが最も効果的なものであった。
「あの人、凄い」
「色んなものを背負ってるな」
坂道では騒ぎが起きていた。一人の青年が、お婆さんを背負い子供を両手で手引きしながら、勇敢にも坂道に挑んでいるのである。そんな光景を観て、観客たちは驚いていた。
「まさか……」
その間、零血も同じ様に暴動を止めようと躍起になっていた。思考の風を吹き荒れさせて、京都府内を駆け巡るのである。
が、今回の事件の解決は、思考の深さなどというベクトルは意味を成さない。
そして零血は悟る。誰かが、一人の能力者が、暴動者の大半を憑依して、強制的に事件を解決しようとしている人物がいると。
「よし!」
愛九はそして遂に、険峻なる坂道を踏破して、坂道の山頂に辿り着いた。
「ありがとね」
「いえいえ」
お婆ちゃんをようやく坂道の上で降ろすと、愛九は彼女に別れを告げる。そんな愛九の反応に、お婆ちゃんは感謝して去っていく。
さらには迷子の二人もその後、無事に親を見つけることが出来た。
「ありがとう、お兄さん!」
「ありがとね、お兄ちゃん!」
「うん、もう迷子になんて、なるなよ!」
と、二人の迷子は手を振りながら去っていった。
「ふーこれで一件落着……」
愛九は坂道を乗り越えて、取り敢えず、一呼吸。
「大丈夫だった?」
後ろからやってきた理沙であった。
愛九は猛烈に疲労しているようで、もう一度深呼吸してから、こう告げたのだ。
「大丈夫じゃないよ。どうやらこの坂道は、もっとバリアフリーにするべきらしい」
「そうじゃなくて、愛九が――」
愛九の反応に、理沙は戸惑いを覚えた。なぜなら先程の言葉はお婆ちゃんではなく、愛九自身に投げ掛けられたものだったからである。
「――ちゃんと手すりも設置する必要があるし、そもそもこの坂は、勾配がきつすぎるんじゃないか。やはり、こうやって市井で実際に問題に直面しないと、人々がどこで困っているかを把握することは難しんだな」
愛九は自分を労ることなく、早速、人々の為に思考を優先したのだ。
「……」
その間も愛九は人々の苦痛を代わりに味わっているのだ。暴動で受ける暴力であった。武器による切り傷、催涙ガス、暴言などなど。
しかし愛九は他人の苦痛を表情に表すことはしなかった。彼の心が決して麻痺しているのではない。EQ200天才の繊細なる精神には、例えそれが取るに足らない心の痛みだとしても、貫くような痛感が巻き起こる。
愛九は崇高なる精神の元に、人類の痛みを身代わっているのだ。究極なる正義が完成するには、究極なる犠牲が必要であると。
そして犠牲になるのは、神から賜われた能力を宿す、愛九自身である。
「ほら、理沙、クリームついてるよ」
「あ、うん」
理沙の世話を焼く愛九。彼が今、大勢の人間の激甚なる痛みを感じているとは、誰も予測することは出来ない。
「あんまり焦って食べるからだよ」
「へへへ、だって美味しいんだもん」
「……」
すると、理沙のほっぺたについたクリームを取ろうとすると、今度は愛九のクレープが猫に奪われてしまった。期間限定のメニューは一瞬にして台無しになってしまった!
「しまった!」
愛九は嘆いた。
それでも愛九は不満を漏らすことはしない。直ぐ様に心を切り替えて、彼は人生をエンジョイしていくのだ。
例えどれだけ己の悲劇が偉大であろうと、それは日常の悲劇よりも上回ることは決してなかったのである。木戸愛九はEQ200の天才であった。EQ200の天才であること、それは贈り物であるとともに、悲劇をも意味するのである。
そして、デートは続いていく。
「ほら、もう映画始まっちゃうみたい」
「本当だ。早く向かおう」
「こっちこっち!」
クレープを食べ終わると、二人は映画館に向かっていた。先日から二人は観たい映画があると、前もって話を交わしていた。それを観に行くのである。
それから数分後、二人は映画館に到着。
愛九は理沙とともに、映画館にいた。
二人は映画を見て、激情なる感情を吐き出していた。
映画の内容は単調なもので、猫関連のストーリーであった。子猫が親猫を探して、千里の里を旅をするというもの。
どうやらそこまで映画は有名ではないようで、あまり会場には人の姿は見られない。二人は最前席で、悠々と映画を鑑賞している。
「うぐ……」
理沙は泣いた。
クライマックスで子猫たちは、親猫と再開することが出来た。感動的な再開であった。
「うぐ……」
そして泣いているのは、愛九も同じであった。顔をクシャクシャにして、ボロボロと涙を流しているではないか。それほどまでに心を揺れ動かされたのだ。
「あ、愛九も、うぐ……泣いてるの……?」
「うん……」
そして映画は感動的な結末を見せて、上映を終えた。
暴動の方もクライマックスを越えて、エンディングを迎えた。暴動は二人の力を持って、何とか沈静まで至った。もちろんだが、怪我人は大勢出てしまった。だが彼らは全員軽症で済んで、死者が出ることはなかった。
「いやーいい映画だった!明日から私また頑張れる!」
「うん!」
涙を流してスッキリすると、二人は映画館から退出。既に外は夕方を迎えており、色鮮やかな夕日が町を染め上げていた。
それから二人はレストランで軽食を食べてから、デートを終えることにした。
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