なぜかVtuberの中の人から家出して来たアバターが勝手に俺のスマホに居候してる件 〜ちなみに俺にガチ恋してるアバターの中の人は、学校で大人気の美少女でした〜

青葉久

プロローグ 最推しじゃないとやだ!



 昼休みになった途端、隣の席にいる小林が慌ただしくスマホで動画を見始めた。


 両耳にイヤホンを付けて、惣菜パンをかじりながらスマホを見つめている彼の姿は、まさに今時の高校生と言える光景かもしれない。


 かく言う俺も小林と同じ高校生だが、昼飯を食ってる時までスマホに夢中になっている彼に少しだけ嫉妬したくなった。別に同じことをやりたいとは思わないけど。


 一体なにをそんな夢中になって見てるんだか……ほんの少しの出来心で小林が見ているスマホをチラ見すると、俺は目を疑った。


 小林が見ているスマホの画面には、画面の左側で下から上に流れる文章と可愛い二次元の女の子の絵が楽しそうに動いていた。



 ……学校でVtuberの配信なんか見てるんじゃねぇよ。



 有志の切り抜き動画か過去の生配信のアーカイブか分からないが学校の昼休みで見るものじゃないだろ?


 別に他人の好きなものにケチをつけるつもりなんてないが……小林よ、少しは時と場所を選んだ方が良いと思うぞ?


 学校ってのは色々な人間の集まる場所だ。もし教室の中で堂々とVtuberを見てるのがバレたらオタクだなんて言って子供みたいなイジリをする奴だっている。好きなものを馬鹿にされて嬉しい人間なんているはずないんだし、学校にいる時くらい我慢した方が良いんじゃないか?


 今もスマホに視線が釘付けになっている眼鏡を掛けた小林の優しそうな横顔を眺めていると、俺はあることを思い出した。


 そうだった。確かこの小林は、クラスの全員から認知されてる生粋の二次元オタクだった。


 彼をオタクとイジるのも高校に入学した当初に少しの間あっただけで二年生になった今はもうない。


 イジメとかに発展しなかった辺り、俺のクラスは意外と良い奴しかいないのかもな。どうでもいいけど。


「……大宮君? どうかした?」


 そんなことを考えていると、いつの間にか小林が付けていたイヤホンを外して俺を見つめていた。


「えっ?」


 唐突に声を掛けられて、思わず反応に困った。

 なにを言うべきか悩んだが、この状況で今の俺が言うべきことは間違いなくひとつしかないだろう。


「悪い。ちょっとした出来心だったんだ。悪気があって小林のスマホを見るつもりはなかった」


 他人に自分のスマホの画面を勝手に見られたら誰だって良い気分にならないよな。

 そう思って俺が苦笑しながら頭を軽く下げると、なぜか小林が慌てていた。


「僕なんかに頭なんて下げなくて良いよ!」

「悪いことしたら謝るのが普通だろ。勝手に人のスマホ見たんだし」

「全然気にしてないよ。他の人に見られる場所で見てた僕が悪いだけだし。むしろこういうの見てたから馬鹿にされると思っただけだから」

「人の好きなものを馬鹿にする趣味なんてねぇよ。別に何か好きでも本人の勝手だろ」

「……」

「急に黙ってなんだよ。勝手にスマホ見たのは悪かったって」

「いや、そういう風に言われたのは初めてだったから……少し驚いただけだよ」


 忙しなく両手を動かして気にしてないと表現しているらしい小林に、俺はもう一度謝罪して頭を下げる。

 そこで俺は小林のスマホを一瞥いちべつして、何気なく訊いていた。


「配信、見なくて良いのか?」

「え?」

「その配信、アーカイブか生配信か分からないけど昼休みに見るくらい楽しみにしてたんじゃないのか?」


 俺の視線に気づいた小林が自分のスマホに視線を向ける。

 そして今も配信画面が映っているスマホを見て、小林は少し驚いたらしく目を大きくしていた。


「確かに僕が見てたのは推しの生配信だけど……大宮君、なんで僕がVtuber見てるって分かったの?」

「そんなの配信画面見たら分かるだろ」

「……もしかして大宮君ってVtuberとか見るの?」

「まぁ、少しだけ?」


 一瞬悩んだ俺が答えると、小林が嬉しそうに目を輝かせていた。


「大宮君もVtuberを見てるなんて意外だったよ!」

「そうか?」

「悪い意味じゃないよ。大宮君ってそういうのに興味なさそうだったから」


 意外にも大して仲も良くない小林から言い当てられるとは思わなかった。


 小林の言う通り、ここ最近までVtuberとか全く興味もなかった。むしろVtuberって単語すら知らなかったくらいだ。


 Vtuberというのは、ネットで活動する特定の人達を指す名称だ。


 色々な動画配信サイトで投稿される動画や生配信に投稿者本人が映像に映るのではなく、仮想のアバターとなる二次元の絵を使って配信活動をする人達がそう呼ばれている。


 ネットの世界で活動する実在しない仮想――バーチャルの存在。だからVtuber。随分と安直な名称だと思う。めっちゃ分かりやすいけど。


 つい最近までVtuberのことを全く知らなかった俺も、今では随分と詳しくなってしまった。これも全部の所為だと思うと、思わず溜息が出そうになった。


「ちなみに大宮君が見てるVtuberって誰なの?」

「俺の見てるVtuberか……」

「もしかして色々いる感じ?」


 思い返せば、には色んなVtuberを見せられた気がする。

 この子が可愛いとか、この子の話していることが面白いとか言って色々と見せられた。見ないと寝かせないってうるさいから寝不足になったのも最近のことだった。


「ちょっと知り合いに色んなの見せられた。まぁ強いて言うなら……」

「なら?」

「“紅月こうづきほむら”って知ってるか?」


 俺の言ったVtuberを聞いた途端、小林の眉が寄った。


「僕の見てないVtuberだね。ごめん、ちょっと調べてみる」

「別にそこまでしなくても」


 俺が止めても小林は止まることなくスマホで調べ始めた。

 そして無事調べられたのか、スマホの画面を見ながら小林は何度も頷いていた。


「この子か、アバターは見たことあるよ。去年から活動してる企業勢の子だね。折角だから今度見てみようかな」

「その反応ってことは大して有名じゃないのか」

「僕が見てなかっただけだよ。活動を始めて半年で登録者3万人は十分凄いよ。もしかしてこの子が大宮君の最推しなの?」


 小林から聞き慣れない単語が出てきて、思わず俺は首を傾げた。


「最推し?」

「一番好きな子って意味だよ」


 俺の一番好きなVtuberが……紅月ほむらだって?

 多分、今の俺は顔を顰めているに違いない。

 訊いてきた小林に、堪らず俺は苦笑していた。


「いや、最推しじゃないよ」


 俺がそう言った瞬間、制服のポケットに入れていたスマホが震えたような気がしたが放置しておこう。

 俺の返事に、小林は意外そうに首を傾げていた。


「……一番見てるVtuberなのに?」

「見てると言うか、見せられてると言うか……まぁとにかく紅月ほむらは小林の言う最推しじゃないよ」


 また制服のポケットの中でスマホが震えていたが放置しておく。

 この話を続けると面倒なことになる気がして、俺は話を変えることにした。


「そういう小林には最推しがいるのか?」

「僕? 僕はこの子が最推しだよ!」


 俺がそう訊くと目を輝かせた小林がスマホを素早く操作するなり、俺にスマホの画面を見せつけてきた。

 その画面には、俺でも知っている有名なVtuberの配信が映っていた。


「活動初期からずっと見てるんだよ。すごく可愛いんだよね。雑談配信も面白いし、ゲーム配信も楽しくて寝不足になるまで見ちゃうんだよ。近いうちリアルイベントもやるらしいから行きたいんだけど人気過ぎて抽選だから参加は難しいかな」

「リアルイベント?」

「ネットじゃなくて現実の会場を使ったイベントがあるんだよ。そのイベントの中にはVtuberと実際に話せる企画があるから人気過ぎて抽選になることが多いんだよね」

「へぇ……そんなのがあるのか」


 またとんでもないイベントがあるんだな。まぁ好きなVtuberと実際に話せる機会があるなら行きたいと思う人間の気持ちも分からなくなかった。


「もし機会があったら大宮君もほむらちゃんと話してみたいって思わないの?」

「思わない」


 別に推しじゃない。無意識に即答していた。


 またポケットの中でスマホが震えていた。心なしか、さっきよりも振動が激しくなっているような気がするが放置しておく。


 しかし俺が震えているスマホを放置していると、マナーモードになっているはずの俺のスマホから唐突に通知音が数回鳴り響いた。


「大宮君? スマホ鳴ってるよ?」

「別に良いよ。後で返しておくから」


 俺がそう言うと、渋々と小林が納得する。


 だがその瞬間、また俺のスマホから通知音が鳴った。

 そして何度も異様なほど通知音が激しく鳴り響いて俺の表情が強張る。


 今もポケットの中で鳴り続ける俺のスマホに小林も頬を引きらせていた。


「……見た方が良いんじゃない?」

「多分、家族からだと思う。ちょっと電話してくる」

「そうした方が良いよ。また機会があったらVtuberについて話せたら嬉しいかな」

「いつでも話せるだろ。同じクラスで隣の席なんだし、あと配信見てる邪魔して悪かった」

「全然大丈夫だよ。じゃあ、またあとで」


 嬉しそうに笑う小林に手を振って、俺は足早に教室を出た。


 生徒達で騒がしい廊下を歩いて校舎を出て、人気のいない校舎裏まで行く。


 そして今もポケットから通知音が鳴り続けるスマホを手に取って画面を開くと――その瞬間、女の怒声が響いた。


『ちょっと! なんであの人に私が最推しだって言わなかったの!』

「馬鹿! 声がでかい! ここ学校だぞっ!」


 俺のスマホの画面に映し出された女の子が顔を真っ赤にして怒っていた。


 女の子と言っても実際の女ではない。俺のスマホに映っているのは――二次元の絵だった。


 それはさっき小林のスマホに映っていたVtuberのアバターのような立ち絵で、長い髪を赤と黒で縦半分に色分けした変わった髪型の可愛い絵の女の子。


 本来ならVtuberのアバターは声を当てている人間がいないと話せないはずなのに、俺のスマホに映っている彼女――”紅月ほむら”は、自身の意思を持って話せる変わった存在だった。


『アーくんの一番の最推しは私なの! あとでちゃんとあの人に言わなかったら怒るからね!』

「もう十分怒ってるだろ。それとわざわざ最推しって小林に言う必要もない」

『私がアーくんの最推しじゃないとやだ!』

「勝手に最推しにするな。あとアーくんやめろ」


 スマホの画面で頬を膨らめせてほむらが怒る。

 相変わらず表情豊かだなと思っていると、不満そうにほむらが鼻を鳴らしていた。


『良いもん! もうマスターに言いつけたから!』

「は? なにお前勝手に――」

「ふーん? アンタ、あれだけ配信見てるのに私達が推しじゃないんだ?」


 俺が言うよりも先に、聞き慣れた声が聞こえた。

 反射的に俺が振り向くと、そこには今は会いたくなかった彼女が立っていた。


「げ……なんでここに高垣がいるんだよ」

「げ、とはなによ。失礼な人」


 肩に掛かるくらいの綺麗な茶髪をさっと手で払って、彼女――高垣茜たかがきあかねが自分のスマホをわざとらしく俺に見せつけていた。


「ほむらから連絡が来たわよ。クラスメイトとVtuberの話をしてるのに大宮君が私を最推しって言わなかったって」

「それは俺の勝手だろ?」

「ほむらを推さないってことは、私を推さないってことよね? それって一体どういうことか是非とも私達の配信を間近で毎日見てる大宮葵君の口から直接説明してもらおうじゃない?」

『アーくん! 私達を推さないと許さないんだからね!』


 俺の手に持っているスマホにいる紅月ほむらが頬を膨らませ、目の前にいる高垣茜がわざとらしい笑みを見せる。


 Vtuberのアバターとその中の人間が同時に存在している奇妙な状況になって一週間経っても、今だに慣れる気がしない。


 詰め寄ってくる高垣とスマホの中で怒っているほむらに謝罪しながら、俺は頭を抱えるしかなかった。


 これも全部、この“紅月ほむら”が悪い。


 こうなったのも一週間前、突然ほむらが俺のスマホに転がり込んできた所為だった。



――――――――


Vtuberモノの新作、始めました!

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