永遠の架け橋

チャラン

第1章 アキヒトの章

第1話 数奇な生まれの元気な少年

 男と女が走っている。男は手に生後間もない赤ん坊を抱き、女の手を引いていた。


「まだ出口まで遠いな……大丈夫かサラ?」

「ええ……まだ大丈夫よ。急ぎましょう。セキュリティロボットが追ってくるわ」


 サラと呼ばれた女は、かなり息を切らせていたが、男の足を引っ張るまいと、強気に答えた。その女の瞳は澄んだ赤だった。


「よし! なんとか振り切るぞ!」


 男は再び女の手を引き、走り始めた。




 ラストホープ。


 マザーコンピューターイシュタルが制御しているロボットの都市。わずかにそこにいる人間たちは、ロボット達に監視され、動物園の動物のような生活をしていた。イシュタルの研究の対象だからである。


 そして、人間の研究を進めていった結果、イシュタルは一体のバイオノイドを作り出した。それがサラである。


 サラはある一定の情報、知識をインプットされた後、試験的に人間の居住区に入らされた。そこで出会ったのが、今、一緒にラストホープから逃げようとしている男、タツキである。


 サラはタツキと初めて出会った時、感情が希薄でタツキが色々なことを話しても、表現というものがなかった。イシュタルの研究では感情というものが軽視されていたようである。しかし、タツキと一緒にいる内に、人の温かみを徐々に理解していき、バイオノイドながら、人としての感情が少しずつ身についていった。


 そして、サラはタツキに女性として好意を持つようになり。やがて、タツキの子を身ごもった。タツキの腕の中にいる赤ん坊がそうだ。




「後はこの道をまっすぐ行けばいいだけだな! サラ! 行くぞ!」


 タツキはサラと赤ん坊を連れ、必死に逃げていた。サラにインプットされていた情報の片隅にあった、人間と自然、それにコンピュータが調和して生きる村、アテナビレッジへ行くために。


「ええ……もうすぐよ! 頑張りましょう!」


 サラはかなり息を切らしていたが、タツキに必死について走っている。


 ラストホープの西の出口、第二ゲートまでもう少しとなったその時、


「ターゲットカクニン・ホカクシマス」


 四足歩行で機銃を装備したセキュリティロボットが三機追いついて来た。高さは1メートル程しかないが、四本の足で人間より俊敏に動く機動力を持っている。


「クラッシュ!」


 サラはバイオノイドとして組み込まれた超能力を使い、セキュリティロボットのCPUがある部分の破壊を試みた。


「ガッ・ピーッ……」


 三機の内、一機はそれにより機能が破壊されたが、残り二体は超能力の思念がずれたため、動いている。しかし、二機の内、一機は、機動性に大きな障害を負ったようだった。


 サラが超能力を使用した後、タツキは逃走途中に手に入れたハンドガンを構え、狙いを定めてセキュリティロボットを撃った。機動性を失った一機には命中し、完全に機能が停止したが、残り一機にはかわされた。


 タツキの攻撃をかわしたロボットは、機銃による反撃を行った。機械特有のゆらぎの無い狙い方で撃たれた弾は、タツキの脚へ正確に当たった。


「タツキ!」


 サラの悲鳴にも近い声があがる。


「アキヒトを連れて逃げろ! サラ! 俺が囮になる!」


 タツキは腕に抱いているアキヒトと呼ばれた赤ん坊と、第二ゲートのキーカードをサラに託した。


「嫌よ! もう一度パワーを使うわ! 一緒に行きましょう!」

「同じことだ! 時間がない、行け!」


 タツキは死を決した表情で、サラを怒鳴りつけた。サラは迫力に押され、アキヒトを腕に抱き、第二ゲートへ再び走り始めた。


「それでいい……お前たちは生きるんだ」


 増援のセキュリティロボット達がタツキを囲んでいく……




 十五年後。


 小高い山の中で狩りを行っている少年がいる。その少年は何人かのグループを率いているリーダーのようだ。


(よし、来たな……)


 少年から視認できる所に、イノシシがやって来た。どうやらこの山は豊かな猟場で、獲物となる動物が多くいるようだ。


 少年は手を上げ合図をし、周りの仲間に動かないように指示した。そして、ライフルの狙いを定め、イノシシを撃った。弾はイノシシに命中し、イノシシは動かなくなった。


「ごめんな、俺達も食っていかないといけないんだ」


 リーダーの少年は仲間に指示を出し、イノシシを山の麓へ運び始めた。




 アテナビレッジ。


 マザーコンピューターアテナが管理する村。だが、その管理方法は村民である人間と、アンドロイド、その他のコンピュータとの合議制で決まる。村にとって最も良いとされる案をアテナは取り入れ管理している。


 村には山もあり、川もある。川の水質はアテナの管理もあり、良く、魚も多く住み、人間の飲料水などにも使用されている。辺りには、季節に応じた花や植物が茂り、虫もいれば小鳥も空を舞う。自然とコンピュータ、そして人間が調和した村である。




「母さん、ただいま」


 イノシシを撃った少年が、村の中心にあるやや高さがある建物に入り、中にいる女性に山から帰って来たことを知らせた。女性は、キーボードにタイプする手を止め、


「おかえり、怪我はなかった?」


 と、透き通った声で優しく言った。


「うん、大丈夫だよ。今日はイノシシが取れたんだ。なかなか大きかったから、村のみんなが当分食べていけるよ」


 少年は「こんなに大きかったんだよ」と、身振り手振りを交えておどけて見せた。この少年の母親である女性は、澄んだ赤い瞳で少年を見て笑っている。


「狩りでご飯を取ってくるのも大切だけど、無茶はしないでね。一応、アテナのメディカルチェックを受けておきなさい。それから家に帰りましょう」


 少年の母親はそう言うと、マウスをクリックし、建物内のメディカルセンターへの自動扉を開いた。メディカルセンターは、少年の母親がいるアテナのコントロールルームと同じ一階にある。


「分かった。じゃあ行ってくるよ」


 少年は母親に手を振り、メディカルセンターに入っていった。

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