茉莉花の祖母

第20話 あからさまに胡散臭い男

 ※※※※


 祥太はモテる。学生の頃からずっとモテてきた。

 顔がいいやつはいいよな、と同級生から嫌味を言われたことがあったが、馬鹿らしい。顔だけでここまでモテる筈はないだろう。

 祥太は女のコが好きだ。好きだから女のコの、言動行動表情態度、すべてよく見ていた。ゆえに女のコの件に関してはとても勘が冴えていた。

 どんな事で喜ぶか、今何で怒っているのか、どうやら今日は落ち込んでいるらしい。すぐにわかった。

 ゆえにモテた。

 最近では、『その勘を、男性依頼者にも発揮してくれれば嬉しいんだがな』とボスからたまに嫌味を言われる。


 そんな祥太の勘が囁いていた。


 茉莉花には何か悩み事がある。

 それは多分、少しさち子の件に関係がありそうだ。


 そして、それを無視するという選択肢は、祥太には無かった。人には触れられたくない事だってある、そんな事はわかっている。

 でも、女のコが悩んでいて何もしないなんて、弁護士になった意味がないではないか!!


 多少強引だったことは反省しているが、後悔はしていない。


「えっと、この辺で下ろしてくれていいよー」

 助手席に乗っている茉莉花が明るく言った。

「いえ、お家まで送りますよ」

「いや、いいってば」

「ご遠慮しないで」

「いやいや、遠慮じゃないって。私、マジでお兄様を嫌いになる初めての女になると思う」

「それは楽しみです。ほら、どこを曲がるんですか?」

 一切動じない祥太に、茉莉花は観念した。

「そこ曲がってすぐの、青い屋根の古い家」

「かしこまりました」

 祥太はハンドルを切る。


 茉莉花の言う通りの、青い屋根の古い家が見え、祥太はその家の玄関前に車を停めた。

「じゃ、送ってくれてありがとうね」

「持って下さい。荷物持ちますよ」

「いらないって」

「今、お家に誰かいますか?」

「……いない。だから帰っていいよ」

「もしかして、亮子さん同居していますか?祖母もお世話になりましたし、一度お話させてもらいたかったんです」

 祥太はチラリと家の中の明かりを見て言った。

 家の中に誰かがいるのははっきりとわかる。誰がいるかははっきりと分からなかったが、さっきの米村の発言から考えて一か八か言ってみた。すると案の定、茉莉花がハァ、とため息をついた。

「あーくそ、お兄様敵に回すと面倒くさいタイプだわ」

「弁護士にとっては褒め言葉ですね」

 祥太は微笑んだ。

「もうおばちゃんに会うまで帰らないつもりでしょ。じゃあ仕方ない」

 そう言うと、茉莉花は自分の髪を引っ張った。

 すると、明るい金髪の髪の毛が取れて、中から黒いショートカットが現れた。

「茉莉花さん、ウィッグでしたか。俺と同じですね」

 口説いているかのような口調の祥太を無視して、真面目な顔で茉莉花は言った。

「うちのおばちゃん、超面倒くさいから。何なら、お兄様はウィッグ被ってその青髪隠した方がいいよ」

「ああ、ウィッグ忘れてきました。智紀に持ってきてもらわないと」

「ああ、そう」

 茉莉花は諦めたように言って、車を降りた。祥太も続く。


「おばちゃんただいま」

 茉莉花はそう言いながら玄関の引き戸を開けた。

「おかえり、早く手を洗ってきなさない。ご飯にするから、おや」

 ゆっくりとした歩みで茉莉花を出迎えた亮子はさち子よりも随分と若そうな人だった。少し太めだが不健康そうではない。少しきつそうな顔つきだが、なんとなく茉莉花に似ていた。

 ただ足はあまりよくないのだろう。とても歩き方が慎重である。

 亮子は祥太を見て目を尖らせた。

「茉莉花、誰だいこの男は」

「すみません突然お邪魔して。私は茉莉花さんの友人で、竹中祥太と申します」

「はあ」

 亮子は胡散臭そうに祥太を見ている。

「急に訪ねてくるなんて、常識のない男だ」

「全くですよね、申し訳ございません」

 祥太はニコニコして返す。

 亮子は玄関からゆっくりと徐ろに立ち去ると、すぐに何やら水の入った桶を持ってきて、勢いよく祥太に中身をぶちまけた。

「おばあちゃん!!」

「帰れ!うちに詐欺しに来たって取れる金なんか無いよ!!」

 ベショベショになりながらも、祥太は冷静さを失わないように気をつけながら笑顔で言った。

「いえ、私は詐欺師ではなくてですね」

「茉莉花も!こんなあからさまに胡散臭い男に引っかかるんじゃないよ!」

「おばあちゃん、この人は詐欺師じゃないの!ほら、前に病院で隣のベッドだった、竹中さち子さんのお孫さん!!」

「はあ?あの人、孫は高校生と弁護士だって自慢してたろ」

「だから、この人が弁護士のお兄さん!!」

「こんな胡散臭い弁護士があるか!!」


 茉莉花の言う通り、せめてウィッグを被ってくるんだったな、と祥太は珍しく後悔していた。




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