第37話 BL詳しくないとか絶対嘘だろ

 カシャ、と音がして我に返ると、米村がウイッグをイジられている智紀にカメラを向けていた。

「嫌なら言ってくれ」

 ダルそうに言いながら、勝手にカシャカシャシャッターを押している。

「米村っち、ちゃんと許可取ってからだよ!」

 茉莉花が米村を叱る。米村は一瞬だけシャッターの手を止めて、智紀をじっと見た。

「嫌だったか」

「いえ。その、嫌とかじゃないんですけど。何が目的ですか?」

「いや、おもしれえな、と思って。メイキングっつーの?」

 米村は、撮った写真をチェックしながら言った。

「コスプレとか興味ねーけど。でも何かが出来上がっていくのはおもしれえなと思って。写真映えする顔してるし。まあ嫌ならやめるけど」

「メイキング!いいじゃん!」

 智紀の代わりに茉莉花がキャッキャと答える。

「いいよね。メイキング。完成品もいいけど、出来上がる工程もいいよね!」

「狭山に聞いてねえけど。で、どうなの?嫌?」

「あー……SNSとかに、上げないなら……」

「上げねーよ」

「じゃあ……」

 持ち前の流されやすさで、智紀は許可してしまった。



 ウィッグの調整が終わった。

 茉莉花は調整した二つのウィッグを丁寧にしまう。

「箱に入れたから、撮影まで崩さないようにね。お兄様に一応被ってもらって後で写真送って。あ、米村っち、よかったら米村っちも撮影来なよ。いいメイキング撮らせてあげまっせー」

「興味はあるな」

 米村はダルそうなくせに乗り気な返事をする。


 智紀はふと疑問に思った。

「その前に、どこでやるんですか?前にロケーション探し中途半端になってた気がするんですが」

「さっちんの部屋」

「さっちんの部屋……え?うち!?」

 智紀は慌てた。

「そんなの、いつ決まったんですか!?」

「お兄様に、『弟ちゃんは外より部屋でイチャイチャしたい派らしいんだけどどこがいいと思う?』って前にメッセージ送ったらさ」

「語弊!!」

 智紀は赤くなる。

「『俺もイチャイチャは部屋でしたい派です』って返って来てさ」

「兄貴も兄貴で何言ってんだよ」

「で、じゃあさっちんの部屋でするかってことに。お兄様はいいって言ってたけど」

「ええ……」

 智紀はちょっと否定的な声を上げた。しかしよく考えてみれば、逆に家以外でやる場所はない気がする。茉莉花の家はだめだと言っていたし。

「でもそれしかないよなぁ」

 腹をくくるように智紀は呟いた。茉莉花は智紀に言い訳するように言った。

「ちゃんとお兄様だけじゃなく、ご両親とさっちんのヘルパーさんにも許可取ったよ」

「まって!」

 智紀は聞き捨てならない言葉に慌てた。

「いつの間にうちの親にも!?てかヘルパーさんにも!?」

「だって、お家借りるならちゃんと家主に許可取らないと。あと、うるさくするのって、さっちんの体調にも影響したらだめだから一応ヘルパーさんにも……そしたら、ヘルパーさんは、『もしさち子さんに秘密にしたいなら、その間にさち子さんお散歩に連れていきましょうか』って言ってくれてね。まあさっちんの体調が悪かったりするならその時はちゃんと遠慮するから」

 知らないうちに完璧に準備が進んでいるのに、智紀はクラクラしてきた。

「茉莉花さんって……凄いですね……」

「こう見えて、仕事ができる女って、バイトでもゼミでも褒められてんだよ」

 茉莉花はドヤ顔をしてみせる。

「だから、あとで一応米村っちみたいな怪しい成人男性も参加していいか確認するね」

「俺って怪しい?」

 ちょっと不満げに口を尖らせる米村を無視して、茉莉花は「ギャッ」と言いながら立ち上がった。

「ヤバいヤバい、バイト時間ギリギリ!じゃ、また連絡するね!米村っち、あとはよろしくー」


 バタバタと走って部屋を慌ただしく去っていく茉莉花を見送りながら、米村がぽんと優しく智紀の肩を叩いた。

「全く事情がわかんねーけど、オタクの行動力には敵わねえよな」

「いや、でもそれくらいじゃないと進まないでありがたいですよ。あと、米村さんが来てくれるのって、考えようによっては少し心強い気がします」

「お前はいい子だな。顔もいいし、モテるだろ」

「いや、全然モテないですよ」

「そんな事ねえだろうが。俺が女だったら……」


「ストップ!!その台詞は良くないとおもいます!!」

 部屋のドアのところから鋭い声が上がった。

 幸田の声だ。

「あー、幸田さん遅いよ。茉莉花さんもうバイト行って帰っちゃったよ」

 文句を言う智紀に、幸田は何やら怒った顔をしてある。

「だって補習あったんだもん。竹中くんが心細いから一緒に来てっていうから急いで終わらせて来たんだよ。それより!おばあちゃんの知らないところで別カプ作ってるのは良くないと思います!」

「は?」

「私が見たところ、竹中くんのおばあちゃん、かなりの頑固者……ああいうタイプはね、別カプは許せないタイプだよ!それなのに、それなのに……!竹中くんにはお兄さんがいるでしょ!!」

「何が?」

「この祖母不孝者!!」

「何で!?」

 智紀は、幸田の怒りポイントが全く理解できずに困惑しっぱなしだ。

 米村はよくわからないまま、「痴話喧嘩すんな。ほら、缶ジュース奢ってやるから」とダルそうになだめてくれた。

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