第23話 ただ報われただけ

その日は雨だった。

空から激しい音と共に流れる雨だが、斬人の火を消す程の力は無い。

そもそも、生命力から変換された斬人の火は、水や真空で消せるものでは無かった。


『奈流芳一以が炎命炉刃金の返却を拒否』


四人一組の斬人が揃う。

隊長と慕われる斬人を筆頭に、奈流芳一以を追跡する部隊であった。

時計を確認する。期日までに返却しなければ、奈流芳一以は彼ら斬人に追われる存在となる。

そして、期日から一秒が過ぎたと同時。


『これにより、奈流芳一以を祅刀師と認定する』


奈流芳一以は斬人と成った。

これにより、祅刀師討伐部隊による奈流芳一以の制圧及び炎命炉刃金の回収。

まだ、言語が通じるのであれば、炎命炉刃金の返却により、奈流芳一以は軽い処罰を受ける程度で済む。

しかし…返却を拒否した場合…。


『それでも尚、返却を拒否した場合、奈流芳一以を処刑する』


奈流芳一以は祅刀師として処罰される。


『若いじゃないですか…まだ、子供だ』


抵抗すれば殺さなければならない。

それは仕方が無い事だとは言え、それでも気乗りしない部下たちに、隊長は告げる。


『それでも、誰かがやらなきゃ行けない事だからな…美味い牛丼ばっか、食える日なんてねぇよ』


そのまま、奈流芳一以を追跡する斬人たち。

刀を抱えたまま、奈流芳一以は雨の中を走っていた。


『はぁ…はッ』


そのまま、転び、奈流芳一以は炎命炉刃金を手から零す。

泥に濡れて、身も体も壊れた奈流芳一以は、泣きながら刀を握り締める。


『…なんで、俺…こんなに、責められてるんだよ』

『頑張った、だろ?助けたじゃないか、片目だって…失くしたのに…ッ』


幾ら泣き言を口にしても、奈流芳一以に手を差し伸ばす存在など、誰も居ない。


『なんで、俺、ばっかり…』


自分を呪う。

こんな目に遭うのは、全ては、己が奈流芳一以だからだ。

昔の事を思い出す、子供の頃は、楽しい事で溢れていた。

親しい友と過ごした日々を思い出す、それだけが、奈流芳一以の拠り所で…呪いに執着する原因と化す。


誰も助けない。

誰も奈流芳一以を憐れむ事無く呪っている。

自分自身、己に恨みすら抱いている。

全てが敵にすら思えた時。


『奈流芳一以を発見した』


追跡部隊が、奈流芳一以を発見した。


『奈流芳一以、一度だけ問う、炎命炉刃金を渡せ』


そうすれば、命だけは助かるだろう。

だが、奈流芳一以が刀を手放す事など出来はしない。

当たり前だ、奈流芳一以にとって、炎命炉刃金とは最早、自らの一部だ。


友との約束を誓ったこの刀を手放すと言う事は、その約束を反故にすると言う意味に繋がる。

それだけは出来ない、だから奈流芳一以は、炎命炉刃金を手放そうとはしなかった。


『隊長、抵抗はしてないっすよ、それでも、殺すんですか?』


部下の一人が隊長に言う。

自らが握り締める炎命炉刃金を構えたまま、隊長は歩き出す。


『…仕事だからな、抵抗しなくても、刀を手放さない以上は、反抗の意思があると言う事だ』


奈流芳一以は虚ろな目をしていた。

約束を守る為に存在していた奈流芳一以だったが、最早抵抗する気力も無かった。


『…悪いな』


炎命炉刃金を振り下ろす。

奈流芳一以を処刑しようとした瞬間。


『が…ァ…』


奈流芳一以の肉体から、多大な炎が噴出する。


『あ…あぁぁあッ』


その炎は、奈流芳一以が所持している炎命炉刃金へと集中していき。

奈流芳一以の意思に関係なく、鞘から炎命炉刃金が抜刀した。

同時。


出現するのは、黒の斬神。

奈流芳一以の前に立つのは、空間を歪む余波を放つ黒き剣士の姿。

その動きに、部下たちは驚いた。


『ッ、奈流芳一以の意思に関係なく、動いたのか!?』


『最上級大業物じゃないかよ、その、炎命炉刃金ッ!!』


隊長は下がると同時、部下の一人に声を掛ける。


『意志のある斬神…ッ、…火汲みの巫女を呼べ、暴走するぞッ』


奈流芳一以を守る様に刀を構える襲玄。

それは、彼を攻撃する者のみを選定して攻撃を行う。


辛うじて負傷したのは、奈流芳一以を処罰しようとした隊長一人のみ。

隊長は最上級大業物の炎命炉刃金との戦闘を弁えている。

意思を以て推参し、奈流芳一以を守護していると言う事は、奈流芳一以に攻撃を行う事で反撃する様になっているのだろう。


だが、それはあくまでも推察でしかない。

急激に変化を齎し、周囲のものを無差別に攻撃する可能性がある。

そうすれば、被害は甚大だろう。


強制的に斬神を破壊する事も出来るが…それだと周辺の被害は免れない。

まだ、周辺を移動し攻撃してない以上、早々に斬神を鎮めるのが一番だと判断。

結果、隊長は火汲みの巫女を呼ぶ選択を選んだ。


それが、奈流芳一以にとって重要な分岐点となった。

その場に訪れたのは、一人の女性。

車椅子に座り、ゆっくりと奈流芳一以の元へと来る…烽火妃だった。



『最上級大業物の炎命炉刃金、ですか…』


現場へ到着した烽火妃。

斬神よりも、先ず先に目に写ったのは、意識を失う奈流芳一以だった。


『…あぁ、なんて…なんて素晴らしい…』


烽火妃は即座に奈流芳一以を気に入った。

何処までも続く常しえの闇を抱く奈流芳一以に惚れたのだ。

同時に、その奈流芳一以を支えているのは炎命炉刃金である。

最上級大業物は意思を宿し、烽火妃は、斬神と対話を行う。


『…ですが、私の手では、その鎖を解くのは難しいでしょうね…特に、この斬神は…』


炎から見える斬神の守護。

それは、火汲みの巫女の手から守る為の防御にもなっている。

この状態で手を出す事は難しいと思った為に、先ずは斬神の鎮静を行う事にした。


『斬神、貴方は何を望むのですか?』


その問いに、斬神は奈流芳一以の傍に寄る。

奈流芳一以と、千子正宗の約束を果たさせる。

それが、斬神の役割、重責であると伝えた。


『…そうですか、では、貴方の望む通りに致しましょう』


奈流芳一以は、炎命炉刃金が無ければ生きられない。

斬神は、もしも奈流芳一以から己を引き離した時。

炎の全てを奪い、無差別に破壊する事を脅迫として告げた。

それはつまり、奈流芳一以以外に使われる事を拒否したのだ。

烽火妃も、奈流芳一以の炎全てを奪ってしまえば、生命力を失い死ぬ危険性がある。

だから、その条件を飲む。


時間さえあれば、他にやりようはあるのだと、烽火妃は思ったからだ。

だから代わりに烽火妃は条件を斬神に出す。


『但し、規約違反は免れません』


既に祅刀師として認められた奈流芳一以。

それを撤廃するには相応の理由が必要だ。

それは、奈流芳一以が所持する炎命炉刃金が、奈流芳一以しか認めていないと言う事。

これは事実であるが、だとすれば、奈流芳一以は行動を制限され、炎命炉刃金と共に幽閉される。

重要なのは、奈流芳一以が最低限の、最上級大業物を使用する程の実力があるかどうか、と言う事。


『…なので、その罪を償って貰います…此処に、無銘の炎命炉刃金があります、これより奈流芳一以はこの刀を使い、祅霊を殺し、斬神を発現させなさい』


…それは、斬人にとっての最終試験。

斬神を生み出す事で、斬人として存在する事を許される、証明の一つ。

奈流芳一以に授ける違反の罰則は、祅霊を殺し尽くし、斬神を発現させる事と断定した。


『そして…その刀は、私に献上する事で、全てを不問と致しましょう』


斬神はこれに了承した。

意識を失っていた奈流芳一以を残し、刀身の中へと戻る。

目を瞑り眠る奈流芳一以の頬に触れて、烽火妃は舌なめずりをする。


『絶対に…逃がしませんからね…?』


奈流芳一以との繋がりを得る為に、自分が優遇する条件を下した。

これにより、奈流芳一以は、千子正宗の炎命炉刃金を所持する事が許可されたのだった。


医療機関『天照命』。


『…ぁ』


次に目を覚ましたのは、病室。

手元に、奈流芳一以の炎命炉刃金が其処にある。


知らず内に、奈流芳一以を守った斬神だが、奈流芳一以にとってはどうでも良い話だった。


後に、斬人が来て、事情を話した。

これから、奈流芳一以は斬人となる為に、斬神を発現させなければならない事。

その為に、祅霊と戦わなければならない、と言う事。


『…無理だ、俺は…もう…』


祅霊と戦うなんて、恐怖しか抱かない。

奈流芳一以の心は辛うじて、炎命炉刃金が取り繕ってくれているに過ぎない。

これ以上の責務は、炎命炉刃金があっても、何とかはならないだろう。


心が潰れかけていた時。

奈流芳一以の元に、一人の人物がやってきた。


『…?』


最初、奈流芳一以は誰か分からなかった。

背が低くて、胸部や臀部がふくよかになった女性。

真っ白な髪の毛は結んでおらず地面に向けて垂れていて、猫の様に鋭い琥珀色の瞳で、奈流芳一以を睨んでいる。


『…お前、は』


集中治療室にて、意識不明だった筈の宝蔵院珠瑜が其処に居た。

歩ける様になるまでに、元気になったらしい。

だが、そんな彼女を見ても、奈流芳一以は喜べない。


『…ボクを、どうして助けた?』


その表情は奈流芳一以を恨んでいる。

…助けた相手にまで、恨まれている。

最早、奈流芳一以の心は限界だった。


『…俺は、約束、したから』


拒否されるのを恐れる。

また批難される事に怯える。

それでも、奈流芳一以は答えた。


『救けてくれと、言われた、から、大事な、友達から…』


弱々しい言葉。

その言葉に、宝蔵院珠瑜は憤る。


『ふざけるなよ…他の誰に言われた所で…』


あぁ、まただ。

誰も、奈流芳一以を必要としない。

この約束ですらも、心苦しい生き地獄。

そう思っていた。


『ボクを助けたのはキミだ、キミなんだ』


だけど違う。

宝蔵院珠瑜は、奈流芳一以を見ていた。

彼女を救った、奈流芳一以の事だけを見つめていた。


『他の誰でもない、この命を救ってくれたのは、キミなんだよ』


その時。

奈流芳一以は、少なからず。

彼女の言葉に救われた。


『だから、許さないぞ、ボクにはもう、居場所がない、ボクを助けた責任を取れ、最後まで、だ…っ』


全ての感情が流された。

暗闇の世界に、光が射し込んだ。


『じゃないと、ボクは、キミに、ありがとうなんて、言ったりしないんだからなッ』


涙を流している宝蔵院珠瑜。

感極まった彼女の表情を見て、奈流芳一以も涙を流した。


『…うん、うんッ…あり、がとう…ありがとう…ッ』


奈流芳一以は、手で顔を隠して、彼女に感謝の言葉を告げる。

彼女の言葉で、全てが報われた気がした。


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