下ネタだけなら7か国語喋れるクラスのマドンナと仲良くなった。

朱之ユク

第1話 出会いはからかい

 英語を喋れるとかロシア語を喋れるとか、そんな能力がいったいどれくらい大切なんだろう。

 僕――雨夜サクヤ(あめよるサクヤ)は一人自問しながら校門を抜けた。

 好きでもないのに英語を勉強させられるものの気持ちを考えたことが有るのだろうか?

 どうせ日本から出ていかないのに、どうしてこんなにきつい勉強をさせられているのだろうか。

 そもそもの話、目的もないのに勉強をすることがどれくらい難しいか知らない人の方が多いのだ。

 アニメを見たいから日本語を勉強する、韓流アイドルが好きだから韓国語を勉強する、アメリカ人と付き合いたいから英語を勉強する。

 そんな目的が会ったら自然に覚えているだろう。

 もっともの話。

 もしそんなことが有りえるなら僕はあらゆる国の言語の下ネタを制覇していることだろう。

 だけど、残念ながらそんな気配は全くなかった。


 朝、学校に登校するとクラスメイトが教室で叫んでいる。

 僕はその中をかき分けて、誰ともしゃべることなく椅子に座った。


「Чин Чин! Чин Чин! Чин Чин!!!」


 元気だな。

 クラスのマドンナと言われる女の子がロシア語っぽい言語で何かを叫んでいた。楽しそうに学校生活を送っている。

 ロシア語なんて喋れないからマドンナさんが何を言っているのかは全く分からない。

 まあ、仲間にたくさん囲まれて大きな声を出しているんだから幸せなのは間違いないか。

 いつも一人でいる僕にとっては眩しい存在だ。

 彼女の名前はたしか……。


「よう、サクヤ。おはよう!」


 いきなり話しかけてきたのはたまに僕に話しかけてくれるクラスの男の子だった。髪の毛を短く切りそろえて、スポーツマンのような風格がある。実際にサッカーをバリバリにプレイしているのだからスポーツマンなのだろう。

 女の子からの人気も高く彼女もいる。

 

 いつも教室の隅の方で一人で読書している僕とは大違いだ。

 いや、でも僕は自分が好きで一人でいるんだから、みんなと触れ合うことが好きそうな君が騒いでいるのと同じかもしれない。

 結論。

 僕たちは似た者同士だ。


「どうした?」

「どうしたって、冷たいな。そこはおはようとかだろ? まったく相変わらず暗いな。前髪無ければもう少しモテるんじゃないのか?」


 そういって彼は僕の前髪をかき上げてくる。目元まで生えていて目の形が分からないというのが彼の言い分だ。

 鬱陶しいから止めてくれ。


「悪い悪い。そんな目で見るなよ」

「別に」

「それにしても相変わらず綺麗な目……まあ、いいや。それよりもお前、あの噂は聞いたか?」

「噂?」

「ああ、あそこにいるクラスのマドンナの氷宮スズカちゃん。彼女がとんでもなくエロいって噂だよ」


 そうやって彼が指を指したのは先ほどロシア語で何かを叫んでいた女の子の方だ。

 思い出した。

 彼女の名前は氷宮スズカ。

 この学校のマドンナだ。

 ああ、また根も葉もないうわさか。

 そりゃ人間なんだからエロい時もあるだろうに、どうしてそんな噂をみんな信じるんだろうか?

 僕は絶対に信じないぞ、そんな噂は!

 そんな噂は気にならない。


「どれくらいエロいんだ?」


 だからこの質問は噂が気になったから聞くんじゃない。

 信じてくれ。


「ああ、なんか四六時中下ネタを言って、発情しているって噂だ。なんと知らない男に対して『お前のち〇ち〇を出せ!』とか言ってるらしい」


 そんな噂は信じない。


「夢があるね」

「そうだろ? 今から俺一発頼んでやらせてくれないか聞いてくる。俺頑張ってくるから見ててくれ」

「おいおいおい、そんな羨ましい……じゃなかった。そんなハレンチなことしたらダメだろ。それに友達が多いんだからそんなこと言ったらすぐに広まるよ」

「……でも、どうしてあきらめきれない」


 イケメンくんの言い分では「あんなにかわいい女の子が下ネタ好きとか最高じゃないか。思い出づくりに一発だけしても良いと思うんだ」というらしい。

 たしかに氷宮さんはかわいい。

 その綺麗な流した黒髪はまるで綺麗な氷細工のようにきめ細やかで見るものすべてを魅了する。

 ぱっちりとした瞳は見るものすべてを彼女に引き込む。

 あんなに美しい人はおそらく今後この学校には現れないだろう。


「大体お前彼女いるだろ」

「あ、知ってたの?」

「知ってるに決まっているだろ。女子たちが噂していたんだ」

「嘘つけ。お前の魅力を知らない女子たちがお前に噂話を話すわけないだろ」

「馬鹿め。僕は女子が噂しているところを本を読むふりをして聞いていただけだ」


 自分で言っていて悲しくなってくる。別に一人は好きだけど一人でいるところをバカにされるのは嫌だ。

 なんか悔しいな。


 イケメンの彼はすぐにどこかに行った。

 おそらく他の友達を探しに行ったんだろう。

 僕にとっては数少ない友人でも、彼にとっては有象無象の一人だ。

 僕だけが友達というわけではない。

 きっと噂をいろんな人に広めることにしたんだろう。


「まあ、別にいいか。僕がマドンナと付き合えるわけじゃないんだから」


 さっきはいろいろと理由をつけて氷宮さんにナンパしないようにしたけど、本当のところはあのイケメンが氷宮さんといろいろするのが許せなかっただけだ。

 僕と氷宮さんが付き合える可能性は限りなくゼロに近いけど、だけど、イケメンスポーツマンくんが氷宮さんと付き合うのはなんだかイヤだったんだ。

 ごめんね。

 そろそろ授業が始まる。

 1限目は英語の授業だ。

 予習プリントを取り出す。


「あっ、ここの英訳やってない」


 僕はそのプリントの中に不備を見つけた。

 なんてことはない。

 僕が昨日解いていて分からなくて飛ばしたものだ。

 簡単な英語だからすぐにスマホを取り出して和訳しようとしたその瞬間だった。


「間違えた」


 間違えて音声翻訳のボタンを押してしまったのだ。まあ、こんなものはすぐにタップすれば治る。

 その瞬間だった。


「少年よ! Чин Чинを出せ!」


 氷宮さんが目の前やってきて僕にその言葉を投げかけてきたのだ。


「氷宮さん? どうしたの?」

「そうすれば君のЧин Чинをsuckしてあげるよ」

「?」


 先ほどまで噂していた氷宮さんが僕の目の前に立って指を指してきた。僕はその状況に混乱してしまって、上手く反応できない。

 氷宮さんは僕のことを見てとても興味深そうに眺めてくる。

 なにか僕の反応を伺ってくるようだ。

 そして。


「クスっ」


 笑われた。


「えっと……僕になにか用でもあるの?」

「あっはっは。ウケる。何でもないよ、何でもない。ただ私は思っただけなの。無知とは恐ろしいものだってね」

「?」


 氷宮さんってこんな人だったんだ。

 案外あの噂のとんでもなくエロいっていうのは間違っていないのかもしれない。よく見れば胸も膨らんでるし、唇も艶っぽい。

 女の魅力というものが溢れだしていた。


「まあ、無知な君はそのままでいるといいさ。私の言ったことの意味も理解できずにね」

「ん?」


 彼女が何を言っているか本当に分からない。


「でも」


 氷宮さんは重大そうな顔つきをして僕に向かって言ってくる。


「……でも、もし私の言っていることが理解できたならキモチいい思いをさせてあげるよ」

「ゴクリ」


 ごめんね、イケメンくん。

 僕は君の言ったことを嘘だと思っていた。

 根拠のない噂だと思っていた。

 だけど、あの噂は本当だったんだ。


「氷宮スズカはとんでもなくエロい」


 あの噂は本当だった。

 私の言っていることを理解出来たらキモチいい思いをさせてあげる。

 それはつまりエッチなことをしてくれるという意味ではないのだろうか。……いや、待った。

 僕は一体どうしてこんなにも興奮しているんだろう。落ち着け。


「君、心の声が漏れているよ」

「あっ、ごめんなさい」

「別にいいよ。私がエロいのは本当だからね」

「そうなんですか?」


 クソっ!

 高校生なのに性に目覚めた中学生みたいにこの氷宮さんに引きずり込まれていく。

 下ネタに興味をそそられるのは恥ずかしいことなのに。


「私だって人間だからね。『激动』したら『수음』もするし、『Dildo』を使って『punto G』を刺激したりするの。もう一度言うけど私だって女の子なんだからね。それくらいはするよ」

「? 良くわかりませんけど氷宮さんって英語得意なんですね?」

「『tits!!!』 その通り。覚えておくといい。私は英語だけじゃなくてロシア語も韓国語も中国語もスペイン語もフランス語も喋れるんだ! すごいでしょ!」

「すごい」


 日本語も含めたら7か国語も喋れるんだ。そんな人は初めて見た。トリリンガルのさらに上を行くセブンリンガルか。

 すごすぎる。

 ここまで行くともはや神の領域。

 どこら辺がエロいのか分からなかったけど、きっと僕と釣り合わないくらいすごいんだろうな。


「じゃあね、サクヤくん。私の『shape of vagina』は忘れないでね! いつか君も使うことになるかもしれないから」

「はい」

「ヤバい。そろそろイキそう」


 確かに先生はそろそろキそうだ。

 貴重な体験だった。7つの言語を完璧に操るとは思っていなかった。

 氷宮さんってすごいんだな。

 何を言っているのかはよく分からなかったけど、あんなにたくさんの言語を喋るのは努力の結晶に違いない。

 褒めたたえないと。

 やっぱり僕なんかじゃ絶対に釣り合わない人だ。

 下ネタに反応してしまうバカな脳みそを持っている僕には彼女は釣り合わない。

 

 チャイムの音が鳴る。

 先生が教室に入ってくる。

 ヤバい。

 英語の翻訳をしていなかった。

 そう思ってスマホを見ると、衝撃の文言が書かれていた。


『少年よ! Чин Чинを出せ!』


 その言葉が日本語に翻訳されていたのだ。


「……この翻訳本当にあってるの?」

 

 何度見ても理解できない。

 氷宮さんが本当にこんなことを言っていたのか?

 信じられないと思いながら僕はスマホを眺めていると、英語の授業をしていた先生が僕を当てた。


「じゃあ、サクヤくん。君がこの問題の翻訳をして!」

「え? 僕?」


 マズイ。

 スマホの画面に気を取られすぎて授業を聞いていなかった。

 だけど、これは仕方ないと思う。

 みんなも見れば驚くはずだ。

 だって。


『少年よ! ち〇ち〇を出せ!』


 翻訳された文字がそんなのだったら誰だって意表を突かれると思うからだ。




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