「君に愛はないから実家に帰れ」と言ってきた狼王子様が、酔った途端にデレデレになるのなんで!?
夏まつり🎆「私の推しは魔王パパ」3巻発売
前編 「君に愛はないから実家に帰れ」の、裏側
「長旅ご苦労。だが、君を愛する気はないから今すぐ実家に帰れ。婚約はすぐに破棄する」
狼王子の婚約者として城を訪れたシープに告げられたのは、そんな冷たい言葉だった。広い謁見の間の玉座に座るのは狼族の王子、オルフ。暗い茶色の髪と金の瞳をもつ彼の頭には、種族を主張するかのような大きな耳がぴんと立っている。睨むようにシープを見ていた彼は、ふんと鼻を鳴らして明後日の方向に顔を向けた。
「何か失礼がございましたらお詫びいたします。ですが、わたしたちの婚約は羊族と狼族の未来に繋がるもの。愛してくださいとは申しません。どうか、このままお傍に置いていただけないでしょうか……」
優雅な礼を維持したまま、シープが震えそうになる声を紡いだ。玉座に座る狼王子の形相も威圧もすさまじく、帰ってよいなら今すぐ帰りたい、という恐怖を必死で押し隠す。
シープの祖国は遊牧民の暮らす小国だ。戦に強い狼族の国と争いになれば即時白旗を上げるしかないような弱国。狼族と羊族は争っているわけではないが、間に挟まっていた黒豹族が狼族に吸収され、隣国になったばかり。
シープは戦の可能性を少しでも減らし、友好を保つために献上された人質のようなものだった。帰れと言われてはいそうですかと帰れる立場にない。
「二度は言わん。下がれ」
横に顔を向けたまま、オルフは腕と足を組み替えた。眉間に深いしわを刻んだ彼も、心の内を隠すために必死だった。
(こここ、こんな美人が婚約者だなんて聞いてないぞ! 傍に置いて襲わない自信がない! 無理だ!!)
次期王として武芸の稽古と勉学に打ち込み続けてきた彼は、女性への免疫がまるでなかった。
父から唐突に婚約者の存在を聞かされたのはついさっき。「父も母も急用ができた。代わりに対応ヨロ」という軽いノリで一人謁見の間に投げ込まれた彼は、見たこともないほどの美人と対面してテンパっていた。実際にはオルフの背後に護衛の騎士が二人立っているのだが、己の職務に忠実な彼らはほぼ気配を消している。
謁見の間に現れた羊族の姫はとにかく美しかった。真っ白でふわふわの長い髪の上に、小ぶりの耳がちょこんと乗っている。薄く色づいた唇はつややかで、宝石のような赤い瞳は美しすぎて直視できない。豊かな胸も、ふっくらとしたお尻も、オルフには刺激が強かった。激しい動悸と頭に上ってくる熱に戸惑い、とにかく彼女から離れねばと考えたがゆえの拒絶だ。
急用とは真っ赤な嘘だった両親と、物見遊山気分で寄ってきた若い宰相が、謁見の間に繋がる扉からこそっと覗いていることも知らず。鼻の下が伸びそうになるのを渋面で隠したオルフは、一刻も早くこの謁見を終わらせることに必死だ。
「話は終わりだ。俺は失礼する」
「あっ、お待ちくださ――」
「失礼いたします!」
オルフが玉座を立ちかけたその瞬間、謁見の間の扉が開けられた。まだ若い宰相はつかつかと大股でオルフの傍まで歩み寄り、うやうやしく頭を下げる。宰相も王から「どうにかしてこい。君ならできる。ヨロ!」と雑に謁見の間に投げ込まれたばかりだったが、優秀な彼は余裕な態度を保っていた。
(……どうにかって、どうしろと??)
と、実際にはかなり困っていたのだが。しかしオルフが宰相を見てほっとしたような顔をしたため、仕方なく必死で考えた。
「殿下、謁見一つで追い返してしまうと国交に
「食事ぃ!?」
玉座からずり落ちかけたオルフは、目を見開いて宰相を見る。眼鏡をキラッと光らせた宰相は、「わたくしめにお任せください」と虚勢を張った。
「オルフ殿下! ぜひ、わたしにチャンスをくださいませ。両国の将来について語り合いたく思います」
突然降ってわいた助け船に、シープは慌てて乗った。祖国の未来がかかっているかもしれない婚約、破棄されるわけにはいかない。色仕掛けでも何でもしなければと、手をぐっと握る。
(ってぇ、色仕掛け!? ど、どうすれば……!?)
冷や汗をだらだら流しながら、穏やかな笑みをどうにか維持するシープと。
(食事!? 女性と……食事!? な、何を話せば……!?)
心臓をばっくんばっくん打ち鳴らしながら、難しい顔を必死に浮かべるオルフ。
そんな二人を順に眺めた宰相は、ふむとあごに手を当てた。「下戸な殿下が飲めるギリギリの量の酒を出しましょう」という宰相の提案に、王と王妃がイイ笑顔でゴーサインを出すのはしばし後のこと。
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