第9話 案外純情なんだね

「いやぁ、さっちん反則でしょ。確かに、孫はイケメンなんだって自慢してたよ?だけどマジでこんなイケメン兄弟だったとはマジで反則」

 茉莉花は、若い男性店員さんが運んできたアイスティのストローをグリグリ回し、祥太から渡された名刺をじっと見ながら言った。

「それもお兄様の方は弁護士かぁ。キャラ濃っ!さっちん元気?」

「はい。元気にしてますよ。今は自宅療養中ですが、一人でご飯も食べれて本も読めるくらいですから」

 愛想よく祥太は答える。

「茉莉花さんの方のお祖母様はお元気ですか?確か、亮子リョウコさんでしたっけ。祖母から聞きました」

「ああ、おばあちゃんね。元気元気。うちは自分で歩けるし」

 そう言いながらも、少し茉莉花は笑顔が固かった。そして、話をそらすように勢いよく幸田を振り向いた。

「そーだ。リンリンちゃんが言ってたんだけどさ」

「この流れで私だけアカウント名なの逆に恥ずかしいので幸田か梨衣でお願いします」

 幸田が慌てて言うと、茉莉花は「じゃ、梨衣ちゃん」と言い直した。

「梨衣ちゃんが、さっちんが、君たち兄弟でイチャイチャしてるのを見たがってるって聞いたんだけど」

「そこまで話が通じているなら早い」

 祥太は食い気味で答えた。

「正直、俺達にはどうすればいいかわからないんです。だから、有識者に協力が欲しくて。うちの祖母に漫画をオススメした人ならやっぱり詳しいかと思ってこうして会わせて頂いたんですが」

「有識者って恥ずかしいんだけど……。てか何?イチャイチャするやり方聞きたいってこと?」

 茉莉花が半笑いでたずねた。祥太は勢いよく首を振った。

「逆です。しなくてもすむ方法を知りたい」

「はあ。お二人さん仲悪いの?」

 茉莉花に聞かれ、智紀は慌てて答える。

「仲悪い、とかじゃない、と思う。でも別にベタベタするような仲じゃないです」

「年も離れてるし、共通の話題も無いしな。まあ男兄弟なんてこんなもんだと思いますが」

 祥太も智紀の言葉に補足するように言う。確かに、今の共通の話題といえば、このさち子の件くらいだ。


 茉莉花は肩をすくめた。

「じゃ、ちょっとイチャイチャくらいすればいいじゃん。仲悪いわけじゃないんでしょ?難しく考えすぎー」

「ちょっとキスくらい、みたいな事はできないので」

 祥太が言うと、茉莉花は笑った。

「キス?イチャイチャってキスか!やだぁ、さっちんったら贅沢だなあ。まあでも、キスくらいすりゃあいいでしょ?仲悪くないんだし」

「キスくらい?」

 祥太はピクリと眉を動かした。


「失礼ですが、茉莉花さん。あなたは例えば、さっきそのアイスティを運んできた店員さん、結構イケメンだったと思いますが、彼とキスできますか?」

「は?店員?するわけないじゃん。私、見た目と反して結構純情なんだから。誰とでもキスするわけじゃないから」

 茉莉花は少し機嫌悪くなったようだ。すると、祥太の目が光った。

「そりゃそうですよね。イケメンだからって誰とでもキスするわけではない。当たり前です。俺だって、仲が悪くない人だからって誰とでもキス出来るわけではない。それは弟でも同じ!だいたい、キスくらい、なんて軽く言えるものではありません。同意の無いキスは強制わいせつ罪も適用される可能性もあるのですから!」

「わかった、わかったから!」

 茉莉花は慌てて立ち上がって祥太の口を塞いだ。

「他の人に聞こえるから!大きい声でわいせつとか言わないでよ」

「これは失礼しました」

 祥太は飄々と答える。茉莉花はため息をつく。

「わかったよ。キスくらいとか言ってごめんね。案外お兄様純情なんだね」

「わかって頂けましたか」

 ニッコリと微笑みながらコーヒーを飲む祥太を、智紀は何とも言えない表情で見つめていた。

 ――兄貴が純情ねぇ。毎週彼女の変わる兄貴が……。

 余計な事を言うと話が拗れそうなので黙っていることにした。幸田も何となく何か言いかたようだが、智紀にシッと言われて口をつぐんだ。




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