一章 第一話 机の下から始まる世界侵略

 無事に高校に入学。

 僕は運命の時を待ち望んでいた。

 というのも、EQ200の天才に託されたこの能力は、まだ第第的に使用することは避けていたのだ。理由は様々あるのだが、計画の大規模さが関係してくる。


 そして遂に時は満ちた。

 高校三年生になった僕たちは、所謂受験期に突入した。憧れの大学に行くために必死に勉学を重ねていく重要な期間である。特にこの進学校ではその傾向が顕著である。

 だがしかし僕だけは勉強など必要ない。既に学力という点において世界最高峰である京心大学模試でS+を取っている。


 それでは、僕は授業中にどんな事をしているかというと。

 内職である。内職とは授業中に机の下などで関係のない行為に殉ずることである。例えば、ゲームをしたり、スマホを操ったり。

 だが僕はそんな非生産的な行為には時間を費やさない。僕の内職は、人類の為に行うのだ。悪を断絶して、理想郷を創り上げる。

 

 それでは、僕はどんな内職をしているかというと。

 世界侵略である。

 僕は今から世界を支配するつもりだ。人を操るという能力を使って日本をコントロールし、それを基盤に、世界へと段々と支配の足を伸ばしていく。


 まさか、世界征服の一歩が高校の机の下から始まるなんて、誰が想像できただろうか?


「……」

 僕の席は教室で一番後ろであり、窓側に接している。基本的に後ろから覗かれる心配もないし、前からも同様である。

 ただ一つだけ問題が。

「あれ、愛九君、内職なんかしててもいいの?確か、京心受験だよね?」

 そうだ、隣の席の生徒はもちろん在籍しているし、今も授業を受けている。どうやら僕の内職を咎められたらしい。

 

 彼女の名前は、二巻理沙。

 才色兼備な女子生徒であり、学校でも男女とともに人気がある。黒髪ロングヘアーに日本人らしい凛とした顔つきをしている。


「ああ、それは問題ないよ。既に予習は済ませてるからさ。それに受験の方も模試で合格点を取ってるんだ」

「へー!やっぱり、愛九君って天才なんだね!私も京心受験なんだけど、まだまだだよ」

「そんな事ないよ。ただ地道に努力してきただけさ。それに、理沙も充分に凄いよ。京心なんて、普通なら受験すらしないんだし」

「へへへ、ありがとう!」

 などという平和な会話をしていると、担当教師から叱咤を受けてしまう。


「ほらそこ、授業中に無駄話しない」

 という注意がけを飛ばしてきたのは、数学の教師であり同時にホームルームの担当でもあった。

「はーい」

 と理沙が舌を出しながら、

「すいません」

 と愛九は真摯に頭を下げる。


 二人の謝罪を受けて、女性教師はこちらから視線を外して、クラス全体に移動させた。そして棒を黒板に叩きながら、口を開く。

「良いですか、みなさん。受験期の授業は、貴方達の将来を大きく左右するものです。内職などという無駄な行為は謹んで、勉強に励みましょう」


「……」

 机の下にスマートフォンを移動させて、左手で持ち続ける。右手では適当に勉強でもしているフリでもしていればいい。別にしなくてもいいのだが。

 僕はこれからEQ200の日本の神であると主張するのだ。

 能力を使って他人を操作、殺人を犯す。自分の聖なる力を見せつけてから、残った首相候補を人質にして、日本を操っていく。


 僕はスマホの画面を眺める。 

 場所は国会議事堂。現在、二人の首相候補が国のトップになろうと、民主的な過程の元で争っているのだ。選挙期間は数日後に終了する。

 日本の政治が映し出された。二党に分かれて何かの議論を交わしているらしい。国内の経済状況、国外の情勢、そして、お互いの主張を展開する。

 

 まずは一度テストをしてみる必要がある。

 僕はスマホの画面越しに、片方の首相候補に視線を注いだ。彼の身体に一瞬だけ侵入すると、動作を確認した。大丈夫そうだ。全身を隈なく動かすことが出来る。

 動作確認を終えて、身体から抜け出す。そのまま僕は隣に立つ人物に視線を送った。この相手こそ、今僕が犯罪を犯そうとしている人間だ。


「それでは、次期首相候補である――さん、スピーチをお願いしま……ど、どうなされましたか?」

 進行担当がそう告げた瞬間だった。

 首相候補である片方の政治家を操作し始めた。先程まで自由に体躯を動かしていた彼は、途端に異様な行動を余儀なくされる。

 まるで全身が金縛りにでもあったかのようにぎこちない動きで、彼はピクピクしている。そして次の瞬間、なんと衝撃的な行動を取らされたのだ。


「ああああああ!!!」

 舌を噛みちぎって、ステージから倒れたのだ。

 刹那、出血多量で彼は即死。

「ぎゃあああ!!!」

 そして会場は絶叫の渦に包まれていった。満員状態だった観客たちは泣きながら会場から逃走を図る。

 唯一勇敢なのは、レポーターであった。凄惨な奇怪事件が発生したのに、何とか精神を冷静に保ち、状況を伝えていた。


「大変です!!!首相候補であった――が突然舌を噛みちぎって、倒れました!!!」

 ニュースは光速で伝わり、日本中に広がっていった。事件現場の京都から津々浦々まで広がっていき、隅々まで行き渡る。

 当然ながら、そしてニュースは遂に僕たちの教室の中にも伝播してきた。


「なんだ、これ?」

「やばいって、事件だ」

「嘘だろ、これ」

 教室中はパニックに陥った。先程の教師からの注意にもかかわらず、彼らは授業片手にスマホをイジっている人間もいるのだ。

 当然だろう。連日、日本の顔のように眺めてきた政治家が謎の人物によって操作されて、舌を噛みちぎられたのだ。

 異常事態である。それも、日本史上最大級のものだ。


「み、みんな!落ち着いて!」

 そんなクラスの喧騒を眺めながら、担当教師は何とか、生徒達を宥めようとしたが、彼女もその圧倒的な状況に対して屈してしまった。

「どうしたのかしら……」

 いつもは平常心で冷静沈着として定評のある彼女はニュースを目の当たりにすると、忽ち顔面蒼白になって、全身をワナワナと震わせていく。

「な、なによ、これ……」 

 ポツリと呟きながら、彼女はただスマホの画面に視線を注ぎ込むことしか出来なかった。

 

「これから僕の世界が始まるんだ」

 毎瞬ごと狂乱に包まれていく日本列島の様子を肌で感じながら、改めて一つの事実を悟る。

 僕は再び、犯罪を犯した。

 僕自身に宿る特殊な能力を使って、他人を操作し、命を奪ったのだ。それは全方向から分析しても、犯罪という言葉でしか形容できない。


 だが同時に、僕は善を行ったのだ。

 どういう事か。極めて簡単である。

「皆さん、安心してください」

 再び、先程の人物の身体に乗り移ってから、彼の口を借りて、日本にこう告げた。


「安心してください。彼は死に値する人物でした」

 さらに説明を続けていく。

「彼はこれまでの人生の中で、自分たちの利益のために、悪行を積み重ねてきたのです。脱税、賄賂、インサイダー取引――」

 そしてあらゆる種類の罪を立て並べていった。遂に自分の殺人の説明が終わると、

「私は犯罪者を成敗したのです。これは正義です」

 EQ200の天才の能力は、人類の幸福の為に使用されるべきなのだ。そしてその能力を与えられた僕は、その使命を果たすためにこの世界に誕生した。


 個は全体の為になら犠牲にされても構わないはずだ。

 そうだ。僕のやった犯罪、殺人は社会全体にとって善であったのだ。犯罪人である彼を潰し、社会の浄化をしたのだ。

「私は、感情を司るEQ200の天才、Qという者です」

 そして日本の歴史に一つの名前が刻まれた。

「これから私は、木戸哀田の身体を人質にして、日本そして世界を支配し、幸福な人類を創り上げます」

 木戸哀田、僕の父親の名前である。そして同時に次期首相候補でもある。著名な政治家として日本では有名だ。


「ど、どうなってんだ!!!」

「やばいって!日本やばい!」

「これからどうなるんだ!?」

 教室中では喧騒が頂点に達した。


「はいはい!みなさん、落ち着いて!」

「「「……」」」


 数学教師は手を叩いて、授業に集中を取り戻すように動作を行った。

「と、取り敢えず、静かにしましょうね……」

 という数学教師の声によって、何とか教室は騒ぎを鎮火。

 そして教室では、数学の授業が進められて、一つの難問に行き着いていた。


「この問題を解ける人、いませんか?」

 誰も解くことが出来ず、一人の天才に解を委ねられた。

「ええっと……それでは、この問題は、愛九君に解いてもらいましょう」

 スマホから目線を逸らすと、現実世界で僕は席から立ち上がり、数学の問題を解決した。

「i=9です」

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