悪の秘密研究所を壊滅させたら、実験体の少女に懐かれたんだが……。若き凄腕エージェント・ムラサメはある日突然、1児の父となる。

マナシロカナタ✨2巻発売✨子犬を助けた~

ある日突然、一児の父になる

第1話「むらさめ! ママがごはん、できたって! だから、おしごと、おわり!」

「むらさめ! ママがごはん、できたって! だから、おしごと、おわり!」


「お、呼びに来てくれたのか。偉いぞサファイア」


「はやく! はやく!」


 自室で書類仕事をしていた俺の袖をクイクイと引っ張りながら、元気に騒ぎ立てるのは、煌めくような銀髪を2つのシニヨンでツインテールにまとめた、赤い瞳の少女。


 俺の「娘」のサファイアだ。


「そんなに急がなくても、ご飯は逃げないよ」

 俺が苦笑を返すと、


「にげないけど、さめちゃうもん! だから、はやく!」

 なんて、元気のいい答えが返ってくる。


「なるほど。たしかにそうだな。せっかくミリアリアが作ってくれたんだ。冷めないうちに早く食べないとだ」


「むぅ! ミリアリアじゃなくて、ママ!」

「ああうん、そうだった。そうだった」


「れんしゅうです! もういっかい、いってください!」

「み、ミリアリアママがせっかく作ってくれたんだもんなぁ」


「よくできましたね!」


 えっへんと胸を張ったサファイアに、俺は苦笑しながら、作りかけの書類を軽く脇に寄せて片付ける。

 そのままサファイアに袖を引っ張られながら、リビングへと向かった。

 途中でサファイアが自慢げに話しかけてくる。


「あのねあのね! サファイアも、おてつだいしたの!」

「お、えらいじゃないか。何のお手伝いをしたんだ?」


「おいもさんの、かわむき! それとにんじんのかわも、むいたよ! あと、スープがぶくぶくって、こぼれないかも、みはってた!」


「皮むきしたのか、偉いなぁ。上手くできたか? 指とか怪我しなかったか?」


「むらさめ! いっておきますが、サファイアは、できるおんな、です!」


 サファイアがわざとらしく口をとんがらせる。

 でも本当に怒っているわけではない。


 俺に構って欲しくて、怒っているふりをしているのだ。

 ははっ、可愛い奴め。


「できる女って、どこでそんな言葉を覚えてくるんだよ?」


「ママが、いってました!」


「ミリアリアか……まったく、もうちょっと年相応の言葉を教えるように言っておかないとな」


「だから、ミリアリアじゃなくて、ママだよ、ママ!」


「うーん、ずっとミリアリアって呼んでいたから、まだちょっと慣れないんだよなぁ」


 俺の中じゃミリアリアはミリアリアだ。

 気立てが良くて美しく、正義感に溢れた素敵な女の子。


 なにより、俺が率いる強襲攻撃チームの頼れる副官でもあるミリアリアを「ママ」と呼ぶことは、なんとも気恥ずかしかしい。


「だったら、サファイアが、ママってよぶ、れんしゅうに、つきあってあげます」


「あはは、さすがに練習はしなくてもいいだろ?」


「むらさめ! できないことは、すぐに、れんしゅうしようねって、ママが、いってましたよ!」


「むぐ……っ」

 幼女にド正論パンチを喰らってしまった……。


「それでは、ごはんのあとに、ママをママって、よぶ、れんしゅうを、します」


「えーとだな。俺まだ、もうちょい仕事が残っていてだな」


「それは、ママをママって、よぶよりも、だいじなおしごと、ですか?」


「いえ、いたって簡単な書類仕事です……」


 純真無垢な目で見つめられて、おれはつい正直に答えてしまう。

 いやだってさ?

 このキラキラした曇りのない目で見られたら、普通の人間はこうなっちゃうと思うんだ。


「それでは、きまりですね!」


 俺から満足のいく答えを引き出したサファイアは、満足顔で笑った。


「ふふっ、イージスの誇る凄腕エージェント、カケル・ムラサメもサファイアの前だと形無しね」


 そんな俺に向かって、リビングから少し笑いを堪えたような声が投げかけられる。


 優しさを帯びた透きとおるような声の主は、ミリアリア・プラムフィールド。

 特別治安維持部隊『イージス』で俺の副官を務める若き才媛だ。


「ママ! むらさめ、よんできたよ!」


「ありがとうサファイア。よくできましたね」


「うん! サファイアは、できるおんな、だから!」

「ふふっ、偉いわね」


 ミリアリアがサファイアの頭を優しく撫でると、サファイアは嬉しそうに目を細めた。


 心温まる2人のやり取りを穏やかな気持ちで眺めていた俺は、さっきミリアリアも言ったように、実は特別治安維持部隊イージスの凄腕エージェントをやっている。


 ミリアリアと結婚しているわけではないし、サファイアも実の娘ではない。

 俺は任務でこのサファイアという少女の父親役をやっている。


 俺がなぜ、慣れない父親役なんかをやっているかというと。

 話は数日ほど前にさかのぼる──

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