第3話「もう、おそとに、でて、いいの?」

「大きな実験用動物を飼っていた――ってわけじゃないですよね、きっと」

 ミリアリアの声が陰りを帯びる。


 捜査チームの報告書によると、この秘密研究所では人体実験が行われていた。

 それもまだ幼い子供の。


 となれば導き出される答えは一つしかない。


「実験用の子供を、この檻の中に入れていたんだろうな」

「なんてひどいことを……!」


「この檻の数だ。いったいどれだけの犠牲者がいたんだか」

「──っ!」


 イージスの中でも人一倍正義感の強いミリアリアが、ギリっと奥歯を噛みしめる音が聞こえた。


 いくつも並ぶ檻は――動物ならまだしも――人が入るにはあまりに小さく、子供であっても、とてもまともに生活できるようなスペースではない。


 劣悪な環境で子供の人体実験を行う。

 まさに極悪非道の行いだった。


 と、俺はそこで、檻の一つに何かが動いた気配を感じ取った。


「奥から3つめの檻で何か動いたな」

「ほんとですか!?」


 ミリアリアの顔が一気に明るくなるが、それが人だったとして、果たしてまともな状態なのかどうか――。


「生存者かもしれない。確認しよう」


 俺はミリアリアとともに、トラップを警戒しながらゆっくりと檻に近づいていった。


 檻の中をゆっくりと覗き込むと、そこには――


「ぁ――ぅ――」


 小さな子供がいた。

 まだ5,6歳の女の子だ。


 薄手の白い服を着せられた女の子が、震える手を必死に伸ばしながら、力のない瞳で俺たちを見る。


「──っ! カマイタチ!」


 それを見たミリアリアが激しい怒りをあらわにしながら、真空の刃を発生させると、檻の鍵をぶった切ろうとした。

 分厚い鉄板すら豆腐のように切り裂く、風魔法を得意とするミリアリアの必殺技だ。


 しかし強烈な一撃を受けても、檻も鍵も壊れるどころか傷一つ付きはしない。


「ミリアリアのカマイタチでも傷一つつかない。この硬度、まさかオリハルコンか?」


「希少なアンチ魔法素材を使った檻だなんて! どこまでも用意周到ですね、ここのゲスどもは……!」


 ミリアリアの顔が怒りの色に染まる。


「ミリアリア、気持ちは分かるが落ち着け」

「あっ……と、すみません」


「ま、ここは俺に任せろ――リジェクト」


 俺は、魔法でありさえすればなんであろうと一時的に無効化できる、世界で俺だけしか持たない固有魔法『リジェクト』を発動した。


 キンと軽く高い音がして、オリハルコンが一時的にただの金属に変わる。


「カマイタチ!」

 今度こそミリアリアは檻の鍵を扉ごと断ち切ると、中に入って女の子を抱きかかえた。


「もう大丈夫ですよ。わたしたちが助けに来ましたから」


 女の子を優しく抱くミリアリアの声は、さっきまでとは打って変わって女神のように優しい。

 これが普段のミリアリアなのだ。


「……ま」

「はい、なんですか?」


「ママ……?」

 その問いかけに、ミリアリアはわずかに躊躇ためらうような間を置いてから、


「はい、ママですよ。だからもう大丈夫です。心配はいりません」

 そっと優しく語りかけた。


「もう、おそとに、でて、いいの?」

「もちろんです」


「ママ、ママ……もう、どこにも、いかないで……」

「はい。わたしは……ママはどこにも行きませんよ」


「よかった……。パパも、どこにも、いかない?」

 ミリアリアに抱かれた女の子が、その肩越しに俺を見る。


 俺は独身だしパパって柄でもないんだが、ここで話を合わせないほど空気が読めないわけでもない。


「当然だ。パパもどこにも行かないよ」


「よかった…………すーすー……」


「あらら、寝ちゃったみたいです」


「こんなところに閉じ込められて、ずっと恐くて気張っていたんだろうな」


「どうしますか?」

 ミリアリアが聞いているのは、この子を保護するか、逃げた研究員を追うかということだ。


「とりあえず人命優先だ。俺たちは正義の味方で、公務員だからな。犯罪被害者を見捨ててはおけない。ましてや小さな子供だ」


「カケルならそう言うと思っていました」


 こうして。

 悪の研究者こそ取り逃がしたものの、地下の秘密研究所を制圧した俺たちは、研究データを抑えるとともに、人体実験の被害者少女を救出・保護することに成功した。


 逃げられた以上、完璧とは言えなかったが、俺たち強襲部隊の仕事はこれで終わり──のはずだった。

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