第6話 モテるってそのレベル
「なるほどー、確かにこの人っぽいな」
昼休み、弁当を食べながら智紀は、祥太から送られてきたアカウントを見ていた。
アカウント名『☆まーりんごぱい☆』。おそらくこの人だろうと言うのは、ある日の投稿から分かった。
『今日恋杜布教したー。どうしよう、おばあちゃん世代沼らせちゃったっぽい。80↑の人ー』
「えっと。恋杜って多分、初恋の杜の略でいいんだよな。80↑って……何だ?」
智紀はふと、教室の隅で友達と弁当を食べている幸田を見つけて声を掛けた。
「なあ、幸田さん」
「な、何」
幸田は怪訝そうな顔で智紀を見てきた。
「昨日はサンキューな。なあ、ちょっとこのアカウントに書いてる意味教えて……」
幸田がギロリと睨みつけて、『話しかけるな』と目で訴えてきた。
――ええ……何で?
智紀は困惑しながら、スゴスゴと撤退した。
「ねえ、何だったの?昼に話しかけようとした件って」
帰り道、友達と分かれて一人智紀が歩いているところ、後ろからやって来た幸田に話しかけられた。
「あ、幸田さん。帰り道こっちなんだ」
「ううん。駅前のお店に寄っていこうと思ってるだけ。あんまりこっちの方から通ってる子っていないんだよね」
幸田はそう言いながら、智紀の横に並んで歩き出した。さっき睨みつけられたのが嘘だったかのように、にこやかに話しかけられて、智紀は少し混乱した。
「ねえ、さっき昼に話しかけた時は怒ってなかった?」
「怒ってたわけじゃないよ。ただ、あの場で話しかけないでほしかっただけ」
そう言って、幸田はチラッと周りの様子をうかがった。
「ほら、竹中くんってめちゃくちゃモテるじゃん。あんまり私みたいな底辺が関わって、変な抗争に巻き込まれたくないからさ」
「はあ?」
竹中は心底理解できないといった顔になった。
「俺モテねえぞ。つーかなんだよ、抗争って」
「は?何言ってんの?そんな爽やか王子様フェイスしといて。だいたい、結構告られてるでしょ?」
「そんなの、一ヶ月に、1、2回だけだ」
「だけじゃないから、それ!」
幸田は呆れたように頭を抱えた。
「とんだ贅沢者だったんだね、竹中くんって」
「いや、だってさ、俺の兄貴なんか高校生の時はほぼ毎日告られて、週ごとに彼女替わってたから……モテるってそのレベルだろ?」
「なにそのクソみたいな男」
幸田がドン引きした顔になった。
「まあとにかく!私はあんまり目立ちたくないから放課後、竹中くんが一人になるまで待ってたんだよね」
「やば、俺今日一日ストーカーされてた?」
「人聞きが悪い!!」
「冗談だって」
智紀は、口を尖らせる幸田をなだめるように言った。
「それにしても、何でわざわざ?」
「すっごく面白そうだから」
悪びれもなく幸田は言い放った。
「多分昨日の件に関する事でしょ?その、おばあちゃんがイチャイチャさせたいだかなんだかのやつ」
「ああ、うん。まあそれ系。あ、でもしないからな!兄貴とイチャイチャなんて!」
「あ、そうなんだ。まあそこはこんなに問題視していから」
「俺には一番大事なことだけどな」
他人事で面白がる幸田に智紀は不貞腐れたが、多少の有識者がいるのは心強いと思い直した。
「じゃあ、ご協力、お願いします。これを見て、この人に関して分かること教えてもらいたいんだけど」
そう言って、智紀は例のアカウントを表示させたスマホを幸田に差し出した。
智紀からスマホを受け取った幸田は、立ち止まってそのアカウントをスクロールする。
「なるほど、商業BL専用アカウントっぽいね。プロフィールに色々ハマってる漫画の名前書いてあるよ。ほら、恋杜っても書いてある、初恋の杜の略名だよ。あんまり私こっちのジャンル詳しくないからこれ以上はわかんないけど……」
詳しくない、とは言いながらも、他の漫画についても智紀に軽く説明してくれる。智紀はふんふんと聞いてはいたものの、あまり理解ができない世界観で、とりあえず聞き流しておいた。
「あと、他にもアカウントあるみたいだね。あんまり深堀りすると私の地雷踏みそうだからやめとこ……。
とりあえず、20歳以上。私達より年上の人みたいだよ」
「え?歳とかなんで分かるの?」
智紀は思わずアカウントを覗き込んだ。
幸田はちょんちょん、とスマホをタップしながら説明する。
「これ。20↑。これ、20歳以上ですよーっていう表記」
「あー、なるほど。そう言えば、ばあちゃんに漫画本勧めたっぽいときの投稿にも書いてあったな。80↑って」
何気なく智紀がそう呟くと、幸田は目を丸くして面白がりだした。
「え?何、何?この人が竹中くんのおばあちゃんにBL漫画勧めたの?この人が元兇?」
「いや、元兇って言い方は良くないとは思う」
智紀は慌てて言った。
「一応、ばあちゃんに楽しい事教えてくれた人だし、そこは感謝してる。変なこと言い出したのはばあちゃんだし。だだ、兄貴が、一応この人の事も調べたいって言ってさ」
「ふーん」
幸田は軽く相槌を打って、再度歩き出した。智紀もついて行くように歩き出す。
「そう言えば、お兄さんってどんな人?激烈にモテるって情報しかこっちに入ってないんだけど」
幸田の質問に、智紀は顔を顰めた。
「引くなよ」
「何が?」
「弁護士なんだけど」
「凄いじゃん」
「今は髪を青く染めてて」
「は?青?」
「毎日白のスーツで仕事行ってる」
「白?」
「あと、毎週彼女が変わる」
「……ホスト?」
「弁護士だってば」
険しい顔で言う智紀とは対象的に、幸田はみるみるうちに顔を輝かせた。
「なにそれ超面白い!え?そんなお兄さんとイチャイチャしてほしいってご希望?やだ、ちょっとおばあちゃんの気持ちわかるかもー」
「わかるなよ」
智紀は呆れたように幸田を睨みつけると、幸田はハッとバツが悪そうな顔になった。
「ゴメン。はしゃぎすぎた。そうだよね、竹中くん困ってるのに、面白がりすぎた」
「いや、わかってくれればいいんだけど」
すぐに素直に謝るので、智紀はちょっと調子が狂ってしまう。
幸田は、真剣な顔で自分のスマホを取りだした。
「ゴメン、ちゃんと私も真剣に協力するから、連絡先交換しよう」
「あ、うん。俺も連絡先は交換しようと思ってたんだ」
そう言って、智紀もスマホを差し伸べた。
幸田は連絡先を登録しながら真面目な顔で言った。
「私の全オタ知識をもって協力するから!だから絶対に進展あったら教えてね。何かする時は絶対に教えてね!」
「やっぱり面白がってんじゃねーかよ!」
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