第5話 恋の味はほろ苦い
「……笑うな」
机に顔をくっつけて肩を震わすヒョードルにレオネルは不貞腐れた。
「だ、だって……スケベ公子って!ははは、スケベ公子!アイシャ嬢、最高!」
ヒョードルは囁き声で大ウケするという器用な真似をしてみせる。
「陛下を筆頭にしたお偉方に啖呵きった姿もすごかったけど、社交界期待の星であるレオにスケベ、ははは、スケベ……スケベはないだろう」
「スケベを連呼するな……全く、アイグナルドたちのせいだぞ」
「そーだねー」
王太子の側近候補同士、幼い頃からの長い付き合いなので、からかう口調にイラッとして「なんだよ」と掴みかかる。
「こういうのって説明することじゃないし、僕としてはこのまま迷走するレオを見て楽しみたい」
「悪趣味だって、誰かに言われないか?」
「たまにね。それにこれは知ったからと言って何もできないしね」
「アイグナルドたちがまた襲いかかると?」
「ケガさせるわけじゃないんだし、
「いや、迷惑だろう?」
レオネルは積まれた本に隠れて遊ぶアイグナルドたちをじっと見る。
「ちなみに、妖精は男なのか?」
「は?」
「だから性別はどっちなのかなって」
レオネルの質問にヒョードルはきょとんとしたあと、大爆笑しながら机をバンバン叩いた。
普段のヒョードルは年齢に似合わない落ち着いた雰囲気の大人びた少年なのだが、一度笑いのツボにはまると大きなリアクションで笑う。
「なーに騒いでんだ?」
「マックス」
マクシミリアンは背後を指差す。
「司書さんがこっち見て眉間にシワを寄せてたぜ」
そう言うとマクシミリアンは円錐の置き物を出して、自分の魔力を流す。
「防音の魔道具ぐらい持ち歩けよ、それが男の嗜みだぜ?」
「女の子を空き教室に連れ込むのに便利なだけだろう?」
レオネルの嫌味をマクシミリアンは笑って聞き流す。
跡継ぎをつくる必要性が低い伯爵家の三男坊。
結婚を急かされることなく婚約者もいないマクシミリアンは後腐れのない恋愛というものを楽しんでした。
「あれ?この魔道具は新作?」
「そう、アイシャと作ったんだ」
「“アイシャ”?あのアイシャ?」
「多分そのアイシャ。あいつの発想って面白いんだ。音を被せるだと抜けがあるから、空気を不定期に揺るがして音を変えたらどうかって」
その魔道具を作るキッカケは、女の子との遊びの現場を偶然隣室にいたアイシャに聞かれてしまったことだったが、先ほど男の嗜みについて偉そうに言った手前マクシミリアンはそれは言わないことにした。
「いつの間に彼女とそんな話を?」
「俺、アイシャと組むことが多いから。待ち時間にちょいちょい雑談をしてる、お前たちだって話するだろう?」
「まあね」と答えるヒョードルに対し、マクシミリアンは唖然としている。
「俺、あまり彼女と組んだことがないんだが」
「そりゃそうだろ。火と氷じゃ
変なことを言うなとマクシミリアンは笑ったが、不貞腐れるレオネルと苦笑するヒョードルに首を傾げた。
「それよりも、学長の呼び出しはなんだったんだ?」
ヒョードルの問いにマクシミリアンは「そうだった」とここにきた目的を思い出す。
「ヴィクトルの帰国が決まったんだ」
「昨日会場にいたのはそういう理由だったのか。さすが我らの優秀な皇太子、予定より一年早く戻ってきたんだな」
「しかし国王に呼ばれるなら分かるが、なぜ学長が?」
「ヴィクトルがここに通いたいと言い出したんだ、俺たちもいるからって」
「なるほど、それで学院内の護衛としてマックスが呼ばれたのか」
王族の最も近くで剣を持つ護衛は誰にでも任せられるものではないため、家柄はもちろん性格や思想など細かく調査される。
マクシミリアンは近衛隊長マールウッド伯爵の息子であるため適役だった。
「予定より早く帰国したから余裕もあるのか」
「帰国には事情もあってさ、第二王女との婚約が破綻したから学院で婚約者探しをするんだと」
「破綻?そもそもヴィクトルの留学は王女との結婚を見越して、見合いを兼ねたものでもあっただろうに」
「ここだけの話なんだけれど、第二王女が護衛の騎士と駆け落ち騒ぎを起こしたらしくて……翌朝に城下町の花宿で保護されたんだけどさ、さすがに他国の王族との婚約を継続するわけにはいかないだろ?」
「まあ、無理だな」
王族に嫁ぐ女性は婚礼式を挙げるまで清い身でなければならない。
処女に関しては当人たちしか知らぬことであるため清くなくても秘密にすることはできるが、
「婚約者に裏切られるとは……」
「基本的に楽観的な奴だけど、気落ちしていなければいいのだが」
親友を思う二人とは対照的に「ヴィクトルは全く堪えてないから」と苦笑する。
「王女の駆け落ちに手を貸したのはヴィクトル自身なんだ。落ちない護衛騎士を花宿に連れ込んで既成事実を作れと王女に助言したのもヤツ」
「首謀者じゃん……脳内お花畑の王女を嫌がっていたけどさ」
「血統はいいからと妥協したくせに……実物に会って考えを変えたな」
あいつならやりかねない、とヴィクトルの幼馴染である三人は理解した。
「婚約者探しの背景は分かったが、相手がいないだろう。王太子の婚約者が決まったのが四年前、この四年間で身分のあうご令嬢は全員婚約済みだ」
「違うよ、レオ。伯爵家以上のご令嬢たちの婚約は表向きは継続されるが裏では全て白紙の状態になる。王太子妃、つまり未来の王妃の座が空位になったんだからね。僕とフウラ嬢の婚約も一旦棚上げか」
「ヒョードルとフウラ嬢の相思相愛はヴィクトルも知っているし、国益を第一に考えられるアイツが次期東方将軍から婚約者を奪うことはしないだろうさ。同じことが次期南方将軍のレオにも言えるけれど……」
「俺の婚約者なら
唸るようなレオネルの声にヒョードルとマクシミリアンは顔を見合わせる。
「レオ、カレンデュラ嬢にヴィクトルの妃は無理だよ。婚約者候補としても名があがらないよ」
「侯爵家のご令嬢だぞ。
レオネルの熱心な推しっぷりに二人は呆れる。
「お前さ、本気で言っている?優秀なのは血だけじゃん」
「身分は申し分なくても性格や人格や性根に問題がある。それは周知の事実だろ?」
「そんな女を俺の嫁にって、俺の母だというあの女はバカなのか!?」
性格、人格、性根を全否定されているカレンデュラだったが、なぜかレオネルの生母であるウィンスロープ公爵夫人のお気に入りだった。
「公爵夫人も人格等がどうであれ、元王女で筆頭貴族夫人という地位のせいで社交界で忖度されまくっているからね。周りにどう思われても自分が一番ならそれでいい、見事な似た者同士さ」
「血なんて関係なく好ましい女を嫁にしたい」
「それは無理だよ、公爵夫人にとって唯一自慢できるのがその身を流れる王族の血だ。レオの嫁の条件から絶対に血統だけは外さない……夫人を動かす方法が一つだけあるけれど」
ヒョードルの言葉にレオネルは目から表情を失くし、首を横に振った。
「それだけは無理だ。父上はあの女を嫌悪している、あの女と一分でも同じ空気を吸うなら自害すると明言するほどにな」
ウィンスロープ公爵家の事情を知っている二人は何も言えず、レオネルも不要なことを言って気を使わせてしまったと顔色を変える。
何も言えない緊張感のある空気を払おうと「そういえば」とマクシミリアンは先ほど仕入れたもう一つ情報を披露した。
「実はさ、アイシャがヴィクトルの妃候補に挙がっているんだ」
「はあ?」
「え、嘘?」
勢いのよい二人の反応にマクシミリアンは軽く仰け反る。
「先日の模擬戦で見たアイシャの気風が気に入ったんだって。当然陛下は反対なさったけれど、意外にも貴族の中からも賛成の声が出ていてね」
マクシミリアンの言葉に、思い当たる節のあるヒョードルは「なるほど」と理解したが、
「アイシャが妃か。彼女の性格と素質を考えれば悪い意見ではないけれど……ちょっと遅かったなあ」
「何が?」
「レオネルの近くにいるアイグナルドを見てみなよ」
そう言われてレオネルのほうを見たマクシミリアンは顔を青くする。
なぜなら彼らはレオネルの肩に乗り、マクシミリアンに向かって親指を下に向けていた。
「自覚したばかりだから制御がきいていないんだ。嫉妬の炎で火だるまにならないことを願っているよ」
ヒョードルの言葉にポカンとしたマクシミリアンだったが、理解すると何度もヒョードルとレオネルの間を目でいったりきたりさせた。
「え、マジか!?火だるまって……俺が護衛だ」
青い顔をするマクシミリアンの肩をヒョードルが叩く。
「俺、火だるま?」
「そういうこと、せいぜい頑張って」
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