EQ200

凛快天逸

0章 一話 いじめの目撃

 EQ200の天才として生まれてきた僕は、どこか普通の人と見る世界が違っていた。

 EQという概念は、心の知能指数を指し示す言葉である。自身や周囲の人達の感情を適切に察知し、うまく扱う能力で、複雑で入り組んだ社会を生きていく上で欠かさない。

 だがそのEQを極めて高く生まれ持った僕は、まさか、特殊な能力を持っていたのだ。


 小学校。

 僕が入学した学校は普通だった。特にエリート校でもなければ、最底辺というわけでもない。ただ中間に位置する平凡な教育施設。

 学校という環境において、時空を超えて存在するのがいじめだ。そして僕の通う小学校でも例外という事はなかった。


「おい、今日もパン買ってきたんだろうな?」

 いじめっ子のリーダー格の男子生徒は、いじめられっ娘の彼女に話しかける。

 昼休みの時間の教室。授業が終わって教師が外に出た途端に、いじめっ子の彼が声を上げたのだった。その間、他の生徒はただ昼食の準備を開始する。


「えっと、その、お金なくて、その……」

 いじめられっ娘は、気まずそうに答える。

「はああ!?」

「ご、ごめんなさい……」

「んじゃ、バツ決定な」

 いじめっ子のリーダーは無情にもそんな彼女に暴力を振るう。


「痛いよ……や、やめて……」

「てめぇが悪いんだろ!!!」

 と理不尽な台詞を吐きながら、彼は彼女を痛みつける。

「ちゃんと持ってこないのが悪いんだぞ」

「そ、そうだぞ」

 彼女を逃がさないようにと、リーダー格の部下たちだろうか、取り巻き二人が、取り囲むように立っている。一人はメガネを掛けている優等生。もう一人の方はあまり乗り気ではないらしい気弱な人物だ。どうやら戸惑っている風にも思える。


「誰か、助けなさいよ」

 そんないじめの現場を遠くから見ながら、クラスの生徒がポツリと呟いた。彼女は自分から問題に干渉していく積極性はないものの、それを問題と認識することは出来るのだ。他の生徒も同様である。

「無理よ」

「そうだ。あいつだしな」

 という結論。

 そして誰も助けの手を差し伸べる事はなく、いじめは紡がれていくのだった。


「……」

 一番後ろの席から、僕は、そんなイジメの様子を眺めていた。

 僕はずっと脳内でストーリーを描いていた。いじめっ子がいじめをやめるようにするシナリオだ。もし僕が神様なら、なんて考えてエンディングまで持っていくのだ。

 頭の中でストーリーを創る行為は、物心がついたときからの癖だった。社会の中で辛い状況に相対した時、それは顕著に姿を現した。

 本来なら、そんな脳内妄想など意味のない行為だ。

 でもそれはEQ200の僕にとって、現実となる。なぜなら僕には特別な力があるから。

 

「僕になら、出来るはずだ」

 力強く拳を握り込めてから、呟いた。

 僕の能力はきっと神様から与えられた特別な贈り物なんだ。ずっと善人として社会の為に奉仕しようと、悪を嫌い、正義を貫こうとしてきた。これこそが僕の使命。


 そして一つの決断を下した。それは自分の人生を根本的に変える決断だった。


「よし、操ってみよう」

 EQ200として生まれた僕には、人を操るという特殊な能力が宿っている。その事実には小学校に進学する前に気づいた。でも僕はそれを直ちに使用することはなかった。

 罪悪感が僕を縛ったのだ。EQが他の人よりも高いからといって、他人を操るという行為が正当化されるわけじゃない。他人は自分の意志で生活して、決断をし、そして人生を紡いでいく。もし僕が能力を使って横から介入していったら、それは何らかの罪になるはずだ。


 だからこれまで能力を封印していた。

 そしてこれからもその予定のはずだったのだが。

「や、やめてよ……」

「やだね」

 目の前で繰り広げられるイジメは、ただひたすら過激化していく。いじめっ子は苛烈な暴力を振るうまでに。そしていじめられっ娘の彼女は血を流す。

 僕は堪えられなかった。


 いじめっ子を直接操作して死に追いやるのは駄目だ。まずそんな異様な事態に発展したら、余計な注目を集めてしまうだけだ。僕の特殊能力に感づく人間もいるかもしれない。

 他にも理由がある。自然な過程で彼が死に追い込まれなければ、いじめられっ娘の彼女はきっと罪悪感を感じてしまうからだ。自分のせいで彼が死んでしまった、と。

 そこでEQ200の天才の脳内に、一つのストーリーが閃いた。


 一時間目が近づくと、いじめっ子達は教室から出ていった。そして教室内には平和が取り戻された。もっともいじめられっ娘の彼女の心は依然として抉られているのは変わりないのだが。


 僕は、彼女に近づいていった。

「――さん、大丈夫?」

 彼女は泣くのを隠しながら、答える。

「う、うん、平気」

 だがしかし彼女の顔は、返答と明らかな乖離を見せていた。

「僕がなんとかしてみせるよ。だから安心して」

 そう言うと、僕は彼女の席から離れていく。

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