第18話:崩壞【弐】
「この、犯罪者め! 今すぐ投降しろ!」
髪はぴっちりと斜めに分けられており、深緑色の瞳が鋭く啓を睨んでいた。
職員なのだろう、胸に名札のようなものを着けている。
しかし月明かりで反射して、読み取ることはできなかった。
同じく月明かりで、黒色の銃が光る。
それは銃弾を詰める場所が回転するタイプの銃だった。
――最大、六発か。
――トリガーに掛けられた指は震えているから、簡単には撃たないだろう。
――撃ったとしても、無駄撃ちさせれば、なんとかなるかも。
啓は少しでも落ち着こうと、その装弾数を数えた。
静かにトランクを下ろし、階段の手すりの上に置いた啓。
早鐘を打つ心臓をなんとか
「――僕は、犯罪者ではありません。ただ正義感が強いだけの一般市民。……だから銃をしまってください。ここで撃ったら、あなたの方が犯罪者だ」
啓は震える唇の端を、なんとか上に持ち上げた。
無駄撃ちさせてもいいが、ここで銃を撃たれてはまずい。
何かの拍子に着火して、装置が作動する可能性があるからだ。
しかし特に足場の悪い階段の上、銃をすでに構えている相手と戦うのは不利すぎた。
この間、少年と戦ったのとは比にならないほど。
それに、以前
『力で勝つな。頭で勝て』
なんとか、來良が応援に来るまでの時間を稼がなければ。
そう結論付け、いつもよりもゆっくりとした口調で職員に話しかけた。
「お兄さん。このラヂオ塔は、通常流してはいけない低周波の音を各家庭に届けているのをご存じですか? その影響で、ラヂオを聞いた人たち……特に子供たちに頭痛や不眠症などの異常を引き起こしています。それを止めに来た僕を、どうして撃つんです」
「しっ、しかし塔に無断侵入したのは事実だ! それにそんな嘘に引っかかると思うか!」
「嘘? 噓と思うなら……マスター室、でしたっけ? ラヂオの電波を制御している部屋に連れて行ってくださいよ。そこでハッキリします。あなたと僕、どちらが正しいか」
見た目からして真面目そうな職員。
さらには自分の仕事に誇りを持ち、正義感も強いときた。
――それならこの誘いに乗るはず。
啓は自分の予想を信じながら、祈るような気持ちで職員のことを見つめていた。
「……分かった。そこで決着を付けよう」
ビンゴ。
啓は自然に口の端が上がるのを感じながら、職員の後を追った。
ちらりと來良の方を見ると、二人の動きに気付いたようでわずかに目を見開いていた。
◇ ◇ ◇
案内されたのは、多くの機材が積まれている部屋だった。
マスター室とも呼ばれる、流す電波を制御する部屋だ。
黒い箱のような機械もあれば、コイルのような線が巻かれた機械もあった。
現在は放送されていないため、すべてのスイッチが「切」の方に傾いていた。
「……さあ、吐け犯罪者。どこで悪い電波が流れているって?」
職員は啓の後ろに回り込み、背中に銃を突きつけた。
「やだなぁ、急かさないでくださいよ。ほら、これ着けて」
啓は機械の前に置かれていた椅子に座った。
机に置かれていたヘッドフォンのようなものを一つ、後ろの職員に渡した。
啓もそれを耳に当てるが、職員からは見えない場所で、機械に繋がっているコードを抜いた。
実はこの作業は元々、來良が担当する計画だった。
しかし銃を突きつけられてしまった挙句、來良はまだ来られていない。
つまり下の陽動から手を離せないということだろう。
それなら自分がやるしかない。
啓は覚悟を決め、ゆっくりとスイッチに手を伸ばした。
「じゃあ、流しますよ」
少しでも操作を誤ったら撃たれてしまう。
そのプレッシャーから、啓の手が小刻みに手が震えた。
しかし最後は勢いよく、スイッチを「入」の方へと押し上げた。
啓は勢いよく立ち上がり、自分より少し上の高さにあるダイヤルを限界まで回す。
次にその横のダイヤルも。
さらに机の上に置かれた機械のダイヤルも、すべて限界まで回し切った。
夜の静寂に、混ざり合ったノイズが大音量で響いた。
それを耳元で聞いていた職員は、驚きのあまり銃を取り落とした。
啓はその音を聞き逃さず、振り向いて銃を蹴り飛ばした。
銃は勢いよく飛んでいき、機材の隙間へと吸い込まれていった。
「今……の、音量じゃ、家庭の……ラヂオは……」
「はい。この
三半規管にダメージを負ったのだろう。
目の前の職員は、立ち上がろうとしては膝を折るの動作を繰り返していた。
「あとはこのラヂオ塔を壊せば終わりなんです」
そう言って、啓は自分の銃を取り出す。
今回も、弾丸は一つだけだった。
「この塔が壊れる前に、逃げてください。――絶対にこの時代の人は傷つけない。それが俺たちの信条だ」
銃を突きつけながら、ふらつく職員を階段の方へと誘導する。
職員は諦めたように肩をすくめ、ゆっくりと下の階へと降りて行った。
下の階の方を見ると、來良は残った一人と立ち合っていた。
他の職員たちはすでに外へ出ているようだ。
これなら、ふらつく職員を抱えて一緒に脱出できるだろう。
啓は目線を移動させ、先ほどの職員に銃を突き付けられた場所を見た。
読み通り、トランクは正確なバランスを保って、下の階の手すりまで滑り降りていた。手すりには黒い粉がまかれている。
つまり、導火線が下の階まで届いたということ。
「完璧だ」
啓は一人呟いた。
もともとは啓が粉の入ったトランクを持って下の階まで降り、火をつけて出口から脱出。
來良がラヂオの周波数をいじって、窓から脱出する予定だった。
しかしこの状況で、ふらつく職員を抱えて出口から脱出するのは難しい。
だから啓は、自分が窓から脱出するのを選んだ。
來良が最後の一人を倒して、職員の姿が來良のいる地上付近に近づいた時。
啓は勢いよく息を吸い、銀色の笛を三回鳴らした。
これは「着火」の合図。
來良と取り決めていたものだった。
鳴らし終わると同時に、啓は再び部屋に戻ってすべてのダイヤルを最大限回した。
これで、この塔の爆発音が放送される。
さっきの放送で壊れていないラヂオがあったとしても、今回の爆発音で全滅するはずだ。
回し終わると、啓は窓の前に立つ。
腕をクロスして顔の前へと上げた。
そのまま背後の分厚い扉が吹き飛ぶほどの爆風と炎に押され、啓は目の前のガラスを突き破った。
体が宙に舞う。
ガラスによる痛みを覆い隠すほど、恐怖が啓の全身を支配した。
令和で言うところの、ビル三階分と言ったところか。
地面に激突するまでの時間が永遠に感じる。
下に準備されていたマットに向けて、啓は落ちていく。
しかし爆風の勢いが良すぎたのか、着地の予想点がだんだんとマットから離れていく。
――まずい。
啓の焦りとは裏腹に、どんどんと近づく地面。
マットはすでに一メートル以上後ろに離れていた。
――死ぬ。
その感情が現実になろうとした時。
ふわり、と受け止めるような感触が啓を覆った。
「大丈夫?」
澄んで美しい、女性の声が降ってくる。
啓が恐る恐る目を開けると、自分とあまり変わらないような歳の少女が啓を見つめていた。
綺麗に切りそろえられた前髪と、コントラストを描く白い肌。
その小さい顔には長いまつ毛に縁取られた、赤みがかった瞳が光っている。
ルビーのようなそのきらめきに、啓は思わず引き込まれた——―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます