第8話 肉じゃがが繋ぐ絆
完成した肉じゃがを大振りの和食器にこんもりと盛り付け、カウンタに置くと、あやかしたちから「おおー!」と歓声が上がった。
「で、できた」
「……うん」
「ママちゃま、これ、僕らで作ったん……?」
四音の声がかすかに震えていたので、
真琴は手本は見せたが、基本はふたりに作ってもらった。材料を洗ったり切ったり、お鍋を回して中身を混ぜたり、調味料を計量スプーンで計って入れたりと、ふたりは真琴に教えられながら、たどたどしい手付きながらも一生懸命調理をした。
そうしてできあがったのがこの肉じゃがだ。レシピは真琴のものだし、真琴の言う通りに工程を踏んだ。だがこれは紛れも無く、ふたりが心を込めて作ったものなのだ。
「皆さんに食べてもらう前に、少し味見しよか。私もちょっともろてええ?」
「うん」
四音は言って、景五は頷いた。真琴はふたりを
真琴たちは肉じゃがの山から全ての食材が味わえる様に取り分ける。真琴はふたりが口に入れるのを待った。ふたりの目が
ふたり揃ってもぐもぐと
「ママちゃま、美味しい! 美味しくできてる!」
四音が顔を真っ赤にして歓喜の声を上げると、あやかしたちが「わぁっ!」と沸いた。
「良かったなぁ、凄いやん。ほな、私もいただこかな」
真琴も新じゃがいもをお箸で割り、口に運ぶ。皮から漂うほのかな土の香りが鼻をくすぐり、ほっくりとした新じゃがいもの瑞々しさと甘みが口に広がる。
甘い人参はねっとりと、とろとろの玉ねぎに、しっとりと柔らかな牛肉。綺麗な彩りの絹さやは別茹でしたのでさくっとした歯ごたえ。それらが
「うん、めっちゃ美味しいわぁ」
真琴がしみじみと言うと、四音と景五は顔を見合わせ、思わずといった調子でハイタッチをした。
ふたりの手付きは確かにまだまだ未熟だ。だが真琴がお料理しているのを近くで見ていたからか、行動の意味の理解度は高かった。
それが分かっていれば応用も利く。これからも毎日、たくさんのお料理を教えてあげよう。四音と景五が好きなことをたくさんできる様に。ふたりがなりたいものになれる様に。
その手助けができることが親として、とても誇らしかった。
「さ、ほな、皆さんにも食べてもらおか」
「うん。み、みんな、どうぞ!」
四音が言うと、あやかしたちは騒めきながら、我れ先にと取り皿に手を伸ばした。
いつもはお皿洗いなども四音と景五にお手伝いをしてもらっているのだが、今日は肉じゃがに感激したあやかしたちに囲まれてそれどころでは無い。ふたりとも頑張ったし、今日は私が、と真琴は厨房に戻る。
すると四音たちを囲っていたあやかしたちの群れから、ご老人男性の1体がするりと抜け出て来て、カウンタ席に腰を降ろした。
「真琴さま、すいませんがウィスキーの水割りをいただけますか」
「はーい。ちょっとお待ちくださいね」
真琴は洗い物を後回しにし、厨房奥の戸棚を開ける。昼の「まこ庵」にはアルコールメニューは無が、夜ではこうして出すので、フロアから見えない様に収納しているのだ。真琴はウィスキーのボトルを出した。
タンブラーに氷を詰め、ウィスキーを入れ、ミネラルウォーターを注いてステアする。
「はい。お待たせしました」
コルク製のコースターを出し、その上にウィスキーの水割りを置いた。
「ありがとうございます」
あやかしは水割りをちびりと
「嬉しいですねぇ。景五がこんなにも成長するなんて。真琴さまのお陰です」
なるほど、このご老人は猫又のあやかしか。見た目が普通の人間と変わらないので、なかなか種別の見分けがつかないのである。
「いえいえ。私は何も。まだまだ親としては不甲斐無いです」
真琴が本心から言うと、猫又のあやかしは「いえいえ」と首を振る。
「ほら、景五は無表情と言うか、いっつも不機嫌に見えるでしょ。わしら猫又はずっと見て来たから分かるんですが、真琴さまに教えてもらいながら料理をする景五は、ほんまに楽しそうでした」
「……そうですね」
それは真琴にも分かる。景五の表情の変化は、本当にわずかなものだ。だがそれを見逃さないのも親の役目だと思っている。景五ばかりを見ることはできないまでも、他の子と違い感情を表に出しにくい子だからこそ、気を付けてあげなければと思う。
喜び、楽しさ、悲しさや寂しさ、悔しさなど。あやかしにだってたくさんの感情がある。それは
「ああ、景五さまの肉じゃが、本当に美味しかった。女房にも食べさせてやりたかったです」
四音と景五のやけどな、と思いつつ、口には出さない。
「そう言えば、今日はおひとりなんですね」
このあやかしは、確かいつもご老人女性と連れ立って来ていた記憶がある。その人が奥さまなのだと思う。
「はい。あの、小さなことで喧嘩をしてしまいまして。今日は行かんて言われてしまいました。わしも旨く仲直りができんで」
情けない、あやかしはそう言う様に苦笑して頭を
真琴はカウンタ越しに肉じゃがの和食器を見る。するとちんまりと残されていて、誰も手を付けようとしない。ものの見事な「遠慮のかたまり」だった。あやかしとはいえ大阪人なのだなと面白くなる。
「ちょっと待ってくださいね」
真琴は「最後、いただきますね」と言いながらお皿を取り上げる。そしてわずかな肉じゃがを小さな透明のタッパに移した。続けてカウンタの端に置いてあるベージュの陶器製の花瓶から、赤のマリーゴールドを1本抜いてペーパーで水分を拭き取り、それらをあやかしの前に置く。
お花は週に1度、定休日明けの水曜日に、近くの花屋さんに季節の花束をお任せでお願いしているのだ。いつも可愛らしくも華やかなものを作ってくれていた。
「少しですけど、奥さまに食べてもろてください。そんで、お花を渡して、話し合ってみてください。ご存知かも知れませんが、人間は誠意を表す時に、お相手のお好きなもんを用意したりすることもあるんですよ。奥さまがお花好きかどうかは分からんのですが、お花が好きな女性は多いですから、ものは試しで」
真琴が言って微笑むと、あやかしは「おお……」と目を細めた。
「真琴さま、ありがとうございます! さっそく帰って、渡してみます」
「はい。ご武運を」
ご老人はタッパとマリーゴールドを大事に抱えると、頭を下げながら「まこ庵」を出て行った。余計なお世話かな、とも思ったのだが、きっとあのご夫婦は長年連れ添って来た。それが仲違いしてしまうのは悲しいことだ。ご縁があって一緒になったのだから。
あのあやかしは見た目こそご老人だったが、きっとまだまだ生きるのだろう。ぜひ奥さまと仲良く過ごして欲しいと思うのだ。
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