第17話 ウィッグ必要か
※※※※
「姫って……!ウケる。梨衣ちゃん、それは災難だったねえ」
「本当ですよ!今後は竹中兄弟どっちとも学校の近くで話しません!」
ここは茉莉花の通う大学のサークル棟の一室、写真サークルの部屋である。
智紀と幸田は、茉莉花に呼ばれてここに来ていた。祥太は仕事でまた遅れてくる予定だ。
智紀は、楽しそうに話している二人を横目に、ちょっと口をとがらせて言う。
「別に俺とは話しても問題ねえと思うんだけど。俺は別に兄貴みたいに派手じゃねえし」
「お兄さんと比較しないで」
「ねえねえ梨衣ちゃん、弟ちゃんって学校でどんだけモテるの?」
「それがね、ヤバいんっすよ」
「だから、モテて無いんですってば」
智紀はうんざりと言う。
「おー、何この若い子たちの集まり」
そう言って、部屋に一人の男の人が入って来た。
長い黒髪を一纏めにした、いかにも芸術家風の人だ。
「あ、
「あーはいどうぞー。どうせ誰も来ねえからな」
だるそうに言いながら、その米村と呼ばれた人は、のそのそと部屋の隅にある四角い黒いテントの中に入っていった。茉莉花曰く、写真の現像用の簡易暗室らしい。
「ところで弟ちゃん、私のアカウント見てくれた?梨衣ちゃんとお兄様はフォローしてくれたみたいなんだけど」
茉莉花か、ウキウキとたずねた。智紀は慌てて言う。
「あの、見ました。ただ、フォローとかはしてないだけで」
何となく、偏見は無いつもりだったけど、コスプレアカウントをフォローするのは気が引ける。それも、ただのコスプレならまだしも、少し胸を強調したような写真やスカートの短い写真もあるものだら、年頃の男子高校生がフォローするには敷居が高い。
「でも、すごいですね。コスプレって。男の人にもなれるんですね」
「ふふ、原型無いでしょ。人外にもなれるよー」
茉莉花は自慢気に答えた。
「まあでもあれはマジで気合入れて衣装もお金かけてるやつだからね。初杜のやつは、多分そこまでお金かかんないはず!ウィッグと、衣装も古着の浴衣を加工する方向でいこうと思ってるんだ」
ペラペラ言いながら話を進める茉莉花に、智紀は、あー、とか、うーん、とかの合いの手をいれることしか出来ないでいた。
そんな情けない智紀に、幸田は見ねて助け舟を出した。
「ウィッグとかメイクとかいらなくないですか?ナチュラルの方が、竹中くんのおばちゃん世代にはウケそうだし。やるとしても、初杜のシーン再現、くらいで」
「なるほど、それもありかもー。梨衣ちゃんいいねぇ」
意外にも茉莉花はあっさり提案を受け入れた。
「でも、ウィッグはほしいんだよねー。やっぱ弟ちゃん、ハルをやるにしてもナツをやるにしても、ちょっと髪の長さ足りないくない?」
「まあ、漫画の男子って結構な毛量ですもんね。それに合わせるとやっぱメイクも必要かぁ」
幸田はあっさり寝返って茉莉花に同意する。
おいおい、寝返るにしても早すぎだろ。やっぱり自分で何か意見するしかないようだ、と智紀が必死で頭を回したその時だった。
「遅くなりました」
祥太がそっと部屋のドアを開けて入って来た。
「あー、待ったよー。あれお兄様、今日はずいぶん地味じゃない?」
茉莉花が、やって来た祥太の姿を見て目を丸くした。
今日の祥太は、トレードマークの青髪ではなく、ごく普通の黒髪で、スーツもよくあるビジネススーツだ。
祥太は肩をすくめてため息をつきながら説明した。
「今日は裁判帰りなんですよ。うちの事務所のボスが『俺の目の黒いうちはそのふざけた格好で裁判所の敷居を跨がせるわけにはいかない』って煩くて。全く、今どき人の服装ごときに口出しする、器の狭いボスでね」
「兄貴を雇ってる時点で器は広いだろ」
「ボスさん、まともな人なんだ……」
智紀と幸田のツッコミを無視して、祥太は黒髪を引っ張ってみせた。黒髪はウィッグで、中からいつもの青髪が現れた。
「まあ、大学の部外者なんで、ここに来るのもあんまり目立つわけにもいかない、っていう理由もありましてね。こうして地味めにさせてもらいました」
「地味でもイケメンだよー。そうか、お兄様はウィッグに慣れてるんだね」
茉莉花が嬉しそうに言うと、髪を直しながら祥太は首を傾げた。
「何かウィッグに関係が?」
「うん、コスプレでウィッグ必要かどうか議論してたとこ。お兄様はどう思う?」
「そりゃあ必要でしょう。俺はこんな青髪だし、智紀は漫画のキャラをやるには少し短めだ」
あっさりと断言されて、智紀は何も言えなくなってしまう。祥太は続けた。
「だいたい、ウィッグあったほうが智紀もいいだろう?あんまり自分だってバレたく無いんだろう?頒布もされるのに」
「え、頒布オッケーなんすか!?」
茉莉花は興奮気味に食いつく。
智紀も急いで聞き返した。
「前はグレーゾーンがどうのこうのって言ってたじゃん!その、法律上のなんやかんや、どうしたんだよ」
「色々調べたが、まあそこまで派手にやらなければ大丈夫だろう、と結論付けた。基本的に著作権っていうのは親告罪なんだが……」
「難しいことは置いておいて!!」
ウキウキと茉莉花は割って入る。
「よし、気合い入ってきだぞ!」
「えー」
あからさまに智紀は不満げな声を上げる。ちょっとだけ、祥太が法律を理由に頒布に関しては拒否してくれると思っていたのだ。
――やっぱり、自分で意見しないと。
智紀は意を決した。
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