第6話、一人ぼっちの革命者 〜国家内乱編〜

「ぼーっとするな。」


「グヘッ!」

 研究室で作業をしていたシキに後ろから蹴り飛ばされ、前方に倒れる。


「あれ…シキさん?」


「全く君は、外から帰ってきてずっとその調子だな。特使になるんじゃなかったのか?」


「…わかってますよ。感応数が低いなら剣で戦おうって思ってました。けど、あんなの戦う戦わない以前の問題ですよ。今の俺は近づいたら死ぬんですよ。戦いにすらならないじゃないですか。」


 呆れたのか、シキはため息を溢し、椅子に腰掛けた。


「こういう場合、彼らを例えに出すのは気が引けるのだが、ニール・マンチ、クロエ・トゥ・アズキ…後は相性で言えばギンあの3人であれば君と同じ感応数でも彼女には勝てるぞ。」


「ほ、本当ですか?」


 とてもではないが、あんなに離れていたのに、これ以上先には進めないと言う恐怖感があの空間にはあった。感応数が高いなら別かもしれないとも思ったが、この感応数では勝てるとは思えない。


「あぁ、それに君は妖精具についての理解がまだ浅い。キョウカや…エルもそうだが、彼女達の妖精具には色は何色だったか?」


 そこで2人の妖精具に薄い筋が入っていたことを思い出す。


「紫でした…2人共!」


「あぁ、妖精具は使い手によって色が変わる。持ち手に干渉した時に最も相性の良いものに変質するんためだ。それは、生物であったり、様々だが、一番多いのは毒だ。2人のようなものだ。」


「ほ、他には何色があるんですか!?」


 少しの期待を孕んだシュウの目を見て、シキは少し口角を引き上げた。


 誰だってそうだ。自分という人間に何度も裏切られ、自信を無くしてしまう。だけど、また期待せずにはいられない。だから、人は考え続ける。何よりも自分を守る為に。


「他にも色々な色があるが、要は自分自身が何に干渉出来るのかと言う事が大切だ。中でもレアなのは、火、風、水、土などの四大元素だな。色はそのまま赤、緑、青、黄色だ。」


「何か、人がイメージしやすい色みたいですね。ん?もしかして黒色ってかなりレアだったりしません?」


 シュウは自分の色がどこにも属さないのを知ってさらに目を輝かせる。


「人がイメージしやすい色になるのは当然だ。妖精石に取り込まれた最初の生物は人間だからな。黒と白はかなり珍しい。色々ありすぎてこうとは断言できないが、白は出力が高く、黒はより高度な物に干渉出来る。色は他にもあるがな。」


「え?」


 さらっと流された言葉に表情が固くなるのが分かる。でも、よく考えたら当然の事だ。地球にいた様々な物が取り込まれたのに、都合よく人だけが取り込まれていないなんて事ある訳がない。


 そう言えば、キョウカが昔言っていた気がする。人は昔、70億人もいたと。御伽話みたいな話でつい聞き流したけど、あれももしかしたら間違っていないのかもしれない。


「…ん?ちょっと待って下さい。その説明だと黒ってかなり強いのでは?」


 さらりと聞き逃しそうだったが、高度なものに干渉できる。その説明だと、何となく凄い強そうに聞こえた。


「あぁ、かもしれないな。と言っても私も君については研究途中だ。…それと余計なお世話かもしれないが、彼女が助けを求めたのはニール・マンチ、ギン・クロエ・モイロでもない。君だ。そこを忘れない事だな。」


「はい!」


「うむ。元気でよろしい。あぁ、それとカブトが会議室で待っているそうだ。暇なら遊びに行ってくるといい。」


 シキはそのまま作業に入ってしまい、シュウは完全に蚊帳の外になる。結局言われるがまま会議室に向かい、その扉を勢いよく開く。中ではカブトとエルの2人が何やら話をしている最中だった。


 入ってきたのがシュウだと分かると、エルは嬉しそうに手を振ってくる。


「あ、おすおす。外は楽しかったねー。」


「あ、はい!そ、外ではありがとうございました。」


 カブトの前だからか自然と緊張が走り、口が上手く回らない。


「よく来た。エルの口頭での報告と第一区の他隊員からの報告書に目を通していたんだが、ほぼ全てに君の事が書かれてあった。」


「えっと…」


 戸惑うシュウにカブトは先を立ち、シュウの前まで移動する。


「君は感応数100に至らずとも、俺が問題視していた外での活動で功績を上げた。今でも、あの条件は必要だと思うが、君は例外だ。今まですまなかった。俺が間違っていた。」


 頭を下げるカブトに思わず、のけ反ってしまう。


「いや、あの…」


 少なくともこの人は目的の為なら頭すら下げるだろうとは思っていた。だが、それは必要な相手に対しては、だ。だからシュウに頭を下げる事などないと思っていたから虚を突かれたような気持ちだった。


「謝罪になるかは分からないが、君を討伐隊にスカウトしたい。配属先も君の要望を取り入れよう。どうかな?」


 前までは飛び上がっていたかもしれない。けど今は、素直に喜べなかった。


「…光栄だとは思いますが、すみません。俺はシキさんの助手なんで。それに功績を上げれたのはシキさんがその権利をくれたからです。俺だけの力じゃない。だから遠慮させていただきます。」


「そうか、それは残念だ。だが俺は自分が欲しいものはどうしても手に入れたい性分でね。おまけに諦めが悪い。一度捕まったら逃られないから死ぬ気で逃げるといい。」


 俯くシュウにカブトはニヤッと笑うと顔を近づけシュウの耳元で囁く。


「…ま、逃がさないけどな。」


「ヒィッ!!」


 背筋に寒気が走り、素早く後退する。


「それと君の扱いだが、これまで通りキョウカと回ってもらう。その後はキョウカは特使となるが、君に関してはそれぞれの区間を再度回ってもらう。因みにこれはシキに話を通してある。…だが気が変わったらいつでも言ってくれ。良い連絡を待ってるよ。」


 もしかして、カブトさんってそっちの気が?などと思っていると、エルが顔を覗き込んでくる。


「な、何ですか?」


「ううん。良かった。特殊級の力を見た時が一番才能の壁を感じる時だから心配だったけど、大丈夫そうだね。」


「ふふん。それは、そうですよ。何と言っても俺の妖精具は黒色ですからね!特別なんですよ!」


 胸を張りながら自慢するシュウにエルは目を見開く。


「えぇーじゃあ、ますますうち向きじゃん!ね?カブト団長。」


「どう言う事ですか?」


 2人の視線を受けて、カブトは少し思考を巡らせる。


「この場合は聞く相手は俺ではなくニールやオオミではないか?」


「うわ出たよ。カブト団長ってほんと偉い人って感じぃー!行こシュウ君。キョウカちゃんもニール団長の所にまだいるから。」


 あっかんべーと悪態をつきながら部屋を出ていってしまう。前にカブトさんがキョウカに言っていた。


「あぁ。それとくれぐれも例の任務をよろしく頼む。説明は…キョウカにでも頼むといい。」


 『礼儀作法はそれ程気にしない。』あれは、建前上かと思ったが、カブトは本当に気にしないようだ。現に、エルに対して処罰する事なく、作業に取り組み始めていた。

 ーちょっと嫌な人だって誤解してたのかもしれない。そう思う自分が単純だと思いつつも、第一地区の事務所に向かった。


「そう言えば、カブトさんが最後に言っていた例の任務って何ですか?」


 隣を歩くエルに尋ねると、エルは困り顔で頬を描く。


「えーっと…何だったかなぁ?確かね、めっちゃやばい女の子を探してとかだったような。」


「何です…それ?やばい女の子っていまいち緊急間がないですね。それにしても、人探しとかも討伐隊が受け持ってるんですね。でも、それぐらいなら俺も出来るかもです。」


 エルの適当な説明に笑いながら、事務所に入る。


「確かに可笑しいね。でも、今回の任務が例外なだけだよ。だって、特使級の任務だからね。功績も大きいし、一回で特使になれるかも。」


 2人して、楽しそうに笑い合い、少しの間の後、シュウは駆け出し扉を押し開ける。


「キョウカさーん!!」


 お目当ての人物を見つけ、急ぎ駆け寄ると同時にその手を掴む。


「えっと!例の任務、めっちゃやばい女の子探しの奴詳しく教えてくれ。」


「おい。いきなり来て何言ってるんだ。まずは挨拶からだろ。」


 オオミの厚く大きな手がシュウの襟を捕まえると、楽々と持ち上げる。


「あ!こんにちはオオミさん!人探しの奴教えて下さい。」


「はい、こんにちは。人探しの奴と言えば、数年前の研究施設の件か?」


 オオミは丁寧に挨拶を返した後、視線をぐるぐると動かし、その目は最終的にキョウカに止まった。


「あれ?オオミさん。今私の事飛ばさなかった。」


 後ろで講義の声が聞こえるが、オオミはそれを無視して、キョウカに催促する。


「はい。研究施設…と言っても、別の部署で行われていた物ですが…そこで行われていた研究が非人道的であると情報があり、調査の一環で討伐隊が出向きました。ですが、現場に到着した時、既に施設は見る影もない程に崩壊していたと。」


「じゃあ、その時に逃げた女の子?の確保が任務何ですね。」


 今の話を聞いて、その子に全ての罪があるとは思えなかった。そこから逃げる為の行為と考えれば被害者とも言えるかもしれない。

 だが、キョウカの答えはシュウの予想とは異なるものだった。


「そうね、確保が"望ましい"。だけど、生死は問わないそうよ。」


「ど、どういう事?」


「そりゃそうでしょ。」


 シュウの問いかけに後ろからエルが顔を出す。


「よく考えてもみなよ。研究施設を半壊させるような相手だよ?そんな事シュウ君はできる?…そんな相手と戦うのに、向こうの心配ばかりしてられないよ。」


「それは、そうですけど…」


 煮え切らないシュウの気持ちは分からないこともない。だが、上層部の意見も最もだ。保護などと生温いことを言っていれば、こちらが全滅しかねない。故にこの任務は特使案件となったのだ。


「全く、我が儘を言って他を困らせるんじゃない。主人である私の責任になってしまうだろ。」


 全員の視線の先にはシキとその後ろからニールが姿を見せる。


「シキさん!?何でここに?」


「野暮用があってな。逃げた研究員が資料を持ち出したんだ。だが、昨夜のうちに逃げたものも襲われた。そこで、現場検証に私とニール、ニ区の特使であるトワで向かう。お前達2人もついて来い。」


「「はい!」」


 シュウが身支度を整えていると、シキに一本の妖精刀を渡される。


「あの…シキさん。俺持ってますよ。」


「分かってる。だが、今回はこれを使え。一つの実験だ。気にするな、性能は変わらん。」


「わ、分かりました。」


 シキに言われるがまま刀を受け取ると、シキはいつも通り説明もないままスタスタと置いて行ってしまった。

 シュウも首を傾げながら準備をし、シキの後を追った。

 ちなみにこっそり後を付けようとしていたエルはオオミに捕まり、溜まった報告書の作成をさせられていた。


 それぞれの区は大きな壁で区切られており、第一区から第二区への移動も気軽には行えない。方法としては、検問所を通る他ないのだ。

 シキが慣れた手つきで身分証と通行証を出し、数度の会話を行う。その後、厚い扉が開かれる。

 第二区の構造は第一区と似た作りになっており、どちらが第一区なのか、見分けが難しい程だった。


「それで、これからどうするんですか?」


「ん?まずはトワと合流…何だ、やけに準備がいいな。もういるじゃないか。」


 シキの言葉通り、検問所の近くにあるベンチに杖を持った赤目の男が空を見上げながら座っていた。

 トワはこちらの視線に瞬時に気づき、立ち上がると杖を突きながら歩いてくる。


「やぁいらっしゃい。僕らの第二区へ。お、君も来たんだね。シュウって呼び捨てでもいい?僕の事も呼び捨てでいいから。」

 

 握手を求めるトワにシュウは戸惑いながら手を伸ばす。


「いえ、俺の方が年下なんでトワさんって呼ばせて貰います。」


 トワの手を取った瞬間、突然の浮遊感。体が宙に浮くのを感じながら、シュウは空中で一回転し、地面に叩き付けられる。


「イッテェ!!」


「あれ?今度は効いた。けど2回転はさせるつもりだったんだけどなぁー。君、やっぱ変♪」


「いきなり、何するんですかぁ!?」


 あははと笑うギンに怒りの形相に起き上がると、ギンは再度手を伸ばす。


「ごめんね。どうしても気になっちゃって。洗礼とでも思ったよ。それとシュウは何をしに来たの?」


「俺は…シキさんの……」


 突然の真面目な顔に面くらい言葉に戸惑う。


「…護衛は常に気を張ったなくちゃ。君の油断で死ぬのはシキさんだよ。それをもっと自覚した方がいい。そうすれば少しは時間を稼げるかもね。」


 それは、最もな意見だった。自分の事しか考えていないと言われればそれまでだ。どんな形であれ、シキさんの護衛を受け持ったなら役割はこなさないといけない。


「はい、ありがとうございました。」


 差し出された手をシュウが取ると、先ほどと同じように足をすくうような衝撃に襲われるが、歯を食いしばり必死で耐える。


「ぐぬぬぬ…あっ!?」


 だが、結局勝てずにその場で半回転する。結果頭から地面に叩きつけられる形となった。


「痛ってぇ!!頭が割れるぅ!!」


 足元で悶絶するシュウを見下ろし、ギンは腹をよじるほどに笑い出す。


「ギャハハハハハ!こいつバカだ!必死な顔で耐えようとしてる!!」


「何で笑うんですか!?」


「君は呆れる程に素直だな。ああ言う場合はされた時の対策を講じるものだ。君のあれはただの痩せ我慢だ。対策でも何でもない。火や毒でも同じように我慢するのかい?えいえい」


 一度目受けた時は、訳もわからずと言っ感じだった。だから身構えていれば耐えられる気がしたのだが、どうやらひどい勘違いだったようだ。

 相手から笑われただけでなく、護衛対象からはちょっかいをかけられる始末。余程の悪手だったのがよく分かった。


「いや、君かなり変だね。あ、そう言えば、2人とも特使の見学回りもしてるよね。今ニールさんのところだけど、特使候補生にはどう映った?」


 起き上がり、移動しながらギンが話し出す。


「一言で言えば、手も足も出ていません。漠然とした課題を前にどう手を付ければいいのか分かりません。」


 前負けた時はもっと悔しそうな顔をしていたけど、今のキョウカはそれを我慢し、鉄の仮面を身に付けていた。

 お手本通りとも取れるキョウカの感想に「ふーん」と相槌を打ちつつ、シュウに視線を向ける。


「俺は長い間、ニールさんに挑んでいたんで、日々成長しています。」


「ほう、それはよかった。私も同行させた甲斐があったと言うものだ。それでどんな風に成長したんだ?」


 後ろから興味津々に乗り出すシキにシュウは自分の胸をポンと叩き、背を反らせる。


「俺ずっと投げられてたんで、ニールさんの一本背負いが出来るようになりました。」


「へーそれは凄いね。ちょっとニールさんにやってみてよ。」


「いや…それは…」


 キョウカが止めようとした所で、ギンがイタズラっぽく口角を歪めている事に気づく。


「シュウ待って!」


「くらえ!奥義、ニール投げ!」


 慌てて制止するも時すでに遅く、シュウはニールに向かって技をかけている最中だった。

 ニールの投げ方を真似、ニールを持ち上げた。そして、世界が回った。


「あの…ニールさん。俺が投げましたよね。」


「はい。」


「でも、俺が倒れてません?」


「そうですね。」


 見事にカウンターをお見舞いされ、空を見上げるシュウの姿がそこにはあった。


「……そうか。やはり、成長とは難しいものだな。だが、これは先に肉体よりも頭の成長を図るべきかもしれないな。…脳みそ弄るか。」


 後半に物騒な物言いが聞こえ、鳥肌が一斉に立つ。やはり、みんなが気にしているのは感応数なのだろうか。でも、そっちの方はまず稼働しているのかどうかすらわからない。

 そこでふと気になっていた疑問が頭に浮かんだ。あまり話してくれないカブトやニールと違い、今はギンがいる。彼なら答えてくれる可能性は高い。シュウは悩みながらも声を絞り出す。


「そ、そう言えば、なんですけど…。特使の中だと一番誰が強いんですか?とか聞いてみても…」


「…それふつう僕に聞く?というか僕としては他の人の見解が聞きたいな。ね?お二人さん」


 ギンは後ろにいるキョウカとシキに目配りをし、キョウカ視線をそのままシキに向ける。


「私はまだ、皆さんの底を見ていませんので、シキさんの意見を聞きたいです。」


「ん?私か。そうだな、お前達の中で一番…か。うむ、さぁなとしか言えん。それぞれに得意分野があり、どの局面で誰が対応するかだろう。」


「得意分野ですか?」


「あぁ、例えば、イアン・ホグヴィードの防衛力。デリスの生還力、ギン・キキの殲滅力、クロエ・トゥ・アズキの攻撃力。どれも脅威だ。」


 ギンは後ろ頭に手を回しながらへらへらと締まりない顔で笑う。


「いやー殲滅力なんて照れちゃうな。」


 そこで、今いる中で何も言われていないニールにちらっと視線を送るも、ニールは相変わらずぼーっと何を考えているのかわからない顔をしていた。


「あぁ、忘れていないとも。ニール・マンチはズバリ信頼性だ。…後もう1人は知らん。私から言う事はない。」


 信頼性?1人だけなんか違うような気がするけど、一先ずは気まずくなることは無くなった。


「…私は無いものだとばかり思っていました。」


「はは。そんは訳ってニールさんが話した!?」


「シュウ流石に失礼よ。」


 ようやく口を開いたニール。まずは聞いていたことに驚き、それに反応したことに2度驚く。


「ま、まぁとりあえず、今回は殲滅力と信頼性?って感じですか?」


「あぁ、失敗は出来ないという意志の表れだな。」


「ま、特使2人も派遣するんだから大丈夫でしょーほい。見えてきたよー。第一区と第二区の壁際の近くにある民家の一つ。」


 そう言ってギンが指差した所にある家の一つに黄色テープが貼られ、立ち入られないように封鎖されていた。


「現場は私の権限で誰も入らないようにして貰った。」


 シキは黄色のテープを潜り、見張り役の人達にお辞儀をし家の扉の前に立つ。


「シキさんここは俺が…え?」


 罠の可能性も考えて、扉を開けようとするが、シキはシュウを躊躇せずに勢いよく扉を開ける。


「ん?なんだ?」


「いえ、なんでも無いです。」


「そうか?行くぞ。」


 シキは首を傾げながら無防備に入っていく。

 確かに、護衛役がしっかりしたないとシキさんの命が幾つあっても足りない気がしたきた。


「…はい。行きましょう。」


 シュウの肩をギンとキョウカがポンと叩く。これからの苦労への哀れみかもしれない。


「中の予想はある程度できていたが、やはりと言うべきか。」


 家の中は、床と壁が血で汚れていることを除けば、少し散らかってるぐらいのどこでもありそうな部屋となっていた。


「そこまで荒らされたような痕跡もないですね。やはり、狙いは復讐心でしょうか。」


「襲われた人は四肢を貫かれ、頸部を砕かれてたらしいし、復讐心はたっぷりだろうね。シキさんどう?資料は見つかった?」


「少し待て、今見て…」


 ある資料を手に取った瞬間シキはピタリと動きを止めた。


「まさか、そんな事が…いや、違う。問題はそれよりも…あの馬鹿どもが。」


「シキさん?」


 ぶつぶつと呟くシキに声をかける。周りも警戒し、シキの次の動きを待っていた。


「至急連絡を回せ!前区間の警戒レベルを最大まで引き上げろ!カブトに特使を中央区間に集めろと伝えろ!」


 焦りと苛立ちを見せるシキに声を掛けられずにその場で棒立ちになってしまう。その間、ギンとニールはインカムを起動し、連絡を取り始める。


「…理由を尋ねてもよろしいですか?」


 動かないでいるシュウに変わってキョウカが前に立つ。


「奴らが行ったのは、優秀な人材の育成ではない。ただの大量殺戮兵器作りだ。おまけに、この資料には中央区間の大まかな地図が記されていた。」


「そんな…。いやそもそも彼女の目的が復讐ならこの国そのものを狙う可能性は低いのでは?」


「いや、復讐だと言うなら私達もだ。疑い調査しようとしたが、実行する前に終わってしまった。そして事件が起きるまでは形だけでも国に属していた。つまり、彼女から見れば我々もこいつらと違いはない。彼女が国を狙うなら…次の襲撃は中央区間だ。」


 中央区間にあるのは八鏡の心臓だ。それが潰されれば八鏡は、この国は崩壊する。


「シキさん!俺らも中央区間に応援に行きましょう!」


「いや、ダメだ。第一区で待機だ。特使以外の人間が下手に対峙しても戦いにすらならない。これが事実なら、奴の感応数は数年前の段階で既に1000を超えている。種の覚醒がないのだとしとら可能性は一つだ。」


「1000…」


 あり得ない。そんな筈はない。特使のトップですら400だと言うのに、そんな値どうやっても…。そこまで考えて、脳は数年前まで記憶を遡り、孤児院に現れた蛾の特殊個体が脳裏によぎった。


「ま、まさか」


「あぁ、彼女は人類史の中でも極めて稀な…人間の特殊個体だ。」


 ただの蛾でさえあれ程の脅威だったのだ。それが人間ともなれば…。

 乾いた唾を無理矢理に飲み込む。できれば考えたくないイメージだった。


「ニールさん、どうかした?」


 そこで、外からそんな声が聞こえ、扉の外に目を向けると、ニールは何者ない一点をじっと見つめていた。いつものぼーっとした顔ではない。明確に何かを捉えている。


「…はい。」


 たった一言。そう呟き、凄まじい速度で一直線に駆けていく。その姿は着陸のアナウンスが入った時と同じものだった。

 確証はない。だが、もしそうなら…ニールの向かった先は。


「…キョウカ!シキさんを頼む!」


 シュウは呆気に取られている3人を残して、ニールの向かった方角へと走る。


「こら!私は待機と言ったぞ!それと護衛対象を放っていく奴があるかぁ!もっと私を労わりたまえ!嫌いなら嫌いと言ったらどうだ!薄情者!」


 背後でシキが騒ぎ立てるが、シュウは止まらずに大声で返す。


「すみません!シキさんの事は好きですけど行ってきます!」


「…うるさい。私は嫌いだ。それと帰った時に私の機嫌を取りたまえ。でないと君の脳みそを爆破する。」


 シキさんにしか繋がらない例のインカム越しに声が聞こえる。何か返そうと思ったが、既にインカムは切れていた。

 見えている訳でも、聞こえた訳でもない。ただ直感的に何かが場所を教えてくれる。

 今一番怖いのは相手の事が殆ど分からない事だ。何処にいるのか、何人なのか、その目的が何なのか。

 みんなみたいに頭が使える訳じゃない。なら出来ることを行動を起こしてみるしかない。

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