会いたくなったら
阿木みつる
第1話冬眠
物心がつく前から毎年12月末、母と僕は父に会いに行く。
僕が父のいない家庭だとはっきり意識したのは7歳ぐらいだったと思う。
小学校に入学してたくさんの行事があるなか父の姿は一度も見たことがなかったし母ですら仕事の多忙さゆえ姿をみせることは稀だったと思う。
そもそも父という生き物がこの世に存在することすら考えて生きてこなかった。
たぶんあの日までは
よくドラマとかで不在の親の存在を海外で暮らしているとか病気や事故で亡くなったと子どもに周囲が呪文のように言い聞かせることがあるけれど僕の場合、母は、父は冬眠していると軽く冗談まじり言っていた。
父が既にこの世の人ではないと知ったのは、どんなに仕事が多忙でも母は毎年12月末に休暇をとって僕と一日テーマパークで遊びまくり帰りの車中で爆睡している僕をむりやり起こして小さな霊園に連れて行く。
市村家 僕の周りでその名字の人はいない。
母の知り合いだろうと小さいころは思っていたが中学生になった頃まじまじとその墓石を見て気づいた。
市村竜志(いちむらりゅうじ) 享年29歳
奥田志音(おくだしおん)僕の名前だ
この時、初めて母にはっきり聞いたと思う。
「この竜志さん冬眠している僕のパパなの?」
うつむいていた母が僕の顔をはっきり見て
「そうずっと冬眠してる志音のパパ」
空気が澄み切って吐く息は白く濁り母の声だけがはっきりと僕の耳に伝わった。
帰りの車中、僕たち親子は多くの言葉を交わさなかった。
父はもう亡くなっている人で僕とは名字が違うし母とは色々訳アリの関係だったのかもしれない。
今更、さほど驚くことではないし今の生活に大きな影響がでるわけでもない。
四年後
今は毎年恒例だったテーマパーク&墓参りは行っていない。
きっと母は一人12月末に行っているのかもしれない。
母は強要しないし僕も17歳になって進路やバイトのことで頭がいっぱいで記憶の片隅に追いやってしまっているのが現状だ。
その日はバイトも休みで勉強にも身がはいらず、ただ部屋の天井を眺めている日だった。
12月初旬にしては暖かく部屋に籠るにはもったいない日だった。
急に友人の智輝(ともき)に連絡しても彼女とデートだと断れるのも癪だし一人何となく街に出掛けることにしたけれどおもしろくもない。
電車の中ふと冬眠中の父に会いに行こうと思い立った
軽い気持ちだった 一日の時間潰しのつもりだった
何度も行った霊園は電車では遠く感じた。
線香、花とか必要かと考えたけれど電車賃で財布が軽くなったのでやめた。
所詮薄情な息子なのだ冬眠中の父よ。
二年ぶりの霊園だった。
なんとなく墓石の場所はうる覚えで霊園全体を見渡しながら市村家をさがした。
休日ということもあって、辺りは何組かの家族たちが墓掃除をしたり法要していたりする光景が見られた。
確か本堂が近くにあったことを思い出してその周辺を歩いてみる
本堂近くの墓石でも喪服を着用した数人の家族らしき人がいたので邪魔にならないように墓石の裏を通ろうとした瞬間、僕の目に飛び込んできたのは市村竜志 享年29歳と刻みこまれた墓石と僕の姿を見て悲鳴に似たような声をあげる年配の夫婦だった。
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