番外編(過去編) ―1917―

番外編 第1章 邂逅

第1話:丹羽の日記【壱】

 薄暗い倉庫の中。

 丹羽にわは目の前の男に、胸倉を掴まれていた。


 ――困ったな。

 ――どう、説き伏せよう。


 慣れない状況。珍しく頭が回らない。

 焦りを紛らわせるため、丹羽はこうなった経緯を思い出していた。


 ◇   ◇   ◇


 丹羽は人さらいの計画――史実では起きないはずの特異点イレギュラーがあると聞き、海近くの倉庫に入り込んだ。

 入口には見張りが数人いたが、後ろから薬をかがせ、眠らせて突破した。


 昔から気配がないと言われていたが、ここで役に立つとは。


 自嘲しながら、倉庫の中に進んでいった。


 たどり着いた倉庫の奥。そこは資材がどけられ、広いスペースができていた。

 月明かりの差す中央付近に、何かが転がっている。

 目を凝らすと、シルエットは人間のよう。その人間こそが、人さらいの――


「そっちは加害者だ。被害者はこっち」


 突然、丹羽の後ろから声が聞こえた。

 慌てて振り返ると、そこには銀のメッシュを光らせた、ガタイのいい男が立っていた。


「おい、なにぼんやりとしてんだ? だーかーらー、俺が被害者なんだって」


 男は自分の無実を証明するように、両手を上げる。


「やっと毒の効き目が切れたから、縛られた縄を引きちぎって倒しただけさ。まったく、よそ行きの服を汚しやがって……」


 男はため息をつきながら、自らの胸ポケットを探る。

 しかし目当ての物がなかったのだろう、チッと舌打ちをして丹羽を見た。


「なぁ、ノッポの兄さん。お前タバコ持ってねぇか?」

「持っていない」

「……そうか」


 マイペースな男はもう一度ため息をつくと、置かれていた木箱に腰掛けた。

 その様子を見届けた後、丹羽は半信半疑ながら転がっている人間の方を見に行った。


 きつく縄で縛られ、動けなくなっている人間。

 黒髪でやや低い身長。無精ひげを生やし、所持している武器は短刀。


 ――信じがたいが、丹羽が聞いていた「人さらいの主犯格」の特徴に確かに合致した。


 丹羽は心のどこかで、被害者は「か弱いお嬢様」かなにかだと勝手にイメージしていた。

 しかしまさか、対局に位置するような「屈強な成人男性」だとは。


「先入観は、怖いな」


 丹羽は少しだけ笑いながら、銃のホルスターの蓋を閉めた。

 少し遠くにいる被害者・・・の男の方を向き、声をかけた。


「被害者の――名前は何と言う」

來良きらだ。來良きら純之介じゅんのすけ

「……來良、朗報だ。タバコはこいつがくれるらしい」


 丹羽は、転がる犯人のバックポケットに入っていたタバコ――やたらと高級そうなケースに入っている――を投げ渡す。

 來良はひゅう、と口笛を鳴らして受け取った。流れるようにライターを取り出し、タバコを口にくわえる。


「俺にとっちゃ、タバコくらいしか娯楽がねぇからな。……ったく、やっと吸える」


 丹羽の全身に、電流が走った。


 ――今、來良はなんと言った?


 はやりだす鼓動を抑えながら、丹羽は深呼吸して來良の方を向いた。


「すまない、もう一度繰り返してくれ」

「はぁ?」


 來良は煙を吐きながら、面倒くさそうに眉根を寄せた。


 しかし、彼の様子を気にしている場合ではない。

 丹羽の心臓は早鐘を打ち続ける。体温が上がる。

 もしかして、と期待に胸が膨らんでいく。


「頼む。今言ったことをもう一度言ってくれ」

「タバコくらいしか娯楽がねぇ――」

「その先だ」

「その先ぃ? えぇっと……やっと吸えるって……」


 丹羽は勢いよく、來良の目の前に立った。


「吸える、と言ったか。タバコを、吸うって」

「あ? あぁ。なんだ、何か変だったか」


 怪訝そうな顔で、來良は丹羽を見つめた。

 丹羽は横に首をゆっくり振ると、來良の肩を両手でつかんだ。


「なっ、なんだよ……」

「やっと、やっと見つけた……」


 飛びつきたくなる気持ちをこらえて、丹羽は來良の目をまっすぐに見つめた。


「私は君と同じ――転移者だ」

「転移……者ぁ?」


 アニメかよ、と來良が眉根を寄せる。


「……少し、話を聞いてくれないか」


 來良が頷く前に、丹羽は言葉を紡ぎ始める。


 令和からやって来たこと。

 今日のような、任務・・をしていること。

 そしてその途中で――人を殺したことがある、とも。


 ――そう、罪を告白した瞬間。

 來良は吸いかけのタバコを捨て、勢いよく丹羽の胸倉を掴んだのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る