男の子たちの内緒話(ヒョードル)
「いい加減に仲直りしてよ、君たち二人が気まずいと俺たちも自然と気まずくなるんだから」
僕の苦情にレオは煩そうに眉間にしわを寄せる。
大概の人はこの顔を見て逃げ出すだろうけれど、幼馴染の僕には通じない。
レオの顔をよく見れば、不機嫌に見せている奥に『気まずいです』と書いてある。
それにアイシャ嬢もいつものように怒っているという感じではない。
「模擬戦のとき、着替えもせずに会場からいなくなったよね」
黙っているが表情は肯定している。
レオは気を許した人には案外感情を見せる。
「レオのことだからアイシャ嬢に謝りにいったんでしょ? 確かにあれは言い過ぎたよね」
ぐうっと眉間にしわを寄せて苦悶している。
レオとアイシャ嬢は仲が悪いというのが一般的な意見だが、僕やマックスから見ればレオがアイシャ嬢にちょっかいを出している感じ。
嫌いならレオは視界に入れない。
認識して、難癖でもなんでもわざわざちょっかいを出しにいくということは
まさかレオに好きな子ができるなんて思わなかった。
そしてそのアプローチがわざと虐めて気を引こうとする稚拙なものだなんて……笑える。
「謝りにいって、何があったの? また喧嘩売ったの?」
あの模擬戦以来、アイシャ嬢は雰囲気を変えた。
被っていた特大の猫を脱いだという感じだけれど、あの性格をいままでよく隠していたなって思うくらいの変化っぷり。
アイシャはもう誰にも好き勝手にさせない。
あの国王に対してあれほど啖呵を切るのだから、同級生に遠慮する必要などないのだ。
机の中もロッカーの中もスフィンランたちの凍らせて誰にも触らせない。
池に突き落とそうとした女性徒は逆に突き落としてスフィンランたちにそのまま凍らせる。
防御も攻撃も容赦がなく、騒げるものなら騒いでみろという態度を隠さない。
騒げないのが分かっているのだ、愛し子には王族に対するように接しなければいけないというのがこの国のルールだから。
目障りなら近寄らなければいいでしょう?
アイシャ嬢はそんな態度を隠さない。
「売っていない、嫌いなのはお互い様、これからは近づくのは最低限にしようと」
それはショックだったねえ。
「なんか可愛かった」
え、そうなの?
婚約者のフウラにそんなことを言われたら僕はショックで寝込むよ?
「そうしたらアイグナルドがアイシャ嬢にとびかかって」
「え、攻撃したの?」
驚いて声を上げたら、レオが違うと急いで否定した。
「飛び掛かるというか、抱き着く? 甘えるって感じで……その、色々ベタベタと触ったりして……それでスケベ公子って言われて、引っ叩かれた」
……え?
スケベ、公子?
レオが……スケベ……頬を引っ叩かれた、スケベだから……え、何それ、面白い!
「笑うな」
うわ、不貞腐れてる!
面白い!
貴族の嗜みとして感情を隠すために机に顔を伏せたとのの、笑いは抑えられず肩を震えは止まらない。
「そんなに可笑しいか?」
「そりゃあね。ご令嬢方の憧れの的、僕たちの代では理想的な花婿とされるレオをスケベ公子って……スケベ……ブフッ! スケベ、スケベって……フハッ、アイシャ嬢、最高」
囁きながら大笑いする。
我ながら器用。
「おまえたちのせいだぞ」
「ぐふっ」
アイグナルドたちを責め始めたレオに腹の奥から来た空気で喉が変な音を立てる。
「お前たちの愛し子は俺だというのに」
やきもちやいているのか、可愛い奴だな。
まあレオにとってはアイグナルドたちだけが家族みたいなもんだからなあ。
そしてあの家族だから気づいていないのか。
精霊は愛し子以外の人間には興味を持たないが一部例外もある。
それが愛し子の子や孫というのはよく知られている例だが、その理由については諸説ある。
精霊は話ができないので(雰囲気で言いたいことは分かる)推察するしかないけれど、僕はその対象は
愛というと大げさかもしれないから「大好き」って感じでも対象内、好意レベルでは対象外。
ウィンスロープはアイグナルドに愛される魔力を持っていると言われている。
だからこの説が当てはまるか分からなかったけれど、アイグナルドがアイシャ嬢に抱きついたというのならばアイグナルドのそうなのだと思う。
僕の精霊ゼフィロスもフウラにとても懐いている。
フウラはおっとりしてるからゼフィロスが甘えて髪と戯れても、逆に嬉しそうに構っている。
嬉しそうなゼフィロスを見ると嬉しくなるけれど、あまりにフウラにくっつくと引きはがす。
この子たちって本能的で赤子みたいなものなのか、それとも僕の気持ちに影響されたりするのか、フウラの胸に埋まろうとしたりするん……ああ、そういうこと。
「そうか、レオも胸が大きな子が好きだったんだね」
僕もそう。
確かに先日のアイシャ嬢を思い出すと細身の割にはあったような……うわっ。
「な、なに?」
「なんか妙にイラッとした」
目線で火傷するかと思ったよ。
「ケガさせるわけじゃないし、
「いや、迷惑だろ」
「仕方がないよ、こればっかりは」
「仕方がないですませるな、俺は真剣に……」
「なーに騒いでんだ? 真剣に、なんだって?」
「「マックス」」
「図書館ではお静かに」
マックスの指さすほうをみて、気まずそうに顔をパッと背けた司書の女性に反省する。
「お前たちが男の内緒話をし始めるから、館内の女性たちの耳が大きくなってるぞ」
気まずそうな理由はそういうこと。
確かにレオの女の子の好みに関する情報って貴重だ。
「男の嗜み、その二」
マックスは机の上に円錐の形の魔導具を置き、スイッチを押す。
風の流れが変わり見えない壁に包まれた感覚になる。
「防音の魔導具?」
「そう。唇の動きに気を付ければ外には分からない。それで誰の胸の話?」
「誰のでもない」
またまた、とマックスが不機嫌に戻ったレオの肩を叩く。
「さっきの感じではレオか。触ったの? 大きかった? 柔らかかった?」
「マックス」
伯爵家だが三男坊のマックスに政略的な結婚は必要とされておらず、婚約者候補すらいないと言いながら後腐れのない恋愛を楽しんでいる。
お前の爛れた男女関係と一緒にするな。
いまのレオは純愛の、しかも片思いの最中なんだ。
「止めるな、ヒョードル。胸の話をしていたってことはレオも胸のほうが好きか。このあと大きい派と小さい派に分かれるけれどどっち……」
「マックス、そのくらいにしておけよ。魔導具の防音には限界があるんだから」
学院の明るい図書館で話すことでは絶対にない。
「大丈夫だって。音の漏れを防ぐじゃなくて、様々な音の波長を出して聞き取りにくくする設計になっているから。アイシャと作った最新作、アイツの発想っていちいち新鮮で面白いんだよな」
アイシャ嬢とマックスは仲がいい。
多くの生徒がレオの気を引こうと彼の真似をしてアイシャ嬢にきつく当たっていたが、僕もマックスもレオのご機嫌取りなんてしないのでアイシャ嬢との接し方は自分で決めている。
マックスではないがアイシャ嬢の目の付け所は面白く、知的探求心も高いので彼女と議論するのは楽しい。
マックスのほうは趣味の魔道具作りを一緒にする仲間であり、スイーツ大好き仲間でもあるとか。
とにかく僕たちの中でマックスが一番アイシャ嬢と仲が良い。
「そういえば学長の呼び出しは何だったんだ?」
話がいい方向に進まなそうなので話題を変えることにした。
先ほどマックスだけ学長室に呼ばれたのだ。
「ヴィクトルが学園に通うことにしたんだって」
……波乱の予感。
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