第12話 禁断の領域(エリア)
死刑制度のないルナシティでは、終身刑が最高刑だ。
ルナシティ警察本部の地下の重犯罪拘置所には、終身刑の中でも死刑に値する罪人たちが隔離されていた。彼らは、太陽の光を見ることもなく、地下に造られた牢獄で一生を終える。
その中に過去に5人の少女を惨殺したリア・バリモアがいた。彼女は一番下の10階に収監されており、アダムは、彼女に会うために、厳重なセキュリティを通り抜けなければならなかった。
同じ階でもパスワードが必要な部署が多く、地下へのエレベーターホールへの案内は一切なかった。だが、アダムは新人研修時に一度だけ見た記憶を頼りに、迷路のような署内を
音声認証のスピーカーの前で、
「アダム・M・フィールズ」
そう名乗って、拳銃をロッカーに預けてから、彼は開いたエレベーターに乗り込んだ。行き先ボタンはなく、事前登録済の階しか行けない仕組みだった。
エレベーターが動き出すと、銀色の壁面が目に入った。
B1、B2……B3
扉の上にオレンジ色に点滅する数字が、地下10階へ降りていることを示していた。しかし、エレベーターの中は静まり返っていた。一人でいると、閉じ込められてしまったような不安が湧いてくる。
そんな時、頭上のモニターから声が聞こえてきた。はきはきとした女性の声だった。
「こんにちは。フィールズさん。そのネイビーブルーの制服、良くお似合いですね。スーツも素敵でしたけど」
「……誰だ? 監視課か?」
「そうです。このエレベーターは私たちが管理しています」
「俺を知っているのか」
「もちろんです。あなた、優秀だと有名ですもの」」
むっとして口を閉ざしたアダムに、声の主は話し続けた。
「私たちはルナシティ全域を見張っていますが、エレベーターの管理は正直退屈です。でも今日は違いましたね。フィールズさんが登録されていると見てびっくりしました。しかも訪問先があなたが逮捕したリア・バリモアだなんて! 」
女性係員は興味津々だったが、アダムにとっては不愉快な話題だった。
だが、重犯罪拘置所の構造には興味がある。アダムは、女性に尋ねた。
「ここの地下拘置所には、リア・バリモア以外にどんな囚人がいるんだ? 彼らはどんな環境で暮らしているんだ」
女性係員は答えた。
「詳細は秘密ですが、猟奇殺人や大量殺人など、社会復帰の可能性のない凶悪犯です。彼らは一切の自由を奪われて、監視カメラやセンサーで常に監視されています」
「罪の報いとは言え、酷い所だな」
「そういうことですね。まぁ、ケースバイケースで自殺するのを見逃してやることもありますが」
声にほのかな優越感が含まれている。アダムは、あまりいい気分がしなかった。
エレベーターが地下10階に着いた時に、女性係員の声がまた聞こえてきた。
「フィールズさん、今度、お食事でもご一緒しませんか」
「……そういわれても、こちらからは、そっちの姿でさえも分からないんだが」
「私は40階の指令室にいます。いつでもお越しください」
「いや……ゆく用事もないし」
「そういわずに、今、モニターの下に私のブースのパスワードを表示しました。どこかに控えておいてくださいね」
アダムはモニターに映し出された5桁の数字を無視した。その時、地下10階に到着したエレベーターの扉が開いた。
アダムはで出てゆきしなに、地上40階からの声の主に言った。
「それ、さっさと消せ。セキュリティーチェックに引っ掛かるぞ」
閉まった扉の中に女性の声が響いた。
「つれないんですね。アダム・M・フィールズ。でも、ますます、興味が湧いてきました」
* *
アダムが降りたエレベーターホールは、白壁に囲まれた殺風景な場所だった。係員は誰もいない。
地下10階。5人の少女を殺したリア・バリモアは、この重犯罪拘置所で一番の最下層にいる。
スラム街で暮らす人々を”最下層のゴミ”と蔑んだ女だ。アダムは昨日、マンホールの中で出会った子どもの顔を思い出した。幸せの国へ連れて行ってくれと彼に笛を渡したあの笑顔は、決してゴミではなかった。
廊下の突き当りの部屋の上の表示パネルが点滅している。その部屋がリア・バリモアと対面する面会室だった。
音声認証のスピーカーに再び向い、
「アダム・M・フィールズ」
そう名前を告げると、面会室へと続く扉が重々しく開いた。
* *
「久しぶりね。元気だった?」
面会室の金網越しに、彼女はアダムの顔を見つめて甘い声で言った。顔を合わせたのは、公判の裁判所で最後に見た時以来だった。
リア・バリモア。
収監されてもなお、彼女は若くて美しさに陰りは見えなかった。金髪のショートカット、青い瞳、スレンダーな姿態。彼女は、魅惑的な笑みを浮かべた。
「元気だよ。君は?」
アダムは淡々と答えた。
「私?私は最高よ。ここは天国よ。あなたも来ない?」
からかうようにリアは言う。彼女の目には、油断のならない光が宿っている。
「ありがとう、でも断るよ」
「そう? 残念ね。せっかく会いに来てくれたのに」
「俺を呼びつけたのは、そっちだろう。何か用事でもあるのか?」
訝しそうに、アダムは言う。すると、リアは座っていた椅子から立ち上がって、面会室の扉を開けた。それは魔法のようだった。
「えっ、ち、ちょっと、待てよ」
アダムは目を丸くした。ここは、鉄壁のセキュリティで守られているはずの場所なのに。
リアは笑って、驚くアダムを手招く。
「長くなりそうだから、私の部屋に来なさいよ。食事を用意させるわ。こんな殺風景な場所で話すより、ずっと有意義な話ができるわよ」
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