第10話 私と若い刑事の協働

 私は女性を殺害した後、死体に防腐処理を施す。エンバーミング技術として知られる長期保存を可能にする技法だ。


 防腐処理で特に有名な国はロシアだ。例えば、ソビエト連邦の建国者・レーニンは1924年に死去した後、その遺体は防腐処理されてモスクワのレーニン廟に保存されている。死後100年近くもそのままの姿で保存されていることから、ロシアの防腐処理の技術力の高さが分かるだろう。ただ、防腐処理は継続的なメンテナンスが必要になるから、費用が高いことがデメリットといえる。


 季節にもよるが、人間の身体は死後1週間くらいで腐敗していく。それ以上の期間保存しておくためには、防腐処理が必要になる。

 素人が防腐処理を施すのは難しいだろうが、私にとっては簡単な作業だ。遺体の消毒・殺菌を行い、遺体の一部を切開し血液などの体液を排出するとともに保全液(防腐固定液など)を注入し、死体を長期間保存できるようにする。


 私は殺害行為に興味があるわけではない。それに、生きたいと思っている人を殺害しようと思っていない。だから、私は死を望む人に対して、死ぬための手段を教え、場合によっては手助けしていた。いわゆる自殺幇助(ほうじょ)だ。


 私は女性の死体に防腐処理を施して一定期間保管した後、若い刑事に渡していた。防腐処理が済んでいない死体を渡してしまうと腐敗するかもしれないし、匂いで誰かに気付かれるかもしれないから。若い刑事は私から受け取った死体の小指を切断した後、死体を処分する。

 私と若い刑事のこの協働関係は今まで2年くらい続いている。


 あれはちょうど20回目の死体受け渡しから数日後のことだった。若い刑事が私のところにやってきた。私は若い刑事との不用意な接触は避けていたから、死体の受け渡し以外で会うのは1年ぶりだった。


 私のところに来た若い刑事は焦っていた。「死体が奪われました・・・」と言った後、私の反応を窺っていた。私に申し訳なく思っていたのだろう。

 私が若い刑事に状況を聞いたら、何かの手違いで捜査を一緒にしている先輩刑事の部屋にスーツケースが運び込まれたらしい。スーツケースの盗難の経緯を聞いたが、死体を運んでいるという意識が希薄すぎる。油断し過ぎだ。


 そして、先輩刑事の家に運び込まれたスーツケースは、若い刑事が確認したら無くなっていたらしい。当初、若い刑事は先輩刑事が死体をどこかに廃棄したと推測していた。が、この推測は間違っていた。


 若い刑事は先輩刑事と一緒に捜査をしており、毎日2人でくだらない話をしている。

 雑談をしている時に、先輩刑事は「死体を美しいと思ったことはないか?」と若い刑事に言ったそうだ。その時、死体は先輩刑事の家にある、と若い刑事は確信した。


 さらに、若い刑事が調べたところ、その死体は先輩刑事が好意を持っていた女性のようだった。


 若い刑事はどうすればいいかを私に相談してきた。


 若い刑事は似たような性癖を持つ先輩刑事の気持ちを尊重したいと思っている。そして、若い刑事は先輩刑事から死体を奪いたくない、と私に言った。

 先輩刑事が死体を警察に持ち込むかもしれないが、先輩刑事は私たちが犯人であることは知らない。

 だから、私は何もしなくていいと若い刑事に言った。


 さらに、若い刑事は自分が『小指フェチ連続殺人事件』に関わっていることを先輩刑事に言うべきかを迷っていた。死体を大切に保管している先輩刑事であれば、自分のことを理解してくれるのではないかと考えたわけだ。ただ、先輩刑事がどういう反応するかが読めない。

 当然だ。


 先輩刑事に話してしまうと、好意を持っていた女性を殺害した犯人(正確には若い刑事は殺害したわけではないのだが)を許すのか? ということになる。


 私は話さない方がいいと若い刑事に言った。



 若い刑事の話では、先輩刑事がその女性に最後に会ったのは数日前らしい。


 私は耳を疑った。


――そんなことがあるのか?


 だって、あの女性は・・・

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