第9話 漫画好きの小日向さん

 

「太晴くん!」

 

 放課後、扉が開かれる。

 ホームルームが終わった直後。タイミングを見計らった様に。俺は最速で鞄を抱え教室を出る。

 

「廊下は走っちゃダメじゃない」

 

 今日は火曜日。

 別に逃げるつもりはない。

 いや、逃げたか。

 だが、逃げたのはどちらかと言えば齋藤さんが悪い。

 

「……何でっ、教室に来るんですか」

 

 階段前まで来て、俺は振り返る。

 齋藤さんも追いついてくる。

 

「そうね。アレは……来ちゃったってヤツよ」

 

 何でクラスメイトが居る中であんな事をされねばならんのか。

 

「昼だって最近は来なかったじゃないですか」

「それはアレじゃないかしら。アナタが自主的に教室を出る様になったからじゃないの? 私から言えるとしたら、油断大敵って事ね」

「それは齋藤さんが突発的に来るから……」

 

 俺が口答えをすれば「私だって毎回同じなのも飽きるの。変化を求めたのよ」と腰に手を当てながら言う。

 

「そんな事より」

 

 俺としては中々重要だが、俺がとやかくと言った所で齋藤さんも直す事はないだろう。

 

「……そんな事より?」

「行くわよ」

 

 言われて「そう言えば今日でしたね」と俺も思い出す。

 

「……一応付いては行きますけど、一緒には居ませんからね」

「分かってるわよ。この前と一緒ね」

「そうです」

 

 俺自身が会うつもりはない。

 ただ、齋藤さんが相手に感じた印象を出来る限りフォロー出来れば良い。前回は上手くいかなかったが。

 

「そう言えば」

「……どうしたのかしら?」

 

 階段を降りながら話す。

 

「今回は同い年なんですか?」

「歳下らしいわよ」

 

 どうにも俺と同い年なのだと。

 この前の様に気負わずに済む、と齋藤さんが小声で言う。

 アレは気負ってたのか、と俺の脳内に疑問が浮かぶ。

 

「────あ、千春!」

 

 玄関を出た所でポニーテールの女子が齋藤さんの名前を呼んだ。

 

會川あいかわさん、今回はありがとね」

「良いよ良いよ。いや〜、千春もようやく恋をする時期が……って、ヒッ!」

 

 俺の顔を見た瞬間に怯える。

 

「どうも」

「會川さん、こちら後輩の佐々木太晴くん」

 

 俺がペコリと頭を下げれば「よ、よろしくね」と引き気味に挨拶してくる。

 

「それよりも、會川さん」

「ひゃいっ!」

 

 齋藤さんが「今日紹介してくれるのはどんな子なの?」と確認をすれば。

 

「え、えーと、それが別の学校の子なんだけどね。一応、こんな感じの子」

 

 會川さんはスマホを操作して齋藤さんに写真を見せる。

 

「なるほどね」

「取り敢えず、近くのコンビニに来る様に伝えたから……」

 

 齋藤さんもどこのコンビニかを聞いて「ありがとう」と感謝を伝える。

 

「……役に立てて良かった。じゃあ、私は用事あるから、これで」

 

 會川さんが走っていく。

 

「太晴くん、怖がられてたわね」

「……分かってます」

「何でかしらね」

「分かってますよね?」

「ええ」

 

 十中八九、俺の顔が原因だろう。

 

「……で、どんな感じでした?」

 

 俺は写真を見てないから分からないから、見た目の印象だけを尋ねる。

 

「素朴そうな男の子って感じよ」

 

 それは良かった、と。

 俺が返せば、齋藤さんは歩き出す。

 

「────あれ、おねーさんがつばささんの言ってた人?」

 

 なんて声を聞きながら俺はコンビニに入る。齋藤さんは待ち合わせしてた人と外に残る。俺は適当に雑誌を手に取り、読むフリをして外にいる二人の様子を見る。

 

「…………」

 

 齋藤さんの反応は前回に小日向さんと会った時と変わらない様で。笑みを浮かべながら。

 

「うーむ……?」

 

 前回と変わらない。

 だから、上手くいってるのか。それとも前回と同じく何かが違う感じがしてるのか。ただ、笑みを浮かべてる齋藤さんを見てるだけでは分からない。

 

「……大丈夫、なのか?」

 

 分からない。

 分からないのは多分、俺には他人の感情を察する力が無いからだ。他人を知ろうと思って生きてきた訳でもないから。

 

「ちょっと、それ……」

「はい?」

 

 掛けられた声に俺は顔を向ける。

 すると、金髪の男の人がしまった、と言いたそうな顔をして立っていた。

 

「…………」

 

 その顔に俺は思わず目を見開いた。

 小日向さんだ。

 小日向颯太さん。その人が俺の目の前に居る。

 

「……すみません。どうぞ」

 

 僅かな動揺はあった。

 ただ、それを抑えつけて何でもないように。

 俺は別に読んでもいなかったから、特に躊躇いもなく持っていた雑誌を差し出す。

 

「……良かった、ですか?」

「ちょうど良かったので」

「ホッ……」

 

 俺が渡した雑誌を受け取り。

 

「あ……あの、そう言えば『鬼装天鎧きそうてんがい』読んでましたよね」

「え……あー、はい」

 

 何の話だ。

 と思ったが、どうにも俺が持ってたのは週刊少年漫画雑誌だったらしい。開いてたページが偶然にもそのページだったみたいだ。

 

「面白いですよね」

「……すみません。実はあんまり漫画読まないんで」

「面白いんですよ! いや、是非読んでみてください!」

 

 それから暫く見所を話してくれるが、俺は右から左に聞き流す。娯楽に触れるのは無理なんだ。

 

「あ、すみません。変に話しかけちゃって」

「いや。全然大丈夫です」

 

 ありがとうございます、と再度礼を告げてから小日向さんはレジに向かう。

 

「何で小日向さん、敬語だったんだ?」

 

 俺は齋藤さんの様子を見ながら、疑問を口にした。

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