第67話 自己紹介をがんばるサファイア

 ポメ太を両手で抱きしめたサファイアは、俺の背後に隠れながら顔だけぴょこんと出して、様子をうかがっている。


 そういやイヨンモールでは、サファイアは店員とは全く会話をしなかったっけ。

 実際には俺とは同僚なのだが、ここは分かりやすく友達ということでいいだろう。


「そんなところだな」

「……こわくない、ひと?」


「ぜんぜん怖くないぞ。優しいお姉さんだぞ」

「……うん」


「よーし。せっかくだから、お姉さんにちょっと挨拶をしてみようか」

「……やめとく」


 流れで提案してみたんだが、だめか。


 サファイアの境遇を考えれば、他人を怖がるのはもう仕方ない。

 だけどそのままというわけにもいかない。

 急には無理でも、少しずつでいいから慣れさせていかないといけない。


「じゃあポメ太と一緒に挨拶するってのはどうだ?」

「ポメ太と?」


「俺とミリアリアが隣にいるし、ポメ太も一緒だ? ほら、これならどうだ?」


 そう言うと、俺はサファイアの横にしゃがんで、安心させるように腰を抱いて引き寄せてあげた。


「ポメ太と一緒なら、できるんじゃないかな? 嫌ならすぐにやめればいいし、少しだけポメ太とトライしてみない?」


 ミリアリアも反対の隣にしゃがむと、サファイアの頭をそっと触れるように優しく撫でてあげる。


「うん……わかった」


 サファイアは、女性スタッフに向き直ると、何ごとか考えるように少し間を取ってから言った。


『ボクは、ポメ太だわん』

「ポメ太ちゃん、こんにちは。握手しましょうね」


 女性スタッフが笑顔で挨拶を返すと、ポメ太の手を取って握手をすると、ゆっくりと上下に振った。

 それで気持ちが少しは楽になったのか、サファイアが言った。


「こんにちは。サファイアです。むらさめが、おせわに、なってます」

「こちらこそ、ムラサメ隊長にはいつもお世話になっていますよ」

「いえいえ、こちらこそ」


 俺はサファイアの自己紹介に思わず苦笑しながら、ミリアリアに視線を向けた。


「ミリアリアママ、もう少し年相応の教育をしてやってくれると嬉しい」

 小声でお願いをすると、


「カケルパパ。これは誓ってわたしのせいではありません。多分ですけど、この前見たテレビドラマの影響ではないかと」


 しかしミリアリアは両手を左右に振って、自分のせいではないと否定した。


「ドラマのセリフか」

「サファイアは頭が良いので、気に入ったセリフをすぐに覚えちゃうんですよね」


「ならしょうがないな。いや、しょうがないどころか、むしろ褒めないといけないか」

「将来は役者になるのもいいかもしれません」


 俺とミリアリアが小声でやり取りをしている間も、女性スタッフとサファイアの会話は続く。


「ポメ太ちゃんとサファイアちゃん。2人とも上手にお名前が言えましたね。それじゃあ、お名前が言えたポメ太ちゃんとサファイアちゃんには、ご褒美に飴をあげましょう」


「……いらない」

「あら、どうしてかな? 飴は嫌い?」


「ううん、すき」

「だったら、どうして?」

「しらないひとから、ものを、もらっちゃ、だめって、ママに、いわれてるから……」


 サファイアがミリアリアを見上げた。


「それなら大丈夫よ。この人はカケルパパの知り合いで、わたしも知ってる人で、サファイアとポメ太も自己紹介したんだから、もうみんなお友達よね?」


「……じゃあ、もらう」

 恐るおそるといった様子で、サファイアがゆっくりと手を出すと、


「はい、どうぞ。ポメ太ちゃんの分も、サファイアちゃんに渡しておくわね」

 その手のひらの上にカラフルなフルーツ飴が4個、乗せられた。


「ありがと……」

「どういたしまして」


「よかったなサファイア」

「……うん」


 俺やミリアリアに対する態度と比べるとぎこちないが、初めて会った相手とちゃんとコミュニケーションを取ることができた。

 これはサファイアにとって大きな進歩だろう。


 これだけでここに来た甲斐があったというものだ。


「挨拶も上手くできたし、じゃあお待ちかねのお菓子売り場に行こうか」

「うん!」


 俺たちは店員さんとの話を切り上げて、お菓子売り場へと向かった。

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