勉強会と世界侵略
「よっしゃー!午前授業は最高だぜ!」
「だよな!それじゃ、遊びに行こうぜ!」
「おうよ!」
受験が近づくと、愛九の通学する高校の日程はかなり緩さを見せてくる。京心付属高校では受験者が各々自主性を持って受験勉強が出来るようにと、学校側が配慮しているのだ。
なので今日は平日だったのだが、授業は既に午前で終了。今はまだ9時辺りである。学校から開放された愛九は自宅に帰宅して、世界侵略を着実に進むようと考えていた。
だがしかし玄関を開くと、妹と遭遇。
「あれ?お兄ちゃん、もう高校終わったの?」
「僕の学校では受験期は特別な日程になってるんだよ。だから平日は基本的には午前だけで終わる」
「いいなー!って、それならさ、私達に勉強教えてよ!」
「勉強?」
「うん!ほら、こっちこっち!」
妹から手を引かれながら、框に上がってリビングに移動していくと、そこには妹の友達の姿があった。人数は十人程度。
勉強会を開催しているらしい。中学校でも今は受験期に差し掛かっている。だからこうやって一緒に勉強をしているのだろう。
「ほら、みんな!京心附属高校に通ってる私の自慢のお兄ちゃん、連れてきたよ!」
「え?」
妹がリビングに入った瞬間、彼女の友達に紹介したのだ。
愛九は困惑した。
「すっげえ!京心付属だってよ!あんなエリート高校のお兄さんがいるなんて!」
だがしかし、既に妹の友達は興奮を顕にしていた。
「いっつもあんた、お兄さんの事、自慢してるもんね」
友達の告発により、妹は顔を赤面させた。
「し、してないし!」
「してる」
「……」
「でもいいの、お兄さん?大学受験で忙しくないんですか?」
妹の友達が真摯に訊いてきたので、愛九も真摯に答えた。
「大丈夫、もし僕でも良ければ、先生になるよ」
愛九は仕事を引き受けた。だがその前に一つだけ持ってくる物があるのだ。
「でもちょっと自室に忘れ物したから、それ取ってくる」
そう言い残すと、愛九は自宅の二階に移動していった。
自室に入ると、机の上に置かれているタブレットに手を伸ばした。
「これこれ」
愛九は先日、プログラミングのスキルを活用して、ある一つのアプリケーションを構築していた。これまで沢山設置してきた監視カメラの数が多くなってきたので、それらを統括的に管理する為のものだ。
インターフェイス、つまりアプリケーションの画面は大まかに2つに分かれる。
1つ目は、監視カメラの映像が映し出されるメインフレームだ。まず中央に首相官邸の監視カメラの映像が流れており、その周辺を取り囲むようにIRの操縦者の監視カメラの映像が用意されている。これだけでも既に日本の軍事を操作しているようなものだ。
2つ目は、脇の方に小さく映し出される超日本列島のマップの概略図である。これはリアルタイム更新機能がついているので複数機動しているIR達の居場所を俯瞰的に眺めることが出来る。
愛九が構築したアプリケーションは、まるでMOBAと呼ばれるゲームに似たデザインをしていた。誰でも一目瞭然であり使いやすい。
そんなアプリケーションが導入されたタブレットを、愛九は二階の自室から持ってくると、リビングでの勉強会に入っていった。
「よし、今日はベートーヴェンの気分だな」
愛九はリビングにつくと、テーブルに置いてあるスピーカーを起動させる。選んだ曲は、ベートーヴェンによる交響曲第三番、英雄(Eroica)だった。参考URL(https://youtu.be/dTbesxdLwo8)
交響曲第3番 変ホ長調 作品55 英雄の第1楽章で流れるオープニングコードは、古典派音楽から来るべき次なる時代への展望を色鮮やかに予期させる。フランス革命という激動の時代の中に生きたベートーヴェンの無限なる創造性は、沸騰寸前まで煮えたぎり、ハイドン、モーツァルトといった先人が完成させた古典派の交響曲の様式から出発しつつも、彼は英雄という巨大な作品を表現することで独創性を爆発させ、一つの芸術様式を革命的に拡大させていったのだ。
つまり、ロマン派の芽の息吹が、愛九の鼻腔と精神を雄大にくすぐっているのだ。
ナポレオンがフランス革命を敢行しているような、そんな雄大な気分に浸りながら、愛九は名馬の代わりに、軍事強化されたIR機体を超日本列島に配置させる。
「超日本帝国軍、出動開始!進撃しろ!!!」
「愛九お兄さん、ここの問題はどうやって解くの?」
妹の友達の一人が、タブレットに夢中になる愛九に質問を投げかけた。
「この問題はね……」
愛九はタブレットから目を逸らしてから、真剣に彼女の問題を分析していく。そして女子中学生に熱心に教授したのだ。ただ口頭で教えるのではなく、分かりやすいように視覚的に図を書きながら、そして幾重にもレトリックを巧みに織り込みながら。
「実は、この問題はこうやって視点を変えると、簡単になるんだ。図で表すと、こんな感じ」
「あ、凄い!お兄さん、妹がいっつも自慢してるように、本当に天才なんですね!」
「だからしてないって!」
妹が否定する。
「……」
愛九は家庭教師をしながらも、当然、日本侵略の真っ最中であった。
先日から特定した地元の謎の能力者達を駆逐しながら、抵抗軍が立て籠もる北海道全土に進撃していくのだ。先日完成された超日本列島を強化IR機体が闊歩していく。
超日本列島はMOBAのマップのように、大まかに言えば、斜めに配置された四角形である。
超日本列島は3つの区間によって区分される。日本海側に沿う土地をトップレーン、中央側の土地をミッドレーン、そして太平洋側を沿う土地、つまり元々日本にあった古来の土地を、ボトムレーンと呼ぶのだ。
また超日本列島の各所には、自然区域が遍在する。その自然区域はジャングルと呼ばれる。
勉強会の途中、妹の友達は愛九の天才ぶりを目の当たりにして、思わず感激していた。
「愛九お兄さんって、素敵だよね!」
「でしょ!だって、私のお兄ちゃんだから!」
えっへん!と妹が胸を張って、威張り散らかす。
「愛九お兄さんって、きっと、心も綺麗な人なんでしょうね……」
妹の女子友達は、タブレット画面を照射する愛九に尊敬の眼差しを投げかけていた。
その時、愛九は妹の友達の勉強の様子を見ながらも、同時に想像も出来ない行為を行っていた。
「EQ200の天才に歯向かう虫けらどもめ!!!」
愛九は心中で聞くに堪えない暴言を吐きながら、超日本列島で虐殺行為をしていたのだ。その姿は横から見れば、ただのゲーマーとして勘違いされるだろうが、実は世界侵略を敢行している最中である。
「バッドエンド!バッドエンド!バッドエンド!」
IR達は、各都道府県に散乱する能力者たちを一蹴していく。彼らはEQ200の天才に歯向かった罪によって粛清された。
丁度、ベートーヴェン作曲による交響曲英雄の第1楽章の最後部分、その盛り上がりの部分も重なって、愛九はまるでナポレオンのような気分にもなっていた。
その時だった。
「こら、小さな虫に、意地悪するは良くないよ」
「え?」
愛九はタブレット画面から目線を逸らすと、リビングに立っている妹の友達にそう注意したのだ。どうやら彼女は自宅の中に現れた虫に対して、非人道的な行為を働きかけようとしていたらしい。
「でも、こんな小さいんだし、別に良いじゃないですか」
「駄目だよ」
そう言いながら、愛九は妹の友達の手から、小さな虫を救い出した。
てんとう虫だった。赤色と黒色のコントラストが際立つ、小さくて美しい生物である。どうやら誤って自宅の窓からでも入ってきて、出られなくなったのだろう。
「ほら、てんとう虫だって、精一杯生きてるんだ。身体が小さいからって、命の大切さには変わりはない。命は平等だよ」
「ご、ごめんなさい……」
高校生の愛九から叱られた彼女は今にも泣き出しそうだが、愛九が頭を撫でる。
「分かってくれれば、いいんだ」
「愛九お兄さんの手、温かい……」
すると愛九はてんとう虫を手のひらに乗せながら、外に自由にしてやろうとすると、道中に衝撃的な出来事が彼を襲う。
「いだ……」
なんと、生命を救った張本人である愛九は、てんとう虫から噛まれてしまったのだ!なんということだろう、小さなてんとう虫は愛九の優しさなど、認知できなかったのだ!
「……」
だがしかし、愛九は偉大なる慈悲を持って、てんとう虫の頭を撫でると、彼を窓から優しく自由にしてやったのだ。てんとう虫は優雅に羽根を広げて、住処に帰化していった。
「かっこいい!どこまでもついていきます!兄貴!」
とそんな小さな虫に優しさを見せる愛九に対して、妹の友達の一人である章は、感激したのだ。
「京心付属で頭も良いだけじゃなくて、そうやって虫にも優しいなんて……本当に尊敬します!」
愛九は照れながらも、ただの事実を告げる。
「僕はただ努力を積んできただけだよ」
「なんて謙虚なんだ……一生ついていきます……」
章はほとほと感心していると、愛九は再び、タブレットに夢中になった。
「あの……」
妹の友達の一人が愛九に話しかけてきた。
「そう言えば、お兄さん、さっきからタブレットで何してるの?」
という質問に対して、他の友だちが妥当な答えを出した。
「もしかしてMOBA?私、好きなんだよね、あれ!」
MOBA。マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ、リアルタイムで行われる戦略ゲームのことである。複数のプレイヤーが2つのチームに分かれ、各プレイヤーはRTSゲームの要領でキャラクターを操作し、味方と協力しながら敵チームの本拠地を破壊して勝利を目指すスタイルのゲームだ。
だがしかしその回答は間違っていた。だからそれを訂正するために、
「ううん、これはゲームじゃなくて、現実、そう、世界侵略だよ。実は僕はQで、今、超日本列島を蹂躙しているんだ」
と、愛九は真摯な心を持って、そう正直に告白した。
「え……?」
「……」
瞬間、全員が勉強する手を止めて、愛九に視線を注ぎ込む。
リビングの空間には、タブレットから流れる生々しい戦闘音がただ響き渡る。軍事用IR機が超日本列島を蹂躙していく音。能力者が次々と惨殺されていく生々しい音。だかしかしそれらはただのゲームBGMとして、中学生たちの耳には処理させていくのであった。
そして刹那を経て、みんなは一様に笑い出したのだ。
「……ぷ」
「あはは!愛九お兄ちゃんって、面白い!」
「天才だし、それに冗談も出来る!」
「さすが、俺の兄貴!……あ、そろそろ喉乾いたので、お茶とかもらっていいですか?」
などという意見が散乱しているのが、事実であることに揺るぎない。
「お兄ちゃん凄い……私、照れちゃうな……」
すると妹までもが頬を桜色に桃面させたのだ。
「いや、あんたの事、褒めてないし」
「そうだ、お前は勉強できないじゃないか」
「あんた、お兄さんからちゃんと遺伝子受け継いでるの?もしかして隠し子とか?どっち?」
「ち、違うし!ひ、酷いよ!え、どっち……?」
妹に対しては散々な酷い言われようだった。
「……」
そして愛九は三度タブレットに視線を注ぎ込んでいく。
妹の友達の勉強会と世界侵略を同時進行で進めていくのだった。
「よし、ここからだ」
愛九は気を引き締めて、呟いた。
地元に拡散する謎の能力者達が消えても、しかしながら、未だに大きな問題が屹立していた。既に侵略が進んだ新日本でも、未だに抵抗軍の存在があったのだ。彼らはQという謎の人物に対して異を唱えて、それを具体的に行動で示した。
抵抗軍は厄介なことに、我々超日本帝国と比肩しかねない軍事力を持っていると言わざるを得ない。彼らは日本の主要な基地から沢山のIRを盗んでいったからである。
抵抗軍の基地は、新日本大陸から切り離された北海道、そして北端の島国に位置する。そこで彼ら立てこもっている。
本来なら、既に僕は侵略の羽根を世界に広げてしまいたい。でもこの抵抗軍の存在のせいで、それが出来ないのだ。もし僕が他国に侵略をするならば、その間に抵抗軍から襲撃されてしまう可能性が大いにあるから。
よって、最も優先される課題は、抵抗軍の軍事施設壊滅にあると言っても過言ではない。
なので愛九は既にその計画を開始していた。
創られた巨大IR達を操って、北海道前まで移動させているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます