『ライセンスワールド』

みやごん@物語論ヲタク

第1話:はじまりはじまり

「あのねぇ、レイプされたくらいでいちいち駆け込まないでくれる?」


とある交番で放たれた耳を疑う発言。

その無慈悲なセリフを言い捨てたのは、間違いなく国家権力を象徴する制服を纏った正真正銘の警官だった。

悲壮と涙に濡れた若い女性は、唖然としてたじろぐしかなかった。


「今の国の状況考えてもらわないとねぇ。誰かが死んだ訳でもないのに被害届なんか受理できる訳ないでしょう」

「え、あ、でも…」

「大体、その話本当なの?君から誘ったんじゃないのぉ?そんな短いスカート履いてさぁ」

「…!」


女性がセカンドレイプを受け絶句している最中、その警官に一通の無線が入る。


<セイサン地区のアパートで親子の遺体、至急現場へ向かえ>


無線を受けた警官は、当たり前のように女性を置き去りにしたままパトカーに乗り込み指示された現場に向かった。



「はぁ、またか…」


その刑事は現場となった安アパートの部屋で大きなため息をついていた。

青いビニールシートをめくると、その下には中学生と思われる男子の遺体。

近くにある介護ベッドには母親と思われる女性が息を絶えさせていた。


「増えてますね、ヤングケアラー」

「先月は一人暮らしの小学生が飢え死にだとよ。そんなヤマでもニュースにすらならねぇ」


落胆する刑事の元へ、若い警察官の男が駆け込んで来た。


「ダイマル通りで強盗です!犯人逃走中、応援願います!」


血相を変えて事件を知らせる新米警官だったが、刑事たちは一切動く様子を見せることなく、小さく息をついた。


「ほっとけ。そんな小せぇヤマに割ける人員なんていねぇよ」

「え!?」

「多すぎんだよ、事件が。凶器が見つからなきゃ、殺人事件だって自然死でカタつけちまうご時世だぜ。強盗だ強姦なんてものは捜査の対象ですらねぇんだよ」

「そ、そんな…」

「この国は、もうダメだろうよ…」



ここはとあるアジアの小国。

かつて、経済大国として発展していたこの国は、窮地に立たされていた。

世界的不況の煽りを受け、経済不安に陥った人々は疲弊の一途を辿る。

様々な社会問題が膨らみ、精神を病む者も増え、国内では凄惨な事件が相次ぐ。

取り締まられない軽犯罪の激増、ネグレクト、貧困、組織内でのいじめやハラスメントは横行、国連は事実上この国を見捨て、崩壊は間近とカウントダウンされている状況にまで追い込まれていた。


そんな中、国政のトップに位置する総理議長の男は、議会で大胆な発言を放っていた。


「決断の時だ!政治家という枠の中にあるカビの生えた常識ではもうこの国は救えない。真の手腕を持った有識人を集結し、新たな組織を形成する!」


大きな体格から放たれた言葉には、その場にいる全員を委縮させるほどのパワーが宿っていた。

突拍子もない議長の提案に、集まった議員たちは如実に疑問の意を表情に浮かべるも、

その放たれた覇気に反論を呈す者はおらず、その言葉を最後に議会は終了となった。


翌日、議長は国会中継にて国民に自身の意図と政策を発表した。

その前代未聞の計画に、各地からどよめきが上がる。


「皆さんが抱く多くの疑問、大きな不安は百も承知です。しかし、私はこの命を賭け、天地神明に誓い、必ずこの国を復興させてみせます。どうか、国民の皆さんのご理解を宜しくお願い致します」


TVカメラの前で身体を90度に折り曲げ頭を下げる議長。

その姿を画面越しに見る国民は戸惑いながらも議長の溢れる誠意に心を動かされていた。


「どう思う?」

「いや、いくら何でも…」

「でも、あの人が言うなら信じてもいいんじゃねぇか?」

「そうだね。汚れ役を買ってまで立候補した人だし、どっちにしても革命は必要だよ」

「亡命同然で逃げたどっかの誰かさんとは大違いの漢気だ」


数日後、総理議長は一人でセキュリティの厳重なとある会議室を訪れていた。

ドアを開けると、薄暗い部屋の中に5人の男女がテーブルを囲い椅子に座っている。


「集まってくれたことに、心より感謝する」


議長の謝辞を受け、5人は席に座ったまま軽く会釈をする。

そして、議長が上座の椅子に腰を下ろすと、早速会議が始まった。

集結した正体不明の5人は、手元の資料を確認しながら各々意見を述べ始める。


「増える国政借金、少子高齢化、外交脆弱、資源はおろか核すら不所持。今日の今まで植民地となっていないのが不思議でならん」

「この国の国民性がよく現れていますよ。リスクを取らないお人よし国家の成れの果てといったところでしょうか」

「まぁ、モノは見方ですよ。技術発展や観光産業としては強みになる」

「それも強国に吸収されてしまえば元も子もない。人間関係とて、お人よしは都合よく使われ何も報われず捨てられるのが常」

「無知で無能な老人たちが不毛な井戸端会議の繰り返し。過ちを認めずポジション守りに執着。実に厄介だな」


すると、中心人物と思われる人物が鶴の一声といった雰囲気で口を開く。


「ふふふ、結構です。やりがいしかありません。神々ですら成しえなかった完全統治という偉業を我々で成そうじゃありませんか」


総理議長より発足された謎の組織は、その後30分程度の話し合いを続け、最初の会議を終えるのだった。

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