第9話

 あれから何年か経った。

 刑事は今でもたまに防犯カメラの映像を思い出す。


 そこには何かに呼ばれるように、1人でふらふらと空いた駐車スペースに向かう野崎が映っているだけだった。音声はない上白黒で画質も悪い。


 野崎はケータイを取り出す。何事か話す。しかしこの時の通話記録は残っていない。ケータイは足元にあったのにその後は触られていない。

 彼はロック版の上に座る。

 そこからは下手なパントマイムでも見ているかのようだった。

 宙の一点を見つめてしゃべる。

 手をブンブン振る。

 時折あたりを首がもげそうな勢いで見渡す。ぎゅるんぎゅるん。

 打ち上げられた魚のように口を開ける。ぱくぱく。

 必死に伸ばす手が震えて、だんだん力が抜けていく。


 野崎はそれから何かに弄ばれるかのように体全体で跳ねた。びたんびたん。

 やがて動かなくなる。

 顔が、手足が、時間をかけてむくんでいく。

 死亡推定時刻を過ぎ、夜になっても何度かビクッと体が動いた。


 コインパーキングを出入りする車は皆次々と精算していく。野崎がいるスペースに車を停めようとする者はいなかった。刑事はそれが一層恐ろしかった。野崎の隣のスペースを使った者も、まったくの別世界にいたようなのだ。


 野崎は、誰かの言葉を聞いて怯えているようにも見えた。何と話をしていたのか。もう誰も知ることはできない。


 一緒に防犯カメラを見た警備員は「あの女が恐ろしかった」と言っていたが女なんてどこにも映っていなかった。再び聞き込みに行った時には退職していて、家に会いに行くと腑抜けたようになっていた。



 警部の言葉が頭に残っている。

 「司法解剖の結果、溺死だった。あのクソ暑い日に、肺に腐った雨水が入っていたんだと」

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