第3話:免許センター事務局の権威

街の中心地にある、とある役所施設。

リノベーションされたばかりの新しく大きな建物の周囲には、広大な駐車場が広がっていた。

"独立行政法人国家免許センター事務局庁舎"と書かれた正面玄関の自動ドアをくぐり中に入ると、目的別に分かれた窓口があちらこちらに点在している。

それぞれの場で、職員と来訪者が面と向かった位置に座りあい、手続きをおこなう光景はどこにでもある役所風景だった。

しかし、耳を澄ませると明らかに場の雰囲気に似つかわしくない声色が聞こえてくる。


「次の方どうぞー。はい、更新のお手続きですね?そちらにおかけください」

「早くしてくれよぉ、こっちは急いでんだからよ」


免許の更新窓口に座る青年職員が迎えたのは、下っ腹の出たふてぶてしい態度の中年男性。

書類を放り投げるようにして相手に差し出し、椅子に腰を落とすと足を組んでポケットに手を突っ込んだ。

青年職員は決して体格がいい訳ではないが、毅然とした態度で男と向かい合う。


「はい、拝見します。少々お待ちを」


中年の男は貧乏ゆすりをしながらどこか落ち着かない様子だった。

青年職員の様子を伺いながら、あちらこちらに目が泳いでいる。

すると、


「あなた、ペットの犬を飼っていますよね?」

「うっ…!」


中年の男は明らかに表情が引きつり始める。


「え、えーっと、いや?あぁ、まぁ、えー、そうだったけかぁ…?」

「きちんと記録に残っていますよ。ダルメシアン犬の雄で4歳。ペットの健康診断書がありませんが?」

「あっ、あぁ!そうだそうだ!いやぁ、実は先月死んじまったんだよ!」


明らかに何か嘘をついている様子の男。

青年職員はそれを悟り、鋭い顔つきになり更に問い詰める。


「それであれば死亡証明書と葬儀認定書の提出が必須ですが?」

「いやっ、あっ!そうそう!違うわ、忘れてた!逃げちまったんだよ!だからどうしようもなくってよぉ」

「逃げたぁ?それは立派な管理不行き届きです。規約に従い大人免許から5点の減点として処理します。いいですね?」

「はぁぁ!?なっ、なんだとぉ!?」


青年職員は聞く耳を持たないといった態度でパソコンに向かい、男の申請を入力処理していく。

大幅な減点措置になることや、職員の態度に激昂した男は椅子から立ち上がり職員の青年に掴みかかる。


「テメェ!ふざけんじゃねぇぞ!たかが犬コロ一匹で5点だぁ?あぁ?」


胸ぐらを掴まれた青年職員だったが、一切怯える様子を見せず冷静に机の下にある警報ボタンを押した。

すると、施設内でけたたましい音が鳴り響き、すぐに数名の屈強な警備員が現れ中年の男を取り押さえる。


「いだだだだだだだ!は、離せぇぇぇ!」


間もなくして連行される男、その様子を見た周囲の来訪者は憐れんだような目で眺めていた。


「あっちゃ~。ありゃ"再取得所"行きだな」

「だねぇ。ご愁傷様~」


少し場がざわついたものの、職員たちも来訪者たちも、そこまで珍しいことではないといった物腰で事を流していた。


また、隣の窓口では別の職員が堂々と来訪者へ説教を飛ばしている。


「無免許の女性と外泊!?君ねぇ、もしものことがあったら責任取れるのか?バカなことするな!」

「すっ、すいませんした…」


ベテラン風の職員から怒鳴られ、若い来訪者は肩を落とししょげている。

その隣の窓口では、女性職員が淡々と手続きを行っていた。


「はい、再取得所からの承認が下りました。今から大人免許再発行しますね」

「あああ、ああ、ありがとうございます!もう二度と、絶対にゴミを散らかしたりしません!」


歓喜に湧く来訪者の男は、若干震える手で職員から免許カードを受け取っていた。

広いフロアのあちらこちらで散見されるこのような光景。

免許制度が第二の司法として機能し、強い裁量権を与えられているセンターは、通常の役所とは一線を画した、堅固な姿勢を見せる組織となっていた。

国民もまた、社会的ペナルティの高い減点や無免許となることに戦々恐々としながら、免許センターの職員たちに従順に従っているのだった。

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