クエスト6: 緊急事態発生、命の危険を回避してください

第1話 モン太からの警告!?

 カタンと食事用の小窓が開く音が聞こえて、彩良はいそいそと夕食のトレイを取りに行った。


 狭い部屋の中での監禁生活でたいした運動もしていないのだが、一日三回、腹時計は規則正しく鳴ってくれる。


(おしゃべりも何気にエネルギーを使うのよー)


「あ、今夜は肉野菜炒めだ。おいしそう」


 食事を運んでくる衛兵に「もっと力の付くものにしてください」と頼んだところ、王宮にいた時と変わらないものが出されるようになった。


 食欲がないと言っていたフィリスも、彩良がパクパク食べているのを見て刺激になったのか、今では同じものを食べている。


 フィリスが交代で自分の分を壁際に運んだのを見てから、彩良は「いただきます」とフォークを取り上げた。


 とその時、鉄格子の付いた高窓から黒い塊がテーブルの上に落ちてきた。


「きゃあぁぁぁ!」と、彩良は叫び声を上げて、イスから転げ落ちそうになる。


(まさか、巨大なゴキブリとか!?)


「サイラ!?」と、フィリスの慌てたような声が聞こえる。


「だ、大丈夫。なんか上から降ってきたー……」


 彩良がヨロヨロと座り直すと、テーブルの上にはクリーム色の小さなサルがちょこんと座っていた。


「モン太!?」


「ウキッ」と、モン太はうれしそうに鳴いて、彩良の差し出す手の中に飛び乗ってきた。


 そのまま頬ずりすると、久しぶりのフワフワの毛皮と温もりが気持ちいい。


「元気そうでよかったー。みんなも元気にしてるの?」


 モン太はコクンと頷いて、それから高窓の方を指差した。


 彩良が振り仰ぐと、エメラルドグリーンの大きな鳥が鉄格子の外からこちらを覗いていた。


「あ、ピッピもいるの!?」


 答えるようにピッピは嘴で鉄格子をコンコンとつついた。身体が大きすぎて部屋の中まで入れないらしい。


「モン太、ピッピに連れてきてもらったの?」


 モン太は頷く。


「会いに来てくれたのはうれしいけど、王都は人間がいっぱいいて危険なのよ。見つかったら殺されちゃうの。ここにいる分には誰も来ないから心配はないんだけど――」


 そこまで来てようやくフィリスが一緒にいることを思い出し、彩良は振り返った。


 普段から離れたところにいるフィリスは、さらに遠ざかろうとしているのか、壁にペッタリと貼り付いていた。


「サイラ、そいつらは魔物ではないのか……?」


「うん、そうなんだけど。森で仲間になった子たち。かわいいでしょ?」


 ほら、と両手の上のモン太をフィリスに見せた。


「か、かわいい……?」


 フィリスは引きつった顔で首を傾げた。


「モン太っていう名前なの。窓のところにいるのはピッピ。モン太、フィリスを襲ったりしないよね?」


 モン太は心外だとでも言うようにプウッと頬を膨らませた。


「ごめん、ごめん。疑ったわけじゃないのよ。ただ確認しただけー」


 なだめるように抱っこして頭を撫でてやると、機嫌を直したのか、モン太は気持ちよさそうに目を細めた。


「フィリス、心配しなくても大丈夫。モン太は襲ったりしないよ。そもそも、いつも果物とか木の実を食べていて、肉は口にしないんだから」


「肉を口にしない魔物……? そんなのただの動物でしかないではないか」


「でしょ? みんな魔物っていうけど、あたしからすると普通の動物なのよね」


「君の言う魔物はみんな肉を食べないのか?」


「みんなじゃないわよ。オオカミやそこにいるピッピはウサギとか鳥とか食べるし、クマは焼いたお肉なら食べるかな」


「でも、同じようにツノが生えていて目が赤いと……」


「うん、そう。だから、あたし、てっきりこっちの世界の動物はみんなツノが生えてるのかと思ってたの」


 それでもフィリスが近寄ってくることはなかったが、しげしげと興味深げにモン太とピッピを交互に見つめていた。


 そんな中、ピッピはどこか苛立ったように鉄格子をうるさいくらいにコンコンと叩き始めた。


「ピッピ、どうしたの?」


 モン太ははっとしたように彩良の手から飛び降りると、テーブルの上の夕食をクンクンと嗅ぎ始める。


「お腹空いてるの? 野菜のところ取ってあげるから、手を突っ込んだりしないでよ」


 彩良がフォークを取り上げて野菜炒めの中のニンジンを刺そうとした時、モン太の手がミルクの入ったカップを倒した。


 なみなみ入っていたミルクはトレイの中に全部こぼれてしまった。


「あ、こら! イタズラしちゃダメじゃないの!」


 モン太を捕まえようとすると、彩良の手をすり抜けてフィリスのところにジャンプしてしまう。


「うわ!」と、フィリスは声を上げて反射的に飛びのいている。


 モン太はというと、フィリスが床の上に置いたトレイのミルクも同じようにひっくり返して、再びテーブルの上に戻ってきた。


「ああ、もう! 食べ物を粗末にしちゃダメでしょ?」


 彩良がメッと顔をしかめると、モン太は妙な動作をし始めた。


 トレイの上を指差し、それからその場に転がって寝たフリをしている。


「……なにかの遊びなの?」


 モン太はプルプルと首を横に振って、同じ動作を繰り返した。


「うーん。何か伝えようとしているのはわかるんだけど……。フィリス、わかる?」


 彩良はフィリスにも見えるように横に移動した。


 彩良が当てにならないと思ったのか、モン太はフィリスの方を見ながら同じ動作をする。


 フィリスは怪訝そうにモン太を眺めていたが、三回ほど繰り返し見たところではっと息を飲んだ。


「ミルクに眠り薬が入っているのか?」


 フィリスの問いにモン太は『当たり』と言わんばかりに大きく頷いた。


「今夜、誰か来るんだな?」


 モン太はもう一度頷く。


「目的は?」


 モン太は彩良を指差し、それから自分の首をかき切るマネをした。


「狙われているのはサイラか?」


 モン太は頷いた。


「ど、どういうこと?」と、彩良はフィリスの方に聞いた。


「ミルクの中に眠り薬が入っていて、寝ている間に誰かが君を殺しにくる、とこのサルは言いたいらしい」


「そうなの?」


 彩良がモン太に確認すると、やはり頷いて返してきた。


「誰かって、誰?」


 ピッピが再び鉄格子をコンコンと鳴らしている。


 モン太はピョンと彩良の肩に飛び乗ると、顔に抱きついてその唇をペロッと舐めてから高窓まで飛び上がった。


「モン太!?」


 彩良が止める間もなくピッピが足でモン太をつかみ、さらうように飛んで行ってしまう。


 また戻って来ないかと暗くなり始めた空を見上げていたが、フィリスの声が聞こえて振り返った。


「今まで生きてきて、信じられないことが起こった……」と、彼は呆然としていた。


「何が?」


「サルと会話した」


「正確には会話じゃないと思うけど……」

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